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【短編小説】あなたに捧げる生の詩【ホラーロマンス?】


『やっと…やっと、ここまで来ることが出来た…あぁ、今、あなたにこれを…』
あの日から、あなたを支えると、そばに居ると誓ったのだ
もう、私から離れないでくれ…

「土産はいかかですか?街特産のトマトを使ったお菓子です。おひとつ試してみてください」
にこやかに客引きをする女性が一人、商店街にいた
他の客引きは呆れたような顔をしているが、彼女は続ける
カランカランと、商店街に入ってくる一つの音があった
その音に気づいた彼女は、音の方向を見る
「下駄…?」
しかし、彼女以外でその音が聞こえた者はいなかったようで、周りは不思議がった
「どうしたの、まやちゃん?何かあったかい?」
商店街に一つある土産屋の店主が、彼女にそう聞く
「あ、いえ、多分聞き間違いです。下駄の音が聞こえた気がしたんですけど、すぐ聞こえなくなりました。」
何も無かったと、その気持ちを後押しするように笑顔を作った

「すみません、土産を見たいのですが…」

「はい!…あれ?」
声がして振り返るも、誰もいない
(気のせい、だよね…?)
自分にしか聞こえていないのかと、不安になるのは当然であった
「店長。さっき、声聞こえましたよね?」
その声掛けに、店主は気づく
「え?あぁ、たしかに土産が見たいって聞こえたけど…」
身を乗り出し店先を確認するが、底には誰もいなかった
「あれえ?たしかに聞こえたけどねぇ…?おかしなこともあるもんだね!」
ケタケタと笑いながら、店主は彼女にこう言った
「まあ、そろっと閉店時間だから、店じまいしちゃおうか。途中でお客さん来たら対応よろしくね」
何事もなかったかのようにそう言われ、彼女は呆気に取られた
「は、はい…」

何事もなく店じまいが終わり、帰路に着く
「うーん、なんだったんだろうあれ…」
店での出来事に、彼女は一人考え込んでいた
商店街から少し離れたアパートに一人暮らししている彼女は、帰り道の途中でコンビニに寄る
「やっぱり、気のせいかなあ?」
店を出ながらそう呟く
買った物を手に持ち、今度こそ家に着くというところだった
突然、目の前に車が飛び出してくる
彼女は驚きで体が動かず、そのまま帰らぬ人となった

『なぜ、あなたは死んでしまったんだ…?』

誰にも認知されない一人の男が、現場を目撃し、そう一言を残して消えてしまった

彼女が死んだ
彼女と幼き日に約束した
守ると、近くにいると…
彼女がいなければ、私の存在理由が消えてしまう
彼女を元に戻さなければ

「昨日の事故知ってる?」
「なんのこと?」
朝、女子高生たちの会話が、男に聞こえてきた
誰も男に気づかず、目の前を通って行く
『不浄…だが、彼女の魂と身体を取り戻すには、必要なこと、か…』
不気味なことを言い、先程の女子高生二人の後を着ける
もちろん、辿り着く先は高校である
朝礼で、担任は生徒たちに注意喚起をする
「昨日の夕方に事故がありました。みなさん、登下校の際の車には気をつけてくださいね。」
「んなこと言ったって、突然来たら動けないだろー?」
一人の男子生徒がそう言う
『そう、たとえば…このような不条理にも…』
男が窓の近くに立っていた
男の手は勢い良く窓を開ける
窓際に膝を着いて話を聞いていた男子生徒は、窓という1つの支えがなくなり、体勢を崩す
「ぅわっ!?」
そして男に背を押され、その男子生徒は、3階という高さから落ちてしまった
下にクッションとなるものは一切無し
教室内は一気に騒がしくなり、担任も慌ただしく声をかけて教室から飛び出して行く
『魂を、ひとつ…』
落下死した男子生徒から、名状しがたい形の、ふわふわしたような物が出てくる
男はそれを掴むと、懐に下げていた瓢箪の中に入れた
『まだ、彼女には足りない…』
その場から男が消え去るが、誰として気づいた者はいなかった

バンッ!と勢い良く教員室の扉が開く
受け持ちや授業のない教師たちは、それに当然驚く
「そんなに慌ててどうしたんですか?持月先生」
男性教師が、先程の教室の担任にそう聞いた
「由木くんが、校舎から落下しました…。救急車と警察を!」
それを聞き、また驚き、当然騒ぐ
教頭と思わしき人物は、近くの電話の受話器を持ち、急いでどこかにかける
他の教師たちは、遺体のある場所へと急ぐ
そんな風に騒いでいる間に、男は教員室へ入っていた
皆が気付かぬうちに、一人の女性教師は、首を切られて死んで逝った
男は再度懐から瓢箪を出し、切り落とした頭を中に入れた
全くわからない原理で、瓢箪の中に入っていく頭
そして、それと一緒に、また不可思議な形の物を入れる
魂と呼べそうなそれは、まるでそこに浮いているかのようにも思えた

『頭と、魂がふたつ…』

男は明確にそう言った
既に男が去った学校では、多くの救急車と警察が来ていた
どちらも不審死、事故死、あるいは怪死として扱われることになるだろう
男は次の目的地があるかのように、一つの方向に歩き始めると、すぐに姿を消した

次に姿を現した場所は、すぐ近くの小学校だった
既に話が行っていたのか、教師たちは慌ただしく動いている
『騒がしい…』
うるさそうにしながらも、男は校舎内を練り歩く
それを見ることが出来る子がいたのか、こんな報告がチラホラ出てきた
「不審者が校内を歩き回っている」「髪の長い変な人物が校内にいる」「何かを探しているような黒い人がいる」
全て、男のことであった
そうして、男は一人の児童を見つける
「せんせいたち、いそがしそう…。みんなもザワザワしてるし、ぼくくらいはしっかりしてなきゃ…!」
そう決意した児童を、男は首を絞めて殺した
突然の出来事に、その場にいた児童と教師は恐怖した
その児童が死ぬまで、周りは時間が止まったかのように動かなくなっていた
だが、児童が動かなくなると、それを察したかのように騒がしくなった
一つの教室から、学校全体へと混乱は広がっていった

そうして、その混乱に乗じて、またもや教師の一人を手にかける
今度は両腕を切り落とした
先程の児童の魂を既に手に入れていた男は、女性教師の両腕と魂を瓢箪の中に入れる
まるで、体の一部を集めているようにも見える
『魂は4つ、必要な身体の部位は3つ、足りない』
男のその発言は、身体のパーツごとに魂が必要そうにも聞こえる
『他に、人が集まる場所を見つけねば…』
そう言うと、男はその場から消えてしまった

「ねぇ、昨日の知ってる?」
「知ってるよー。だって、うちの学校だもん」
スマホで電話をする女子高生は、男が起こした騒動について話していた
「しかもさ、進学が決まってた先輩が落ちたって話だよ?ほんと怖いよ」
「え、そうなの?」
そうだよと返す前に、電話相手が何かを言いたそうな顔をした
「なに?どうしたの?」
「ねぇ、うしろ。なんかいるよ…?」
「後ろ?」
そう言い後ろを見るが、何もないと言う
だが、後ろに向けた顔が帰ってくることはなく、そのまま鈍い音を立てて後ろを見続ける
『不思議な力があるのか?これの向こうにはどうすれば行ける?』
電話相手は、画面に近づく男を怖がり、スマホを壁に投げつけた
その瞬間にスマホは壊れ電話は中断された
『あの場所へはどう行けばいいんだ?』
首を傾げ電話が終わったスマホを見るが、使い方がわからず考えに耽けるしかなかった
そのうち瓢箪に魂を入れ、その部屋から消えてしまった

この騒ぎが大きくなると、野次馬やマスコミがやってきて、男の格好の餌食となっていた
ある者は胴を、ある者は両足を奪われ殺されていった
小学生男児を除くと、全ての被害者は女性であった
男がなぜ女性ばかりを狙うのかわからないが、やはり物語序盤の被害者女性と関係があるのかもしれない
『祠に行かねば…』
全てのパーツを集めたのか、男はまた消え去ってしまった

再度男が姿を現した場所は、不気味な雰囲気をまとった祠だった
しばらく手入れのされていない、何を祀っているのかわからないような状態だった
『いま、あなたと共に居られるよう、儀式を行おう』
そう言うと、男は祠の前に、取ってきた身体のパーツを並べ始めた
しっかりとくっつくようにと言わんばかりに、それぞれの切れ目を押し当てていた
それが終わると、今度は魂を取り出してそれぞれのパーツの上に乗せていく
まるで、戦隊ヒーローの巨大ロボットにも感じるほどだ
腕、足、胴、頭の順に乗せていくと、余った魂をそれらのさらに上にふわりと浮かばせた
『これで準備は出来た。後は詩(うた)のみ…』
そうこぼすと、今度は得体の知れない言語で何かを唄い始めた
訳すことの出来ない、この世界にはないような言語

『紀藤 まや』

被害者女性の名前だろうか、ハッキリと日本語で聞こえたそれの後は、また謎の言語で唄う

唄い終え、男が身体に目を移すと、まるで今目が覚めたように動き出していた
『あれ?私、たしか車に轢かれて…。あれ…?』
困惑した表情の彼女は、ふと目の前の男に違和感を覚える
『あなた、だれ…?』
当然の疑問であり、当然の質問であった
『あぁ、よくやくずっと一緒に居られる。昔に約束しただろう?あなたが幼き頃に、迷子になったあなたに、「ずっと一緒にいよう」と』
その不気味で執着のこもった笑顔を見て、彼女は思い出した

「おにいさんも、ひとりなの?」
『一人だが、独りではないよ。たくさんの人が私のところに来てくれるからね。おかげで私は、今こうして君と一緒に居られるんだ』
昔の、明るく陽気な男の姿は、今とは似ても似つかない物だった
男と手を繋いでいる少女は、きとうまやと名乗っていた
「そうなの?でも、ひとりはさびしいから、わたしがずっといっしょにいてあげる!まやとのやくそくだよ!」
そう言うと、今にも飛びつきそうな笑顔をした
『あぁ、約束だ。私は忘れないよ。君との、君とだけの約束だからね』
そういう男の笑顔は、優しくもどこか執着を持った笑みだった

一つの笑顔から、彼女は奥深くに眠っていた記憶が呼び起こされた
しかし、理性も知性も、本能すらあるはずの彼女は、男から逃げることはしなかった
自身の一つの約束で、男の、一人の神の在り方を変えてしまったからだ
男は昔、蛇の御使いだった
祀られ恐れられ、一種の神にもなれた者だった
『まや、ずっと一緒だ。約束しただろう。私はそれを果たすために、呼び戻したのだ』
甘言を吐くが、自身が堕ちた存在だと気づくことは一生ないだろう
『ありがとうございます、タマワリ様』
罪悪感からか、彼女は様付けをしていた
タマワリ、漢字に起こすと魂割になるのであろうか
どんな神に仕え、どんな役割が与えられていたのかさえも思い出せないほどに、男は、タマワリは紀藤まやという人間に溺れていった

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