『動け、夏』
水滴がついたコーラが冷たさを失っていくのを横目に、僕はベッドに寝転びながら3周目の漫画を読んでいた
主人公とライバルの一騎打ち
ここから盛り上がるって所で部屋に入って来た母親によってページを捲る手を止められる
母親曰く、部屋でゴロゴロしてるだけなら親戚の手伝いに行ってこいのこと
不満を最大限に顔に出したけど、お構いなし
なかば無理矢理家から追い出された
アスファルトの熱は世界を揺らし、
傾いた太陽は一本道を無条件に照らす
暑さに負けないようにスマホで日除を作ろうとした時、LINEの通知が鳴った。
『花火大会行く?』
「手伝いに行く」
『焼きそば?』
「うん」
『そっか』
君が花火大会に来るのか気になったけど、怖くなって何も送らずにスマホをポッケにしまった
坂をくだる人々は皆んな花火大会に行くみたいで浴衣と笑顔を着ている人がちらほら見える
こんな顔で花火大会に行く奴なんて僕だけなんだろう
「おっちゃん〜手伝いに来たよ」
気付かせる為に少し大きめの声で話しかけると、キャベツを切っていた親戚は少し大きくなった僕を見て喜んでくれた
手伝いといっても僕がすることは商品の受け渡しだけ
焼きそばを焼くのに忙しい親戚はそれだけでも助かると言ってくれるし、バイト代も少しだけ出してくれる
だが、暑い
程なくして、いい匂いが色んな屋台から流れ始める
最初のお客さんは男女2人組
恋人だと思われる女性は綺麗な黒髪をなびかせていて少し焦った。けど、すぐに別人だということに気付いてホッと胸を撫で下ろす
「焼きそば1つ500円です〜」
「はい、500円ぴったしですね」
「熱いので気を付けて下さい〜」
もうすぐ花火が上がる時間
焼きそばも飛ぶように売れる
「あ、そこのお兄さん!焼きそば美味しいですよ!」
少し客足が途絶えたと思ったのは束の間
『焼きそば、1つ』
「はい!焼きそば1つ…って史緒里かよ」
スタバのカップ片手にTシャツ姿の君が立っていた
『来ちゃダメだった?』
部屋着だけど綺麗な黒髪はちゃんと巻かれていて、メイクもしてある
久しぶりに見た君の顔に少し胸が鳴った
『ほら、焼きそば』
さっさと渡して追い払おうとしたら、おっちゃんが「もうすぐで花火上がるから一緒に回って来ていいよ」なんて、気の利いている様で利いてない優しさを出す
やめてくれ、断られて惨めになるのは僕なのに
「史緒里が俺と行くわけな」
『行こっか、2人で』
想像したけど期待はしていなかった言葉で遮られた
舞い上がる気持ちを抑えて歩き出した君の後ろ姿を追う
『今日ね、友達と約束したの』
「え、じゃあ、その子のとこ行かなくていいの?」
『うん。いいの。ほら、早くあの場所行こ』
数分歩くと、会場から少し離れた所ある小さな公園に着いた
「懐かしい。あんま変わってないね」
『変わったよ』
そう言った君は回転ジャングルに歩み寄り、遊具を掴む
「回さないの?」
『回らないの、固定されちゃった。』
俯いた顔を上げさせるように持たされた焼きそばを君に押し付けてジャングルに登る
「ほら、こっちに渡して、早く登ってきな」
僕たちの花火大会の特等席
「気を付けなよ」
『あの頃のままじゃないから』
なんて笑う君の顔は初恋のまま
会場のざわめきも遠くに聞こえ、セミも静まり出した頃、急に不安に襲われる
「良かったの?僕とで…」
『どうして?』
「だって、花火大会って好きな人と行きたいものだって思ってたから…」
『そうだね。』
くるくると手元のストローを回す
再び俯いた彼女は多分言葉を探しているのだろう
そうやって見つけ出される言葉はいつだって特別な力が込もっている
『だから、君に慰めて欲しかったのかもね』
強がって笑う笑顔も変わらない
幼馴染なんて関係は要らないと心底思ってきたけれど、こういう時は積み重ねた時間を誇りに思う
「嘘、ついてるよね」
『うん、だってそっちもついてるもん』
僕が君の変化に気づくように、君も僕の変化に気付く
何を紡ぐべきか
過去を振り返り探し出す
それなのにどこを探しても正解は見当たらない
諦めようか、そんな思考をかき消すように光が綺麗な円を描いてとても美しく咲き、枯れた
それでも、もう一回、もう一回と咲き続け、僕の心を照らす
『綺麗…』
隣からこぼれた声を拾うように
「僕はさ、」
はじめから過去に正解なんて無かった
いつだって答えは目の前にあったのに
臆病者の僕はそれに気付かないフリをしていた
そんな僕と今日でお別れしよう
君みたいにはいかないけど、僕の持っている力をのせる
深読みが好きな君に届きますように
「僕は…史緒里と花火を見れて良かったよ」
底に沈んでいた最後の氷が溶ける
そして、止まっていた僕らは再び動き出す
終