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[小説]円柱

目の前に円柱が生えた。
他に表現のしようがなかった。
遅刻ギリギリの時間に起きた私は、駅への道を小走りに急いでいた。
すると突然、カーンッと澄んだ音があたりに響き何事かと足を止めると、今まさに足を踏み出そうとしていたすぐそこの地面から円柱が生えた。

滑らかな表面が白銀に輝く、高さ3mほどの立派な円柱だった。
上にいくほど径が大きくなっているようで根本の直径は1m程だがてっぺんはその倍くらいありそうだ。
ぐいとこちらに反っているところが、うちの図体だけでかい部長が怒っている時みたいだと思った。
部長を思い出してはっとした。早く行かなければ、あの部長に叱られてしまう。駅への道を駆け出したとき、私はもう不可思議な円柱のことなど忘れていた。

お偉方の飲み会に付き合わされた帰り、足元がふらふらと揺れるのにまかせて歩いていると、あの円柱が朝のままそこに立っていた。
「なんだあ?おまえも、俺と同じでくの坊だなあ。棒だけに」
円柱は反応しなかった。返事をしろよと、肩を組むように円柱に腕を回すと、円柱は意外にもほんのり暖かかった。少し愛着を覚えて、
「おまえだって頑張ってるんだよな。俺はわかってるぞ」
とつるりとした表面を撫でてやった。

次の日もその次の日も円柱はそこにあった。
突然現れた奇妙な建造物はそのうちどこかで騒がれるだろうと思っていたが、新聞にもネットニュースにも載らなかった。それどころか、他の人間はそこに円柱が生えていることに全く気がついていないようだった。車も人も円柱を避けて通るが、視界に入っていないようである。カラスが騒ぐと怒鳴りながら飛び出してくる近所の老人は、カラスが円柱の縁に止まっている時は全く反応しなかった。
私が円柱に話しかけるときは、私さえも回りから認識されなくなるようだった。

私は度々円柱に話しかけた。仕事の失敗や、理不尽な叱責への愚痴、可愛い受付の女の子に笑いかけてもらえたことなど、毎日のように話をした。
円柱は相変わらず何の反応もしなかったが、触れたときの暖かさが私の心を慰めた。

ある日、いつも静かに話し相手を務めてくれる円柱に、あたってしまった。
その日は本当に運が悪かったのだ。まず朝は電車が遅延して遅刻した。いつもなら遅延証明書を提出すれば何の問題もないのだが、何故だか課長の機嫌がすこぶる悪く、電車が遅れた程度で遅刻するとはたるんでいると怒鳴られた。さらに客先にではうちの製品とは関係のないクレームで説教されるし、昼飯は食べ損なったし、受付の女の子は休暇を取っているし、帰りは駅の階段で盛大に転んで周囲の視線を集めた。もういつも通り円柱に愚痴ってもイライラが収まらず
「たまには何とか言えよ!」
と思いきり蹴り飛ばした。
すると円柱はカーンッという音を響かせた。
私は思わず耳を塞ぐ。音が止んで耳を塞いでいた手を下ろそうとすると、
「うわっ!なんだこれ」
という声が聞こえた。音の方をふりむいてみると、そこには新しい円柱が生えていた。声の主は新しく生えた円柱を呆然と見上げる男だった。
男はこちらに気づく様子もない。

ふと存在感を感じて回りをみると、円柱はそこかしこに生えていた。
そして円柱の傍らには自分と同じように円柱相手にくだを巻く人間がいた。その誰もが他の円柱には気づいていない。
いままた、イライラした誰かが力強くカーンッと円柱を殴りつけた。
すると、さらに新しい円柱が生えた。殴りつけた女は大きな音に驚いてあたりを見回している。ふと、その女と目が合った。
気まずくなって視線を外し、逃げるように帰った。
もう円柱に絡むことはなくなった。

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