[小説]姉妹の話
姉の城見と妹の希美は都内のマンションにルームシェアをして二人で暮らしていた。姉と妹と言っても、二人に年の差はない。同じ日に一緒に生まれた双子の姉妹だった。
城見の方が少ししっかりしていたし、希美は城見に頼ってばかりいてだらしがなく、城見が姉のようになっていた。
今朝も城見が仕事に出かけようとしたところに、希美が起きてきた。
「お姉ちゃん、おはよー。もう行くの?」
城見は時計をみて、バッグの中の資料を確認する。
「そうね。朝から会議だからもう出なくちゃ。希美は家でお仕事?」
「うん。納期まだ余裕があるからゆっくりやるー」
希美はまだ眠そうだ。自分のために用意された朝食の前に座りながらもうひと眠りしそうである。
「ご飯はちゃんと食べてよね」
城見は念のため釘をさしながら、バッグと上着を手に玄関に向かった。希美は気のない返事をして、なんとかフォークに手を伸ばすふりをする。
「んー。いってらっしゃーい」
「いってきます」
これは朝食を前に二度寝するのだろうなと城見は考えつつ、玄関の鍵をかけてでかけた。
希美はフリーのイラストレーターとして働いていたが、親戚には理解のない人間が多く、よく面倒を見てくれていた叔母は何度説明しても一日家にいるのは無職と同じだと言い切った。姉妹が二人暮らしを始めると言った時には、希美を「いつまでもお姉ちゃんに頼りっきりじゃだめなのよ」と咎めた。そして城見には「妹の世話が大変になったら、すぐに叔母さんに相談しなさい」と優しく、しかし少し強めに言い含めた。
叔母たちには理解されなかったが、この二人暮らしはそもそも城見が言いだしたことだった。希美は一度仕事に集中すると寝食も忘れてしまうし、生活能力は全くなかった。城見も料理や洗濯などの家事は得意ではなかったが、希美ほどひどくはなかったし、何より、希美の作り出す鮮やかな世界を近くで見ていたいと思ったのだった。むしろ城見には希美が必要だった。
城見はいつも通りに通勤し、いつも通りに仕事をこなし、いつも通りスーパーで買い物をして家に帰る。変化も味もないつまらない毎日だが、希美の世界を支える一人になれていると思うと生きられた。
二人で城見の用意した夕食を食べ、リビングで少し食休みをするのが日課だった。
夕食の片づけを終えた城見がホットカーペットの座椅子にもたれかかると、希美が城見の足の間に座ってきた。
「どうしたの?」
「んー」
そのまま希美は城見によりかかりながら、城見を見上げた。
「お姉ちゃん、ありがと」
「何が?」
「お姉ちゃんがいないと、わたし、全然生活できないから」
「そんなこと、希美だってやればできるんでしょう」
そうなんだけどね、と希美はうつむく。
「お姉ちゃんだけは、応援してくれるから」
仕事で何かあったのかもしれないが、城見はそこについては聞かなかった。代わりにいつも思っていることを口にする。
「私は希美の書く絵がすごく好きだから。希美の絵を見てると、つまんない私の世界まで明るい色で溢れる気がして、ちょっと救われた気持ちになるの。だから、むしろ希美がいないとダメなのは私の方」
夕食の酒で酔ったかなと思う。少し頬が熱い。
希美は少し嬉しそうに「そっか」と言った。
希美の顔も少し赤い。
「ねえ、ホットカーペット少し熱すぎない?」
と城見が立ち上がろうとすると希美が体重をかけて邪魔してきた。
「このままじゃ私たちホットカーペットの上で焼けちゃうんだけど」
「お姉ちゃんの方が酔ってるから、先に焼けちゃうの。私は半生」
「半生って半分焼けてるじゃない」
希美が笑う。つられて城見もわらった。
「じゃあ、私たちの調味料は何がいいかしら?」
城見がふざけると、
「ウスターソース!」
と希美がのる。
「私は醤油派なんだけど」
と城見が返す。
延々とどうしようもない会話が続く。
結局のところお互いがお互いに依存しているのかもしれなかった。
しかし、このお互いに美味しい生活をずっと続けていければ良いのにと城見は思うのだった。
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さっき半生の黄身がこぼれてセーターの胸元につきました。
洗ったら落ちるでしょうか。