心の安定の保ち方 ラトビア日記 42週目
2024年6月10日 移民局の塩飴対応
半年前に見た光景、再び。
新しい居住許可を取る手続きのため、移民局へ。月曜日は10時から開くため、開館前にはやはり長蛇の列。
ただ、ウクライナとロシアの戦争が始まったばかりの頃は、ウクライナから避難してきた人が移民局に殺到したため、日本人や他の国の人の居住許可は後回しになり、なかなか手続きが進まなくて大変だったらしい。
当時のことを思えば、窓口対応まで1時間半待つなんて、お安いご用である。
居住許可が取れるか確証を得られないうちは、やり取りそのものに言いようのない不安が付きまとうけれど、許可が降りたと分かれば、だいぶ気楽だ。
学期末のレポートに集中したい今、余計なことに注意を払いたくないので、滞りなく手続きが進むのは、ありがたい。
移民局の対応については、賛否両論あるけれど、わたしが対面でやり取りした人たちは総じて愛想が良くて、それもまた過度にストレスがかからなくて助かる。
水曜日に新しいIDを受け取れることに。あとはレポートを仕上げるだけだ。
2024年6月11日 勉強に適した場所
家から少し離れているが、朝から開いていて、自由に使えるスペースを求めて、サイエンスとメディカルの学部のある校舎へ。
雨さえ降っていなければ、リガ市内はほとんど徒歩移動。
家からサイエンスの校舎まで、ちょうど一日目標の8,000歩達成するため、歩く歩く。筋トレの頻度は落ちたけど、歩く距離は日本にいるときの数倍だと思う。
歩いていると、心身がいったんリセットされる。
同じように身体を動かす時間でも、ジムに行くより、飽き性のわたしは景色が変わる散歩のほうが向いている。
テスト期間中だが、到着時間によってはガラ空きだから、静かで集中できる。
学生が集まってきても遊んだりせず、みんな勉強しているから、リガで一番、時間を気にせずモチベーションが下がらずに勉強できる場所。
2024年6月12日 急に見えてきた修士論文のテーマ
今季末のエッセイを仕上げながら、修士論文のテーマについて考えている。
まだバラバラと散らばっているが、防災、震災、災害ごみ、倫理、思い出、人権というキーワードが明確になってきた。
靴がすり減ろうと食料が尽きようと、メキシコからアメリカへの国境を目指した旅の果てに、命を落としてしまう人たちの遺品が、ボーダーを守る人たちによって整理・管理されているドキュメンタリーを見たが、あのエピソードも影響している気がする。
どこへ行こうと、わたしは日本のバックグラウンドから逃れられない。それは弱さと強さがないまぜになった、薄く、しなやかな羽衣みたい。
いままでは、そのバックグラウンドを背負って、何をしたいのかよく分からなかった。書道の道具を持ってきてみたり、日本語を教えてみたり。
わたしでなくてもできること、わたしよりずっとセンスも才能もある人たちの二番煎じみたいなことしか思い浮かばなかった。
これからも、海外で暮らしたいという思いが強い。同時に、生まれ育った環境や文化に貢献したい気持ちも、同じくらい強まっていく。
どうして日本で日本のことをしたいって思えないのか、矛盾を抱えて、喉の奥が支えたようだった。
でもわたしは、かなしいかな、ちゅうぶらりんが性に合っている。
ちゅうぶらりんだから、あっちとこっちを行ったり来たり。その特性と、日本のバックグラウンドが、わたしの強みなら、それを生かさない手はないはずだ。
2024年6月13日 暑いのか寒いのか
明日は一番重たい、長文のエッセイの締切。
水曜日にエッセイの内容に関するプレゼンテーションをしたら、論理の立て方に対するフィードバックをもらい、今一度全体を見直す。
何度も読んでいると、自分でも何を書いているのかよく分からなくなってくる。
本当は、提出する前にアドバイスをもらったり、確認したりしたいけど、明日締切だと、そんな余裕もない。
それにしても夏だからか、室内はどこもかしこも冷房の設定温度がおかしい。
さむい。
外も、そこまで気温が上がらなくなり、肌寒い。
でもタンクトップを着ている人はいて、頑なに夏を守りたい意志を感じる。
2024年6月14日 もやもや
満を持して、長文エッセイを提出。
ミニマム8,000字だったが、結局8,900ワードくらいになった。
まだ分析できそうな部分はあるが、期限を優先して提出した。
一息ついていたら、30分後くらいに、コースディレクターの先生からフィードバックが届いた。
フィードバックの内容は、思ったより、良くない。
一昨日のプレゼンテーションの内容を引きずっている感じもするし、あと論理の破綻を指摘しているというより、わたしの解釈に賛成できないというような文章だったから尚更困惑した。
意見はさまざまで、いいはずでは……?
賛成できない主張が書かれているレポートは成績が悪くなるなら、それは学問ではなく忖度では?
なんだか納得できない。
週明けに、先生に細かいフィードバックの内容を聞いてみようと思う。
夕方は、教会で行われていたコンサートへ。
シベリア抑留で亡くなった人への鎮魂と、いま起きているウクライナとロシアの戦争への反戦のメッセージも込められたコンサートだった。
こころなしか、いつものお客さんより年齢層が高い気がした。
2024年6月15日 続もやもや
朝起きて、すぐ頭をよぎったのは、ファイナルエッセイのフィードバック。
朝ごはんを食べている間も、気を紛らわそうと今更『HUNTER×HUNTER』のアニメを見始めたりしたが、めずらしく気分が上がらない。
納得できないことに対して、原因と対策を考え続けていると、言い訳も生まれて自分を正当化してしまっていることへの嫌気も伴い、なかなかスッキリできない。
同級生のクラスメイトからのフィードバックも届いた(それぞれの学生へのフィードバックも課題の一つ)。
彼女の指摘を読んで、散歩していたら、自分が何を理解していなくて、どこの理論が歪んで、結論を目指す中で何が欠落していたのかを冷静に振り返ることができた。一つ言えるのは「欲張りすぎた」ということだ。いろんな視点といろんなセオリーを引用しすぎて何が言いたかったのか迷子になっていた。
……という結論に辿り着くまで、頭を冷やすために2万歩くらい歩いた。同じところを、何度も、ぐるぐると。
正直、成績は思ったより良くなかったけれど、修士論文の最終的な評価でなかっただけマシだと思って、切り替えて、次の学期を、がんばろう。
2024年6月16日 帰国に向けた準備
今朝は、起きて、エッセイのことを思い出さなかった。
唾を飲み込むと、ちょっと喉が痛くて、風邪の気配を感じたと話したら、友人が分けくれたインドネシアのシロップを飲んで寝たのが昨晩。
一晩明けたら、喉の違和感がなくなっていて安心した……という寝起きだった。
一旦、すべての課題は出し終わった。火曜日に、修士論文のテーマについて短いプレゼンテーションをする予定。
天気もいいから部屋を掃除し、一時帰国に向けて断捨離の準備。
冬服は不要なもの以外、ドネーションボックスへ。
多くはないが、街中にいくつか置かれていて、リサイクルや寄付に回るらしい。
久々に歩いていたら汗ばむ陽気。
来週は夏至。そこを超えたら、また冬がやってくる。
あの暗い冬をどうやって過ごしたのか、ほぼ思い出せない。
日記を読み返しても、他人事のようだ。
冬は、時空を歪ませるトンネルの中にいるみたいだった。もっと晴れたり森に行ったりしていたら、変わっていたのかもしれないい。
おまけ
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