「委員は恋に飢えている!」第19会



第19会「学会発表(夏休み③)」


「おお、ここが別荘…!」
「大したものじゃねーよ。そんなことより学会の準備だ」
「俺、何でもお手伝いしますよ!結川先輩!」
「藍ちゃん、いつもありがとうね。それに月くんも、土門くんも」
俺たちは世理先輩の学会発表のお手伝いをするため、会場の近くにある結川先輩の家の別荘にやってきた。

土門もいるのは俺が二人に話したからだ。
もう少し人手が欲しいということだったので、それなら土門はどうかと提案したところ知っている人の方が助かるということで土門も手伝うことになった。

土門もちょうど部活が休みだったらしく、結川先輩の頼みだと言ったら速攻で了承してくれた。
「俺に感謝しろよ?」
「ありがとうございます、月様!」
「おーい。何してんだ。行くぞ」

俺たちが小声で話していると結川先輩に呼ばれたので、早速別荘に入っていった。



「こっちが二人の部屋。私たちは隣の部屋だから。分からないこととかあったら何でも聞いてくれ」
「わかりました。ありがとうございます」
「三十分後くらいに会場まで行って少し準備して、その後は自由行動って感じかな。それまでに荷物とかまとめておけよ」
そう言って世理先輩と結川先輩は隣の部屋に行った。

「おい、月。やばいぞ。俺はこれから結川先輩とお泊りするんだ」
「あはは、そうだな」
「どうしよう。緊張してきた」
「一応メインは明日の学会発表だからな?」
「それはわかってるって。でもなんかさ…」
土門の言いたいことも分かる気がした。

変な気は全くないが、それでも男女で同じ家で二日間過ごすのだ。
土門のせいで俺まで変に緊張してきてしまった。
それから三十分、俺たちは他愛もない会話をして過ごし、会場に向かうこととなった。

会場は歩いて行ける距離だったが、持っていくものが多かった。
「あの、論文の発表ですよね?どうしてこんなに荷物があるんですか?」
「実はな、この学会はうちの学校にもお金を援助してくれてる大学が主催なんだ。もちろん大学側がほとんど準備をしてくれているんだが、私たちにも何人か手伝ってほしいっていうことでな。だから人でも荷物も必要なんだ」
「そうだったんですね」
「結川先輩、俺、何でもしますよ。いくらでも使ってください」
「あっはは。ありがとう。頼りにしてるよ」
土門は少し顔を赤くして嬉しそうだった。

「よし。到着だな。それじゃあ私と世理先輩はちょっと挨拶してくるからお前たちは中に入って手伝っててくれ」
「「わかりました」」
俺たちが返事をすると二人は別の方向に向かっていった。
結川先輩の言う通り中に入ると、大学の教授らしき人やスーツを着た人たちが準備をしていた。

「ちょっと。関係者以外立ち入り禁止だよ」
俺たちは追い出されそうになった。
「あ、あの!違うんです!俺たち手伝いで来てて…」
「そんな話聞いてたか?」
「いや、聞いてない気がするな」
「世理!世理秋生さんのお手伝いに!」
「…」
大人たちは黙り込んでいる。

(これ、大丈夫か…?)
その瞬間、大人たちの顔が笑顔に変わった。
「ああ!秋生ちゃんの!」
「はい…」
(名前を出した瞬間みんなが優しくなるって、どれだけすごいんだあの先輩は…!)

「秋生ちゃんの発表は毎回とても面白いからね。今回もとても楽しみにしているよ」
「まあ、秋生ちゃんはいつも付き添いの子に手伝ってもらいながらだけどね。そこもまた可愛らしいんだがね」
どうやら世理先輩は何回もこの学会に参加しているようで、お気に入りらしい。

「なんだ、お前たち。まだこんなところにいたのか」
その時結川先輩と世理先輩が戻ってきた。
「ち、違うんですよ!関係者じゃないと思われて止められちゃって…」
「おお!秋生ちゃんじゃないか!今回も参加してくれてありがとうねぇ。論文、楽しみにしてるよ」
世理先輩は顔を隠しながらうなずいていた。

「はい、みなさんもそれくらいにして。世理先輩は見世物じゃないんですから」
結川先輩は大人たちにも引けを取らず、対等に話している。
「お前たちもほら。行くぞ」

結川先輩の安心感がすごかった。
普段は当たりや口調が強めでヤンキーのような感じだが、みんなを引っ張ってくれる姿がとても頼りになると思った。



「おし、これで準備はほとんど終わりだな」
「結構疲れましたね」
「結川先輩、まだ何かやることはありますか!」
「あはは、もうないよ。ありがとう」
「世理先輩、大丈夫ですか?」
「う、うん。すごい疲れたけど大丈夫…」
俺が声をかけると世理先輩は疲れた様子で答えた。

「世理先輩、これ飲んでください」
「ありがとう、藍ちゃん。何から何まで。藍ちゃんがいないと私、絶対発表できないよ」
「今回も任せてください。全力でお手伝いします」
結川先輩も世理先輩に頼りにされて嬉しそうだった。

「それじゃあ、これからどうするか。いったん別荘に戻るか、それともこのままどこかに行くか…」
「ごめん。私疲れちゃって…。別荘に戻って休んでもいいかな…」
「ああ、すみません。そうですよね。別荘に戻りましょう」
「わ、私のことは全然気にしないで!どこかに出かけてきても全然…」
「世理先輩と一緒に出かけたいんです」
結川先輩の一言を聞いて世理先輩は恥ずかしそうに顔を隠した。

「お前たちは出かけたかったら行ってもいいぞ」
結川先輩の言葉に土門が続けて返す。
「いえ、俺は、ゆ、結川先輩と…!」
「?」
「世理先輩と月とみんなで出かけたいです」
土門が結川先輩と二人で出かけたいと言うのかと思ったが、途中から早口になりながらそう答えた。

「そうですね。俺はこの辺何も知らないですし、せっかくどこか行くならならみんなで行きたいです」
「み、みんな…」
「それじゃあ、別荘に戻るか」
こうして俺たちは準備を終え、一度別荘に戻ることとなった。



別荘でしばらく過ごした俺たちは、夜ご飯を作るための食材を買いに出かけた。
といっても別荘に着いた時点ですでにBBQの用意がされてあったので、そのほかに自分たちが食べたいものや飲み物を買いにだ。

きっと結川先輩の家の人たちが用意してくれたのだろう。ほんとうに何から何まで世話になりっぱなしだ。
店からの帰り道、小さな公園があった。

そこでは子供たちが水遊びをして遊んでいる。
水風船を投げたり、水鉄砲を使ったりバケツで水をかけあったりしていた。
「可愛い」
結川先輩は小さい声でぼそっとつぶやいた。

もしかしたら結川先輩は小さい子や可愛らしいものが好きなのかもしれない。
世理先輩のことも可愛いから好きと言っていたし…。
その時、水風船が世理先輩のところまで飛んできた。

「危ない!」
俺は世理先輩を庇おうとしたが買ったものを持っていたので間に合わなかった。
しかし世理先輩は濡れていない。
世理先輩の前には結川先輩が立っていた。髪から水がしたたり落ちている。

「ら、藍ちゃん!」
「「結川先輩…」」
「…」
結川先輩は何も言わず子供たちのもとへ歩いていく。

「あ、あの…。ごめんなさい…」
子供たちは泣きそうな顔で結川先輩に謝っていた。
「ちゃんと謝れてえらい!でも、夢中になるのはいいけどもう少し周りに気を遣おうな。道路に向かって投げるのも良くない。濡れたらいけないものを持っている人もいるかもしれないし、ケガをする人もいるかもしれないからね」
結川先輩は優しい口調で話した後、子供たちの頭を撫でて戻ってきた。

「大丈夫ですか?」
「私は大丈夫。それよりも世理先輩!濡れてないですか!?」
「わ、私は大丈夫だよ…!それよりも藍ちゃんの方がびしょ濡れだよ!」
「気にしないでください。世理先輩が濡れてないならオッケーです」
結川先輩は親指を立ててそう言った。

「くそ!俺は何のためにサッカーをやってきたんだ!こういう時に動けないでどうする!」
土門は結川先輩の前に出れなかったことを後悔しているようだった。

「早く戻ろう!じゃないと藍ちゃんが風邪ひいちゃう!」
「大丈夫ですよ」
「そうですね。早く帰りましょう」
俺たちは急ぎ足で別荘に向かった。



「「「「いっただきまーす!」」」」
「おいしい〜!」
「この肉、牛ですか!?牛ってやつですか!?」
「月、野菜も食えよ?」
「世理先輩が喜んでくれたならよかったです。お前たちもどんどん食べてくれ」
俺たちはBBQを楽しんでいた。そして俺は牛肉を見て興奮していた。

結川先輩はシャワーを浴びた後だというのに、肉や野菜を焼いてくれている。
自分の家のものなので、自分が使った方が良いということだった。

「結川先輩、代わります」
「そう?それじゃあ、代わってもらおうかな」
そう言って結川先輩は土門と交代した。
土門はやっと結川先輩の力になれたことが嬉しそうだ。

「いつもは藍ちゃんと二人で食べることしかなかったから、なんか新鮮だね」
「そうですね、世理先輩。食べてますか?何か食べたいものありますか?とりますか?」
「だ、大丈夫だよ。藍ちゃんも食べて!」
結川先輩は世理先輩にいろいろ食べさせようとしていて、世理先輩も遠慮していた。
もうお腹がいっぱいなのかもしれない。

「月も。食うか?」
「ありがとうございます!俺、牛肉初めて食べました!こんな感じなんですね…。めちゃめちゃおいしいです!」
「まじか…」
「いや、わからないです。でも俺が覚えている記憶にはないですね…」

「よし。土門!月に牛肉をいっぱいとってやってくれ!」
「わかりました!ほら、月。牛だ」
「サンキュー!」
とても幸せだ。このBBQがメインだと思ってしまうほど幸せだ。

「明日の発表、しっかりできるといいな…」
世理先輩のつぶやきで俺は明日学会での発表があることを思い出した。
「世理先輩なら大丈夫ですよ」
「そうですよ。私もお手伝いするんですし、絶対大丈夫です」
「ありがとう。藍ちゃん。明日はよろしくね!」
「はい!」

こうして俺たちはBBQを楽しんで、風呂に入り明日に備えてそれぞれの部屋で横になった。



翌日、俺は鳥の鳴き声で目が覚めた。時計を見ると午前五時三十分を示している。
鳥たちがものすごく鳴いていたのでいい天気なのかと思ったが、大きい雲で覆われていた。
もしかしたら一雨来るかもしれない。

俺は顔を洗おうと思い、洗面所に向かった。
「おはようございます」
「ああ?なんだ、月か。おはよ」
「結川先輩、早いですね」
「別に、なんとなく目が覚めただけだよ」

「世理先輩は?」
「まだ寝てる。世理先輩はな、朝が少し弱いんだ。私も強い方じゃないけどな。朝の世理先輩はかっっわいい」
「そうなんですか。見たいですね」
「はぁ?お前には見せない」
そう言い放って結川先輩は額の汗をぬぐっていた。

「ひどいなあ」
俺たちが顔を洗ったり歯を磨いたりしていると、二人も起きてきた。
「おはようございます、結川先輩!」
「土門、おはよう」
「…みんなおはょぅ…」
そう言って出てきたのは、髪で隠れた目を擦りゆっくり歩く世理先輩だった。

オーバーサイズの服を着ていて、隙間からいろいろなものが見えてしまいそうだ。
なんなら少し身につけていた下着が見えてしまった。
「お前ら!見るな!散れ!」
そのまま俺たちは結川先輩に洗面所から蹴り飛ばされた。


「お恥ずかしいところをお見せしました…」
朝ご飯を食べているとき、世理先輩は顔を髪で隠しながら俺たちに謝罪した。

「いえ、全然大丈夫です!」
「何も見てないだろうな…?」
「…」
「はぁ!?見たのか!?おい、月!」
「ち、違うんです!見たんじゃないんです!あれは不可抗力といいますか、たまたまといいますか…」
世理先輩は顔を髪で隠して変な声を出していた。

「結川先輩、俺は見てません」
土門は冷静に答えているが結川先輩には聞こえていないかもしれない。
「よし!お前の記憶を消してやる。一発で飛ぶだろ」
「や、やめてくださいよ!」
おいしい朝食を食べながら騒がしい朝となった。



朝ご飯を食べた後、時間になったので俺たちは会場へ向かった。
「そういえば、俺たちは何を手伝えばいいんですか?」
「ん?特にないぞ」

「え?」
「お前たちに手伝ってほしかったのは昨日の準備なんだ。今日は世理先輩の発表をゆっくり聞いててくれ」
「そうなんですね。お二人の研究、しっかり聞きますね」
こうしていろいろ話していくうちに会場へ到着した。

俺はもちろん、ほとんどの高校生は論文発表をする、聞くという機会は少ないのではないだろうか。
俺は貴重な経験をさせてもらえることを楽しみにしつつ、二人の発表が成功してほしいと思いながら会場に入った。


後書き

十九話です。最後まで読んでいただきありがとうございます。
今回は学会発表にむけた準備です。結川先輩、さすがのお金持ち、気も強くて頼りになります。
次は何やらハプニングが起こるかもしれません。
続きもぜひ読んでいただけたら嬉しいです。感想も大大大大歓迎です。


第一話〜はこちらから


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