バカな女

絵里は大学時代の友達だった。
「だった」というのがミソね。

彼女は横浜市の郊外で生まれ、両親と兄1人の四人家族という典型的な核家族で育った。
中学まではわりと勉強ができたみたいで、横浜市ではそれなりの偏差値を持つ女子校に行ってたらしい。

彼女は甘やかされたというか、とても大切に育てられ、そのせいか性格が良かった。
人を恨んだり悪口を言ったりしたことは聞いたことがない。
少なくとも表向きはそんな感じだったし、恐らく本当にそうなんだと思う。
だって、バイト先で知り合った男と3年ほど絵里は付き合ってたことがあるんだけど、その男が私からすればカス。
最初こそ絵里をちやほやしていたけど、そのうち素が出てぞんざいな扱いをするようになったのよ。
私が一番驚いたのはこんなエピソード。

ある年のクリスマス近い日。
絵里とお茶をしてたら、結構暗い表情なわけ。
理由を聞くと、


「本当は彼の実家の家業を手伝いたくないけど、彼から『お前に何ができるの?』って言われて………」


みたいな(笑)。
その彼は町田に住んでて、20代半ばにもなるのに実家住まい。
実家の家業がどんなものか忘れてしまったけど、なんかちんけな商売してた気がするわ。
絵里はその男と知り合ったバイトを辞めさせられて、週3ぐらいでその家業を手伝ってたのよ、安月給でさ。


「そもそも人に対して『お前』って言うやつはろくなもんじゃないわ」


私は彼女にそう言った気もするし、他にも何か言った気がするけど、うまく励ませなかったことは記憶に残ってる。
口八丁な私が絵里をうまく励ませなかったのは彼女の性格があるんだよね。

絵里は派手できつめな美人という見た目に反し、とても受け身な体質だった。
いつも誰かがどうにかしてくれるのを待ってるようなタイプ。
自分の幸せは自分で作り出すしかないのに、彼女は王子様を探すわけでもなく、ずーーーっと同じ場所で永遠に待ってるような人だったのよ。


眠り姫か(笑)。


絵里には大学時代、すごく好きだった人が2人いて(時期はずれるけど)、2人とも同じ女に取られたの。
その時もけして騒ぐことなく、じっと耐えてた。
その女と好きだった男達がイチャイチャするシーンを何度も目にしても、表向きはその子と仲良くしてたし、好きだった男達とも普通に会話してた。
でも、大学の4年の間、彼らを想い続けてたんだよね。
もちろん、絵里はある種の男達にはモテたから彼氏に困ることはなかったけれど。
そのわりに、「想い続けていればいつか付き合えるかな」なんて夢見る少女みたいなことを言うわけよ(笑)。


いやいや、あなたは彼らの眼中にないから。


女の情念のようなものを感じたね。
個人的には「想い続けていればなんとかなる」なんてことはおとぎ話ですよ。
私は、欲しいものは手に入る為の行動をしないと誰かにとられるだけじゃん!!と考えているので、絵里の少女漫画みたいな思想はいまだに受け入れられない。


絵里は悲劇のヒロインぶってるところがあった。


それが顕著になったのは大学を卒業して数年経ったある春の日。
絵里は私を含めた大学時代の仲間とは違い、社会人になることを選ばなかった。
表向きは「公認会計士になる勉強をするから」というものだったけど、私はすぐに「就活したくない言い訳だな」と直感。
彼女は真面目ではあったけれど、易きに流されやすい体質でもあるので、結局、目の前の遊びに夢中になっただけの結果って気がする。

25歳ぐらいまでは私も絵里と時々会っていたけれど、社会人とニートじゃ次第に話は合わなくなる。
おまけに、絵里は公認会計士の勉強を頑張ってるようにはまったく感じられなかった。
70万以上する教材を机上にずらりと並べて、それだけで勉強した気になってたんじゃないかな。
結局、あれからずいぶんの年月が経ったけど、噂では絵里は横須賀でコールセンターのアルバイトをしているらしいから………。

一度、彼女に「どうして就活をしなかったの?」って聞いたことがある。
公認会計士になる勉強をするって話がどうにも嘘くさくてね。
純粋に社会人になることを選ばなかった本音を知りたかったのよ。
そしたら、彼女の口から出たエピソードが驚愕でさ。
それを信じる人、何人いるの?ってお話なんですよ。

絵里が言うにはこういうこと。


「ノリが死んだのは私のせいかもってずっと思ってて。それが心にあるから働いて幸せになったらいけないような気がして………」。


とか言うわけよ。
ほんと、


「ふざけんなよ、てめーーー。友達の死を言い訳にしてんじゃねーよ」って気分で聞いてたけどさ。

ノリは私達の仲間で、絵里のことが好きだった。
でも、当時の絵里は田舎のヤンキー上がりみたいなさえない彼にはまったく関心を示さず、学内のイケメン達に夢中になっていたのよ(その後、他の女にとられるが)。
でも、ノリの好意はうまく利用していて(いるように私には見えた)、学校から家までの送り迎えによく彼を使ってたの。

私達が大学2年の夏、ノリがバイク事故で亡くなった。
とても暑い夏でね。その報告を受けた時、猛暑もあったせいか頭が数日間ぼーっとしてた。

彼はいつものようにバイクの後ろに絵里を乗せ、家まで送った帰りにスピードの出し過ぎで電柱にぶつかって人生も車体も大破。
スピードを出し過ぎたノリが悪いし、ヘルメットをしていなかった彼が悪い。
そんなこと、みんな口にしなかったけど誰もが心の中で思ってたんじゃないかな。
そして、スピードを出しすぎたのもヘルメットをしなかったのも、それはけして絵里のせいじゃない。
絵里が罪悪感を抱くことでもない。


彼女がノリに対して罪悪感を持つならば、彼の好意を都合よく利用していたことだと思うけどな。


だけど、絵里からすればそんなことは意に介さず、ただひたすら「私があの日送りをお願いしなかったら…」って言うわけよ。
もう、ずーーーーーっとそれしか言わない。


でも涙は出てなかったけどね。


私には、絵里がノリの悲劇を周りの目が(特に好きだった片思いの男の)自分に向くように仕向ける道具として使っているように思えた。
だから、卒業して3年経ってもそのことを働かない言い訳にしている絵里に腹が立って、


「それ本音?
働きたくない言い訳じゃなくて?
じゃあノリの気持ちを知っててなんで送り迎えさせてたの?
彼の死を絵里の怠惰な人生の口実にするってひどくない?」


と言ってしまったんだよね(笑)。
まあ、あの時は私もまだ若かったってこともあるし、いい加減、絵里のバカみたいな芝居に付き合うのがダルかった。
この日を境に私と絵里はどちらからともなく連絡は取らなくなり、今に至る。

欲しいものを手に入れる努力をせず、幸せは誰かが運んできてくれると信じ、でも運んでくる王子様は自分好みの人じゃなきゃ受け入れない。
落ち込んだり、嘆いたり風をしてもよく笑ってたし、よく遊んでた。
結局、彼女はすごいめんどくさいかまってちゃんなんだと思うわ。
絵里の親が彼女の言い訳を鵜呑みにしたことも驚きだけど。
私なら、息子がそんなこと言い始めたら、太宰治の「人間失格」をそっと机に置くね。

そんな絵里は最近離婚したらしい。彼女にとっては、それもまた悲劇のヒロインになれるネタなんだろーね。

くわばらくわばら。

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