「ゆだねる」の難しさ
最近「委ねる(ゆだねる)」ということが気になっている。
少し長いけど、このYouTubeは見る価値がある。
人とつながるとか、ゆだねるという意味を考えさせられるのだ。
自分のことを、全面的に誰かに委ねたことってあっただろうか?
赤ちゃんの頃はそうだっただろうが、物心ついてからずっと「ひとりでできる」を促されて生きてきたような気がする。
特に日本は「人に迷惑をかけてはいけない」という文化なので、なおさら「ひとりでできる」を重んじるような気がする。
自立かつ自律を促す文化は尊いけど、なぜが共助の精神がポロポロとはがれ落ち、いびつな自己責任論が幅を利かせるようになってしまったのが現在だろう。
ここであらためて「委ねる」を考える。
赤ちゃんの頃は、誰もが他者に全面的に委ねなければ生きられなかったはずだ。
そして、やがて年老いて身体が衰えてきた時、もう一度人に委ねなければ生きられない時がやってくるだろう。
そうなった時、うまく人に委ねることができなかったらどうなるか。
よく介護がつらいという話を聞くが、その原因は「介護されるのがつらい」からくる相互の関係性の問題のような気がしてならない。
委ねることは、無条件の信頼だ。
相手が自分を助けてくれると信じて、身を放りだすこと。
そうやって相手に委ねてみると、委ねられた相手はどう思うか?
多分100%委ねられた時、人は義務や責任だけではなく、役割を与えられる。
役割は、言い換えると使命であり、居場所だ。
それを与えることは、愛だと言ってもいいかもしれない。
そんな風に思う。
(なぜそう思ったかは、ぜひYouTubeを見て欲しい)
いつか来る「介護される日々」のために、今から「委ねる」という練習をしたいなと思う。
もしうまく委ねることができるようになったら、私の世界は大きく変わるんじゃないか?
そんな気もしている。