エピラ(1)南の国の人々
ニカは、エピラだった。
エピラとは、南の国から北の国へ移住して来た人々のことを指す。
この物語は、ニカがエピらと呼ばれる前の暮らしと、なぜエピラと呼ばれるようになったのかをたどる、ある北の国と南の国の物語だ。
エピラの人々は、肌が小麦色だったり、赤茶色だったりした。髪の毛は太く黒く、艶めいた髪質が一般的で、瞳の色は茶色や黒だった。耳は大きいが背は低い。
魚を獲り、くだものや野菜を育てて暮らしていた。獣の肉は食べなかった。
エピラにとって、陸上で暮らす動物は、人間の生まれ変わりだ。生前、よいおこないをした者は陸上の生物として生まれ変わり、悪いおこないをした者は海の生物に生まれ変わり、人間のための食物となり、生前の悪行を浄化させる、と考えられていた。
ただし、エピラの人々は、海の生物の中でも哺乳類だけは食べなかった。彼らは、海の中の治安を守る神様だった。陸上の動物の多くは人間の生まれ変わりだったが時折、神格化される動物がいた。どの動物が神となるかは、集落によって異なった。
たとえばフルーツを食べ、種を運ぶおだやかな性格のオオヤイコドリは、フルーツの産地では神とされた。人間の暮らしに、直接的に豊かさをもたらす動物は、神格化されることが多かった。
ニカは、南の国の中でも、一番高いタビラ山のふもとにある第23番集落に暮らしていた。タビラ山は活火山で、温泉がいくつも湧いていた。南の国は一年を通して、とてもあたたかい。温泉は野菜を蒸したり、怪我や病気を癒したりする際に使われるのが常だった。
ニカの両親は、たくさんの種類の豆を育てて集落や隣のコロニーまで売り歩く行商人だった。火山灰を利用して育てるクル豆は、23番集落の特産品でもあったから、遠くの集落へ行けば行くほど高値で売れた。だから、ニカの両親は1ヶ月ほど家に帰らないこともよくあった。ニカも行商について行きたいと何度もねだったが、初潮が来るまで集落の外に出るのは許されていない。だからニカは首を長くして、初潮が来るのを待っていた。
その日は、とりわけ暑い日だった。ニカは豆畑に次々生えてくる雑草を抜きながら、行商から戻ってくる両親の帰りを待っていた。火山灰の下地から生える植物は限定的だ。土ではないから、選ばれた植物しか生き残れない。だから第23集落では、火山灰から生える植物は神々の歩いた跡に生えると考えられていた。
今回のクル豆の行商は、第10集落から第20集落を回る。だからニカの両親は2ヶ月くらい、不在にしていた。その間、豆畑の管理はニカと、ニカの祖母の仕事だ。けれど祖母のモアレは足が悪く、手作業しか満足にできない。ニカは、だからいつもより長い時間、外で灰をかきだし、豆の苗を植え、収穫が終わった枯れた葉や茎をまとめ、堆肥にするために運び出す作業をしていたせいで、黒い艶をたずさえた髪が茶色く日焼けしていった。
畑と納屋の往復を何回したかわからない。汗を拭いながら、ソファに腰掛けて麻のワンピースを縫っているモアレの隣でひとやすみしようとしたとき、窓の外で近づいてくる車輪の音がした。小石を踏み締め、ガタンガタンと時折大きな音を立てている、馴染みのある音だ。
「母さんたちが帰って来た!」
ニカの疲れは突如吹き飛び、外に転がり出た。遠くから、荷車を引いて歩いてくる両親の姿が見える。ニカは大声を出して手を振った。
「おかえりー!」
荷車を引いていたニカの母親のモカレが、顔を上げ、ニカを見て力なく笑った。
父親のシマテは、じっと足元に目線を落としたまま黙々と歩を進めている。
2ヶ月の旅だったのだ、疲れているのは当たり前だ。
ニカは、かんばしくない反応の二人を見つめたまま、徐々に近づいて来たシマテの足元へふと視線を落として、血の気が引いた。
シマテの太く頑丈な足が、膝下からなくなっていた。
(つづく)
創作メモ
物語を作る際に、ぼんやり考えたことや裏話などを書いています。ほとんど雑談です。今回は人の名付けとタイトルについて。
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