[小説]小さな幸せの旋律 #同じテーマで小説を書こう
「シュピナートヌィ・サラート・ス・ヨーグルタム……」
「え、何?何の歌?」
隣から不思議な節をつけて何かを歌っているのが聞こえた。聞いたこともない旋律と、聞いたこともない単語に、僕は思わず聞き返した。すぐ隣の席でカウンターにもたれるように座っていた陽子は、ピンク色のカクテルが入っていたグラスを手の中でもてあそびながら、よくわかんない。とあっさり答える。
「なんか、今日同僚の女の子が、仕事中、ずーっと歌ってたの。マスター知ってる?」
金曜夜のバーの店内、ほどよく人が入り、そこここで話し声が聞こえる。その会話を邪魔しない程度にゆったりとした洋楽が流れていた。洋楽はマスターの趣味らしいが、グラスをを拭きながら
「いえ、知りませんねえ」
と首を傾げる。陽子はそっかと特に残念そうでもなく、先ほどの歌をリピートさせ始めた。店内の音楽と酔いと、ゆったり合わさってとても気持ちの良い曲だった。
同じ職場の南陽子とは付き合い始めて3か月になる。僕たちは違う部署にいて、一緒に仕事をすることは一度もなかったが、たまたまお互い職場近くのバーに通っていて、たまたま時間が一緒になって、何度か一緒に飲んでいるうちに趣味や話が合うことがわかって、そのまま付き合うようになった。金曜日の退社後はこのバーで合流して少し飲んでから、そのままどちらかの家に行くというのがルーティーンになっていた。
ヨーグルタムといえば、とさっきから陽子が繰り返す歌の最後をとってマスターが話しかけてきた。
「南さんのお好きな ベレンツェンのトロピカル・ヨーグルト、ちゃんと入れておきましたよ」
「ホントに!?」
トロピカル・ヨーグルトは、酸味のあるヨーグルトと甘いトロピカルフルーツのエキスを配合した、カクテル向けのリキュールだ。陽子はこれのソーダ割りが好きで、ここにくると必ず頼んでいる。しかし、前回はこのリキュールを切らしてしまっていたとかで飲めなかった。
陽子が少しとろんとした目を一生懸命あけてこちらを見つめてきた。そういえば、さっき「これが最後だよ」と言ったところだった。マスターはタイミングを計っていたに違いない。「本当にこれで最後だからね」と陽子の綺麗な目を見つめ返した。とたんに嬉しそうにする陽子を見て、どうしても甘くなってしまう自分に苦笑した。マスターに例のリキュールのソーダ割りと、自分向けにグレンフィディックを頼んでから、タクシーの予約を入れた。
どこからか歌が聞こえるのに気づいて、陽子は目が覚めた。頭がいたいのは、昨晩飲みすぎたせいだろう。タクシーに乗った後の記憶がないので、晃一がそのまま自分の家に連れてきてベッドまで運んでくれたのだろう。陽子は重い体を起こしてキッチンに移動する。キッチンでは晃一が例の不思議な歌を口ずさみながら、朝食の用意をしていた。
「おはよ」
と背後から抱き着くと、「おはよう」と額にキスをくれる。
「二日酔い?大丈夫?食べられる?」
「食べる」
抱き着いたまま答えると、じゃあ、ちょっと待っててと言って、また先ほどの歌を歌いながら朝食の準備を続ける。
「その歌、なんか止まんなくなるよね」
絡みついたままのぞき込むと、晃一が今気がついたように「あ」という。
「昨日、陽子が半分寝ながらずっと歌ってたせいだよ」
晃一がちょっと言い訳がましく弁解する。ちょっと間をあけて、今度は二人で、はもってしまって、顔を見合わせて笑った。自分が歌っていた歌が晃一にも移ってしまったことが、ちょっぴり嬉しくて背中から回した腕に少し力を入れた。
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どうも酔っ払いです。私はトロピカル・ヨーグルトよりもボルスのヨーグルトの方が好きです。でも、甘すぎるのは苦手です。
こちらに参加させていただきました。後夜祭ってなんでしょうか。滑り込みセーフでしょうか。
なんだかんだで、衝動的に三つ目を書きなぐってしまいましたが……
おかげさまで、最近は空で「シュピナートヌィ・サラート・ス・ヨーグルタム」が唱えられるようになりました。テレワークでなければ、陽子の同僚の女の子状態になっていたかと思います。