わたしとキムくん #6 Super Shy
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夜になり、祇園の宵山が始まった。
複数の山鉾が集まる"喧嘩山"の迫力たるや。
朱色に光る山鉾の提灯の明かりが綺麗だ。
数年ぶりに開催されたこともあり、見物客も多く、熱気で賑わっていた。
この数年間、ガランと静まり返った街が嘘だったかのように、人が溢れている。
そう思って、前を歩くキムくんのTシャツの裾を少し引っ張ってみたけど、何も反応はなかった。
人混みの中、山鉾をしばらく眺めていると、近くで花火が上がった。
さっきまで座っていた河原だ。
そうお互い目くばせして、駆け足で河原に向かった。
ビルとビルの間にチラッと見える花火が綺麗だ。河原に座ってゆっくり見たい。
早く、早く……!
でも、河原に座った瞬間、花火が終わってしまった。
なんという間の悪さ。
花火、もっと見たかった。綺麗だったのに。
あの綺麗な花火を2人で間近にみていたら、もっと気持ちが高まったかもしれないのに。
なんか、何やっても上手くいかない日ってあるよな……
今日、まさにそんな感じ。
ちょっと残念だったけど、気を取り直して晩ごはんを食べに行くことにした。
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駅前のチェーン居酒屋で焼き鳥を頬張りながら、キムくんに聞いてみた。
あんまり反応がないように見えたキムくんだけど、そんな平凡なことも楽しんでくれていたんだな……
やっぱりいい人だよな。
キムくんが帰国するまで、あと数日遊ぶ予定もある。恋愛に発展せずとも、楽しく残りの予定を一緒に過ごせれば、それはそれでいい。
どうせ、わたしも他に特別な夏の予定はないし。
そんなことを思いながら、ビールをクィッと飲み干した。
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キムくんのホテルは駅前で、居酒屋からは目と鼻の先だ。わたしの自宅までは徒歩15分〜20分ほど。
わたしは飲んだ後、酔い覚ましに歩いて帰るのが好きなので、「1人で歩いて帰る」と告げると、「心配だから送っていく」と言ってくれた。
夜風が気持ちいい。
並んで歩きながら、キムくんが今日の1日をどう思っているのか、気になった。
デートだと思っているのなら、もう少しそういう雰囲気に持っていくこともできたはずなのに。手を繋ぐチャンスもあげたのに。
それに、ずっと疑問に思っていることがあった。
普通、新しい恋が始まる時って、過去の恋バナが自然と話題になるものではないかな?
最後に付き合ってたのはいつで、何が原因で別れた……とか。
そういうのを話しながら、相手の価値観を知ったり、自分の価値観を伝えたりとかさ……
でも、キムくんはこれまで、わたしに何も聞いてこなかった。カカオトークでも、実際に会った時も。
わたしも聞かれていないので自分からは話さないし、もしかしたらキムくんは聞かれたくないのかな?と思って、キムくんのことも聞かなかった。
お互いに好意がありつつも、過去の恋愛の話にならないってなんだろう……
とか?
…
…
…
……もしかして…?
と思ったわたしは、キムくんに聞いてみた。
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キムくんと自宅の前でバイバイして、シャワーを浴びて、ベットに寝転がって今日1日に起こったことを考える。
「彼女がいたことある?」というわたしの質問へのキムくんの答え。
今日感じたぎこちなさ。
ロマンチックな雰囲気になかなかならないもどかしさ。
不思議に思っていたことが、全部納得がいった。
キムくんは、人生初めてのデートで緊張のあまり、わたしとどう接したらいいかわからなかったのだ。コボちゃんヘアのせいで、わたしのテンションも低かったし。
…
…
…
ピュアやん。
スーパーシャイやん。
"韓国 コボちゃんカット"などでググったりしながら、わたしはあることを思い出していた。
20代半ば頃付き合っていた、大学時代の同級生の高橋くん(仮名)のこと……
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高橋くんとは大学のゼミで出会った。
関西出身で明るく、情に厚いラグビー部の高橋くんは、男子学生にも、女子学生にも、教授にも頼りにされる存在だった。
ラグビー部なだけあって、大きくてがっしりした身体付き。
関西弁で話も面白い。高橋くんとは気が合っていたので、ゼミでは彼と話すのが楽しみのひとつだった。
でも、高橋くんにはずっと彼女がいたし、ただ同じゼミ生として仲が良かった。
その後、わたしが20代中頃に京都で働いていた時に、ひょんなことから高橋くんと連絡を取ることになった。
そこから何度か食事をして、実はお互い好意を持っていたことがわかり、付き合うことになった。
彼氏になった高橋くんも、すごくいい人だった。
デートで迎えに来たときに、わたしの好きなカフェラテを助手席のホルダーに置いていてくれるような、さりげない優しさ。
わたしが高熱を出したといえば、片道1時間以上かけて迎えにきて、病院に連れて行ってくれるような、頼もしさ。
今思えば、みるかく子史上、最も普通で安定感のあるお付き合いだった。
そのままゴールインして、結婚後の家庭も見えるようなお付き合いだった。
しかし、わたしには当時、どうしても受け入れられないことがあった。
ある日、彼とキスをしているときに目を開けてみると…
…
…
…
口がタコだった。
それから、何をしていてもタコが気になるようになってしまった。
ドライブでいい雰囲気でも、タコ。
家でロマンチックな映画を見ていても、タコ。
目を開けてみると、いつもタコ。
もちろんわかっていた。
彼は優しい。わたしをずっと大切にしてくれるだろう。なのに、わたしはそんな小さいことを気にして。なんて嫌な女なんだ。
でもその後、高橋くんとはそのほかの性の不一致も気になりはじめ、結局別れてしまった。
でも、たまに思い出すのだ。
もし、その時のわたしが彼の成長を待てたなら。
今、わたしは高橋くんの隣にいて、彼と楽しく笑い合って暮らしていたのかもしれない。
これから先、高橋くんやキムくんのように、話や性格が合う人とどのくらい出会うだろうか。
ましてや、田舎のバスセンターで偶然に出会った韓国人と仲良くなるなんて、一体どのくらいの確率なのだろうか。
うん…髪型や服装なんていくらでも変えられる。
そんなことを考えていたら、コボちゃん頭もどうでもよくなってきた。
そして、この頃すでに「ラブストーリーは突然に!?」のエッセイを投稿し始めており、沼民たちからもらったある言葉がわたしの心に残っていた。
それは……
という言葉。
そうだ、愛とはゆっくり育んでいくものなのだ。
最初から全て完璧なものなんかない。
コボちゃん頭やタコチューにいちいち幻滅するのではなく、
ゆっくり、大切に、水や肥料を与えながら愛情を持って育てていくような関係。
容姿がめちゃくちゃタイプだけど一緒に笑い合えない人より、
髪型がコボちゃんでも楽しく会話できる方がよっぽどいいじゃないか。
そう思うと、コボちゃん頭も可愛く思えてきた。
……かはわからないけど(笑)
次会う時は、コボちゃんのことは一旦忘れて、もっとたくさんいろんな話をしてみよう。
そう思って、キムくんにメッセージを送った。
そうして、わたしたちは次に会う約束をして、眠りについたのだった……
続く……
▼New Jeansa "Super Shy"