エピラ(4)父と娘
前回のあらすじ
とある北の国と南の国の物語。南の国に暮らすニカの母・モカレと父・シマテは、豆の行商から疲労困憊で帰宅した。話を聞くと酒場でエピラと口論になり、シマテは片足を負傷。盗まれた豆は結局行方不明なことが分かった。
登場人物と用語紹介
ニカ: 12歳の南の国出身の女の子
シマテ: ニカの父親
モカレ: ニカの母親
モアレ: モカレの母親で、ニカの祖母
エピラ:南国で生まれ育ちながら、北国へ移住した人、北国へ移住したが、南国へ出戻りした人を指す
ニカたちが暮らすバンブーハウスは、第23番集落のなかでも外れの、標高が少しだけ高い場所あった。バンブーハウスの後ろにそびえる活火山のタビラ山は、ときおり火山灰を舞い散らす。この灰は、シマテたちが育てるクル豆を上質にした。灰の効能に気づいたのは、ニカの、亡き祖父だったという。
太陽が沈み、住人たちはランプに火を灯し始めた。ニカは、家から集落の明かりが、ぽつぽつと点滅し始めるのを見るのが好きだった。
第23番集落に、電気は通っていない。ニカが生まれる、ずっと以前は、集落全体に電気が行き渡っていて、バンブーハウスにも電気が使える設備が整っていたという。けれど、モアレもその当時のことは知らない。第23番集落で電気が使えた話は、ほとんどファンタジーになっている。
だからニカは「電気があったらいいのに」と考えたこともない。そもそも電気を知らないから、余計な欲を生なくていい。出窓から、蝋燭の火を灯したりアルコールランプをつけたりする集落の人々のようすを眺めるのが、夕方から夜にかけてのニカの習慣だった。
モカレはグッと伸びをして、外のランプに明かりを灯しに出た。
行商の一部始終の報告を受け、モアレはぶつぶつ何かを呟きながら、モカレたちが持ち帰った拳一つ分くらいの麻の袋を持って、手すりを使いながらゆっくり歩いて隣の部屋に引っ込んだ。これから、行商の成果、つまり売上を確認するのだ。金の管理は、すべて、モアレが担当していた。
ニカは窓の外を見ながら、シマテが戻ってくるのを待った。陽が沈めば、うだるような暑さはやわらぐ。日中の汗はまだ残るくらいの湿気は、夏の盛りほどの寝苦しさはもたらさない。
シマテの笑顔を、ニカはほとんど見たことがない。赤ん坊の頃から、だいたいいつも口を結び、言葉を発するのは豆のことを考えているときか、モアレと売上のことで口論になるときくらいだった。
そもそも、目が合うことも少ない。赤ん坊のときの記憶はないけれど、ニカがシマテを見るときは、いつも足元や床、横、目線はまっすぐでもニカの眉間あたりをうつろに見つめるだけで、シマテの黒目にニカ自身の姿を認めたことはない。
だからニカは、シマテと二人きりになるのを、自然と避けるようになっていた。何を話せばいいのか分からなくなる。手にはもちろん足の裏まで汗がにじむし、口も乾く。
二ヶ月も会っていないと、ニカはシマテの顔を忘れてしまいそうだった。
父さんも、私のことを忘れてしまうのだろうか。
蝋燭の明かりにゆだねた影が、もやのようにやわらかくゆれるのを見つめながら、ニカは窓際に腰を下ろした。
手塩にかけて育てた豆が何者かに盗まれて、嫌悪するエピラと口論になり、足を怪我して、なんとか帰ってきた父親。過去、長旅は日常茶飯事だったが、ここまで行商を妨げる出来事が連続したのは、ニカが知る限り、これが2回目だった。
そういえば、あの時もエピラが話に出てきた気がする。
何があったのか思い出そうと目を細めると、頭の後ろで荒々しい足音がした。
(つづく)
創作メモ
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