自己探求譚~3章

前書き


※この作品はPixv小説家になろうにも重複投稿している作品です。

W主人公で進む異世界ファンタジー小説。
Lが現代日本の女子短大生が異世界に飛ばされる話で、Rがその異世界に住んでいる自称・ただの兎の話。


3.接触


●sideR


 いつもの会議室。
 ルインちゃんは何度目かわからなくなったその台詞を、もう一度口にした。
「本当に、行かれるのですか?!」
 わたしもため息交じりに同じ言葉を返す。
「そう。本当にわたしが行くの」
「ラック様がわざわざ出向かられる必要はありませんわ! 誰かに命じればよろしいでしょう? わたくしでしたら喜んで――」
「ルインちゃん」
 早口でまくしたてる彼女を遮り、これも何度もした説明を繰り返した。
「自分の目で直接確かめたいの。何度言われても考えは変わらないわ」
 珍しくルインちゃんと意見のあったカインくんまで口をはさむ。
「それならせめて、誰かを連れて行ってください。一人でなんて、いくらなんでも――」
 いい加減うんざりだった。
「そんなの邪魔になるだけ。だから絶対に後をつけたり、連絡もなく近くまで来たりしないでね」
 二人が口をつぐむ。やはり、そのつもりだったらしい。
 今まで黙っていたジィが唐突に笑いだす。
「ほっほっほ。それよりもっと気にするべき点があるのでは?」
「どういう意味? まさかジィも反対なの?」
「滅相もございません。ただラック様はそのお姿のまま赴かれるのかと気になりまして」
 わたしはその言葉の意味を考えたけれど、結局なにも思い当らなかった。
「これ以外に何かあるの?」
 自分の白い毛におおわれた身体を見てみる。特に汚れているところもないと思う。
 するとなぜかカインくんが額を押さえて盛大にため息をついた。
 そしてルインちゃんがものすごい剣幕で詰め寄ってくる。
「いけませんわ! いくらなんでも、その兎のお姿で行っては怪しまれます! 第一、男が二人もいるのでしょう? そのような場所に一糸まとわぬお姿でなんて……! いけませんわ絶対に!」
 あまりの迫力に、わたしは定位置になっている長机の上の座布団から若干ずり落ちた。
「そ、そんなにだめ?」
「だめですわ!」
 どうにも、これだけは譲ってくれそうにない。
「わかったわ。人の姿で行くの」
 長机から飛び下り、三人の死角に入ってから変身して立ち上がる。
 ルインちゃんが素早く外套を広げてわたしの姿を二人から隠した。
「さっさと出ていけ野郎ども」
 彼女は男性であれば誰にでもこんな言動だ。男嫌いなのである。
「お前に言われるまでもない」
「外でお待ちしております」
 二人はさっさと会議室から出て行った。
 ルインちゃんはそれを見届けて、外套の内ポケットから水晶を取り出す。そこから服一式を出現させる。
「さあ、お召しになってくださいな。……それとも、お手伝いいたしましょうか?」
 彼女はそう言って深紅の唇の端を妖しく上げた。
「一人で出来るわ」
 わたしは苦笑して断り、手早く服を身につける。
 下着に、白と赤の縞模様のひざ上まである靴下。白い半そでのブラウスを着て、黒の細いネクタイを締める。黒いショートパンツを履き、背中に白兎の描かれた朱色のベストを羽織る。白手袋をはめて、リボン付きの小さな帽子を頭の左寄りにピンでとめた。最後にブーツを履く。
 そしてルインちゃんの方を見れば、彼女はいつの間にか姿身を用意していた。自分の紅い瞳と目が合う。
 ルインちゃんが熱を帯びたため息をもらす。
「兎のお姿は可愛らしいですけれど、こちらのお姿は本当にお美しいですわ……!」
 つい先日同じことを言われたことを思い出し苦笑する。
「有難う。――ジィ、カインくん。終ったわ」
 二人が入ってくるのを待って、わたしは告げた。
「じゃあ、もう行くね」
 ルインちゃんとカインくんが厳しい表情をする。けれどもう何も言わなかった。
 代わりにジィが言う。
「我々以外に貴女が破壊者であること、ましてや団長であることを知る者はおりません。ですから、貴女を殺そうとする者もいるでしょう」
「わかってるの。もしも私が殺されたら、次の団長はわたしを殺した人。わたしもそうやって団長になったんだもの」
「私はラック様ご自身も、貴女の思想も敬愛しております。万に一つもないこととは思いますが、どうかお気をつけて」
「有難うジィ。わたしもあなたの考え方大好きよ」
 ジィが光ると宙に小さな袋が現れた。袋は勝手に中に入っている魔糖をまき始める。
「私の転移術で彼らの近くまでお連れ致します」
 わたしがもう一度ジィに礼を述べると、ルインちゃんはわたしの右手を両手で握った。
「本当に、お気をつけてくださいませ。ラック様のお帰りを心待ちにしておりますわ」
 カインくんがこちらに一歩近づいて、酷くまじめな顔で言う。
「強くなります。今より、誰よりももっとずっと。だから――」
「二人とも大げさよ。ちょっと留守にするだけなのに」
 ルインちゃんの手を振り解いたとき袋が宙で制止する。
 陣が完成して輝きだした。
「じゃあ、行ってくるの」
 二人はまだ何か言いたげだった。
 わたしはそれを無視して光の中に飛び込んだ。


●sideL


 一夜明けても、全く生きた心地がしなかった。
「あれは、何だったの?」
 近くにあるという村に向かう馬車の中。
 リィエが口を開いてあたしの疑問に答えた。
「あれは『破壊者』と呼ばれる集団だ。何年か前に突然現れて町や村を壊し人を殺しまわっている」
「なんでそんなことするの?」
「不明。要求も何も言わず、ただ壊したり殺したりしてる。趣味なんじゃないか?」
 最後は吐き捨てるように言う。嫌悪感を隠そうともしない。
「すみません莉乃さん。守るなんて言っておいてこんなことに巻き込んでしまって……」
 彼とは打って変わって手綱を取りながら謝ってくるクライス。
「そんなの二人のせいじゃないでしょ。あたしの方こそ混乱して……あんな状況で怒ったりしてごめん」
 冷静になってみると結構恥ずかしい。
 あたしは話を戻した。
「それで、誰がそんな組織作ったの?」
「それもわかってない。前に警察が破壊者の人間を捕まえて拷問したらしいが、代表の名前を口にしなかった。たぶん、奴らの間でも一部にしか知られていないんだと思う」
「誰だかわかんない奴の言うこと聞いてるの?」
「おそらくな。人殺しができれば後はどうでもいいんじゃないか?」
「……信じられない」
 一体どういう神経をしているのだろうか。
「ただ、これは俺の予想なんだが」
 リィエが難しい顔で言う。
「奴ら、最近活動が活発になってきたんだ。なにか目的があるみたいに。それに人の殺し方も前は惨殺だったが、最近はあまり傷つけずに殺すようになったらしい。だから団長が代わったんじゃないかと睨んでる」
「世代交代したってこと?」
「親子経営かどうか知らないが信頼できるものに譲ったのかもしれない。だがそれならここまで活動が代わるのもおかしな話だ。だから誰かに団長の座を奪われたんだろうな」
「どっちにしろ正気じゃないよ。そんな組織の団長になるなんて」
 まったく理解できないし、理解したいとも思えなかった。
「――変じゃありませんか?」
 クライスの突然の言葉にあたしは目を丸くする。
「え? あたしなんか変なこと言った?」
「いえ、莉乃さんのことじゃなくて。もうすぐ村に着くはずなのに、人の気配がしないじゃないですか。それに何か……変な臭いもしませんか?」
 そう言われてもあたしに気配などわからない。なので鼻をひくつかせてみた。
「……確かに変な臭いするね」
 何かが焦げたような臭い。それと生臭さも。
 リィエの方を見てみると、彼は険しい表情をしていた。
「そうだな。人の気配も魔力も感じられない。図書町からそう離れていないから、こっちも襲われたのかもしれないな」
 馬車の中に重い空気が流れる。
 嫌でも昨日の光景を思い出した。炎が踊り血だまりができ、死体が転がるあの光景を。
「迂回しますか?」
「ああ……奴らがいたら面倒だ」
「行ってみようよ」
 あたしの言葉に二人がこちらを見た。
「もしもその破壊者が襲ったんだとしたらまだ生きてる人がいるかもしれない。また何もせずに逃げるのは気が引ける」
 昨日は自分のことで手一杯だった。しかし時間が経つにつれて罪悪感が押し寄せてきて吐き気がする。
 それをどうにかしたいという考えから出た不純な言葉だった。
「様子だけ見て、まだあいつらがいたら他の町で助けを呼ぶとか。……だめかな?」
「……僕もできれば行きたいです」
 御者席のクライスが背を向けたまま言う。
「莉乃さんを危険な目にあわせてしまうかもしれませんが、救える命は救いたいです。今も助けを待っている人がいるかもしれませんし……」
 リィエは目を閉じため息をついた。
「わかった。だが慎重にな」
「うん。わかってる」
「有難うございますリィエさん」
 二人もあたしと同じで、罪悪感があったのかもしれない。


●sideR


 最初に感じたのは焦げたにおい。
 目を開くと建物らしき物体が目の前にあった。なぜ『らしき』なのかというと、焼け焦げて崩れ落ち原型がわからなくなっているからだ。
 地図にも載らないような小さな村である。どうやら誰かが襲ったらしい。
(破壊者の末端かな?)
 破壊者の活動には特に制限がない。虐待や惨殺は処罰の対象だがそれ以外は自由だ。つまりわたしが命じていない破壊活動も、肯定はしていないが否定もしていなかった。
 ただこういったことをしている者はたいてい破壊者の思想を理解していない。
(今回もその口っぽいの)
 足元に転がっている死体は無意味に痛めつけられた跡がある。処罰対象だ。
 それに殺意をまるで隠せていない。おかげで近くに数人襲撃者がいることがわかった。
(罰はジィたちに任せてここから離れよう)
 彼女たちに会う前に下手なことはしたくない。ようやく見つけた探しモノなのだから。
 わたしは二本足で歩きだす。
(こういうときはジィがうらやましくなるの)
 わたしも殺意などで人の気配を察知できる。しかし魔力の扱いに長けた人間はその比ではない。人それぞれが持つ魔力を詠み相手の種族や大体の位置、人数までわかるのだ。
 だからわたしのように、気付いたときには手遅れということもまずない。
「まだ生き残りがいたとはな」
 見事に襲撃者のうちの一人と鉢合わせてしまった。こうなれば他の者たちもこちらにくるのは時間の問題だろう。
 ――彼女たちも近くにいるはずだというのに。
 男が下卑た笑みを浮かべてこちらにゆっくりと近づいてくる。手には斧を握っていた。つまり、ある程度近づかなければ相手の攻撃は当たらない。
 わたしはさりげなく足で地面をえぐる。そしてつま先に砂を乗せた。ぎりぎり男の攻撃範囲内に入らない距離まで近づいてくるのを待つ。それから足を一閃させて襲撃者の顔めがけて砂を飛ばす。
「――ってぇ!」
 思惑通り、目に砂を浴びて男は立ち止った。
 逃げるには十分な隙だ。
 目を押さえながら斧をぶんぶん振り回す男。わたしはその脇を駆け抜けた。そのままの勢いで村の出口を探す。
 一分ほど走って十字路にたどり着いたとき、前方に二人組の姿を見止めて立ち止まる。左右に目を向けるがそちらからも二人ずつ。そして当然のように後ろからも二人。
 更に殺気を感じて横に跳ぶ。先ほどまで立っていた場所に矢が刺さっていた。見上げれば燃え残っていた屋根の上に弓を持った人が一人。
「さっきはよくもやってくれたなあ」
 声のした方を目だけで見やれば、斧男も合流してきている。
 つまり、計十人に取り囲まれていた。
(どうしてわたしのすることって、いつも邪魔されるの?)
 わたしは心の中で舌打ちして相手の出方をうかがった。


●sideL


「生き残りはいなさそうだな」
 リィエがしかめ面で辺りを見回しながら言う。
 クライスは心配そうにこちらを見つめた。
「大丈夫ですか莉乃さん?」
「……何とか」
 大量の死体に耐えられず、あたしは二度ほど吐いていた。今も気分は悪い。けれどもう胃が空っぽなので吐くことはないだろう。
「よく二人は平気でいられるね?」
「慣れてますから」
「どんな生活を送ったらこれに慣れられるの……?」
「慣れるとまではいかないが、野生動物やら盗賊やらに襲われることは日常茶飯事だからな。死体がその辺に転がっているのは珍しくない」
 自分の日常がどれだけ恵まれていたか実感した。
「――っ!」
 唐突にクライスが顔の向きを変える。
 あたしは目を丸くして彼を見つめた。声をかけようとするとリィエに手を上げてそれを制される。黙っていろ、と言うことらしい。あたしは無言でクライスを観察した。
 彼はどこかよくわからない方向を集中した様子で見つめている。何かを考え込んでいるようで、耳をそばだてているようにも見える。
「……真人(まひと)が三人、力人(りきと)が七人。殺気立ってますね。それと、変化(へんげ)が一人。この人からは殺気がしないです」
 クライスがこちらを振り返りながら言う。その言葉でようやく気配を読んでいたのだと理解した。
 真人というのは、他と比べて特別な長所も短所もない種族のことだ。この世界で最も人数の多い種族である。あたしも誰かに種族を聞かれたら真人だと答えるようにリィエに言われていた。
 力人はその名の通り力に優れた種族だ。身体も他と比べると頑丈なのだという。真人の次に数が多い種族である。
 変化、と言う名は初めて聞いた。
「変化っていうのも種族なんだよね?」
「ああ。動物の姿に変身する種族だ。人の姿の時も動物並みの身体能力を発揮できる」
「その変化の人だけ殺気がないってことは、その人が襲われてるってこと?」
「おそらくな。どうする?」
 あたしとクライスは即答した。
「行こう」
「はい。助けに行きましょう」
「……やれるのか?」
 リィエがあたしに真剣なまなざしで問う。
 あたしは不敵な笑みを浮かべて答えた。
「大丈夫。出すもの出してむしろすっきりしたから」
 リィエはあきれたような表情でため息をついた。それから黙ってうなずく。
 クライスの先導であたし達は廃墟となった村を進んだ。
「――いました」
 クライスが短く囁いた。
 物陰から覗く。確かに武装した男達がいた。
「さっきはよくもやってくれたなァ」
 剣呑な声音で男の内の一人が言う。
 その男達に取り囲まれて一人の少女が佇んでいた。
 大きな瞳は血のような真紅。赤みを帯びた白い髪は兎の耳のように横だけが長く、後ろは短く切りそろえられている。白い肌に綺麗な顔立ち。
 クライスは天使、リィエは花の精のようだと思った。極めつけにこの少女はよく出来た人形のようだと思った。綺麗で愛らしいのだけれど無機質な印象を受ける。
 その要因は何となく予想がつく。彼女はこの状況だというのにおびえた様子がない。その上無表情で突っ立っているのだ。おそらくその様が人形めいて見えるのだろう。
「じっくりいたぶってやるよ!」
 男が斧を振り上げる。だがやはり少女は微動だにしなかった。
 考えるよりも先に身体が動く。あたしは物陰から走り出ていた。
 その横を薄紫の衝撃波が追い越していく。それは斧を振り下ろそうとしていた男に命中し吹き飛ばす。
 ようやく男たちがこちらの存在に気づき振り返る。だが遅い。そのころにはあたしは手近にいた男の右足に槍を突き立てていた。
(さんざんむごい死体見せつけられたんだから加減なんて必要ないよね?)
 とは思いつつも、生々しい肉の感触に顔をしかめる。
「ぎゃああ!」
 悲鳴で我に返り慌てて槍を引き抜いた。
 その男が倒れてのた打ち回るのとほぼ同時にどさりと別の男が降ってくる。屋根の上にいた弓男だ。胸に氷柱が刺さっている。
 それには構わず迫ってきていた男に向き直った。男が繰り出したナイフを身を横にそらしてかわす。男は空振りして体勢を崩した。その頭を槍の柄に渾身の力を込めて殴打した。男はふらついたが踏みとどまる。しかし十分な隙だ。そいつのナイフを持った右手の甲に槍を思い切り突き立てる。
「ぐああ!」
(あと六人)
 素早く槍を引き抜く。右手を押さえてうずくまった男は無視して顔を上げた。
 クライスが男一人と対峙している。こちらは心配ないだろう。
 リィエは珍しく焦った様子で呪文を詠唱している。彼の視線を追う。残り五人の男が少女を取り囲み武器を振り上げていた。
「――っ!」
 間に合わない。
 槍を投げて運よく当たっても止められるのはせいぜい一人か二人だろう。リィエの詠唱よりも武器を振り下ろす方が早い。クライスは足止めされている。
 助からない。
 血の気が引く。心臓が早鐘のようになる。
「やめろ!」
 夢中で走り叫んだ。
 しかし無情にも武器は振り下ろされた。はずだった。
 倒れたのは男たちの方だった。
 何が起きたのかわからない。あたしは呆気に取られて倒れた男達を見た。
 彼らは皆首を切られて絶命している。
 今度は顔を上げて少女を見た。彼女は足を振って血を払っている。
(血……?)
 少女のごつごつとしたブーツは血まみれだ。足首の後ろ側から刃が出ていた。先ほどまではそんな物はなかった気がする。血が主に付いているのはそれだ。
(まさか、この一瞬で……?)
 そうとしか考えられない。けれど、彼女の可憐な見た目からはそうとは信じられなかった。
「君がこいつらをやったの?!」
 あたしは叫ぶように少女に問いかけた。


●sideR


「ええ、そうよ」
 それがどうかした? と小首を傾げた。すると件の黒髪の女性は目を見開いて動きを止める。
 よく意外だと言われるからそういった反応には慣れていた。
「……助けは必要なかったみたいだな」
 緑華の少年が言いながら歩み寄ってきた。その瞳には警戒の色が浮かんでいる。
「お怪我はありませんでしたか?」
 男達の最後の一人を縛り上げた幻の種族の少年も駆け寄ってくる。こちらは警戒心ゼロの表情だ。
「大丈夫よ。一人だったら無傷じゃ済まなかったと思うわ。ありがとう、助かったの」
 にっこり笑ってお礼を言う。
 女性と金髪の少年はほっと胸をなでおろした。
 緑髪の少年は変わらず疑わしげな様子だ。
「アンタは何でこの村に? ここの人間ではないんだろう?」
 彼の警戒心を解くのが先決だろう。そのために極力嘘はつかない方がよさそうだ。
「わたし、破壊者だったの」
 三人の息をのむ音がした。
 少しの沈黙の後、最初に口を開いたのは金髪の少年だった。
「どうして、破壊者に……?」
「戦うのが好きだから。強い人と戦えるかなと思って」
「だからって……人を、殺したんですか?」
「ええ」
 愛想がいい方が人に好かれる傾向にある。わたしは笑ってうなずいた。
 だが彼は理解できないという表情で押し黙る。
 代わりに今度は緑髪の少年が質問してきた。
「『破壊者だった』ということは、今はもう破壊者ではないということか?」
「ええ。抜けてきたの」
「何故辞めた?」
「もっと楽しいところだと思っていたけどそうでもなくて。変な人達に言い寄られて鬱陶しかったし。面倒だったから抜けてきちゃったの」
「拠点の場所や団長のことは知っているのか?」
 んー、と呻って少し悩む。どこまで話していいものか、いまいち判断が付かない。まあ不味かったら、ジィが何とかしてくれるでしょう。
「拠点の場所はいつも魔術で行ってたから知らない。団長はわたしだった」
「……は?」
 少年の目が点になって固まる。
 黒髪の女性が驚きに満ちた表情で言う。
「君が? 団長?!」
「ええ。今の団長はジィかしら? ルインちゃんとカインくんはそういう器じゃないし」
「団長なのに抜けてきたの?!」
「ええ。元からなりたくてなった訳じゃなかったし。たまたまわたしが壊したのが前の団長で、それで引き継がなきゃいけなくなったの。自分の思い通りにできるなら楽しいかなって思って引き受けたんだけどね。でもみんなをまとめるとかそういうの、全然楽しくなくて。ルインちゃんとカインくんはケンカばっかりだしわたしに言い寄って来るし、もううんざり」
 つい大きなため息をつく。すべて本心だった。
「自首してください」
 金髪の少年が真剣そのものの表情で言う。
「罪をきちんと償ってください。たくさんの人の命を身勝手な理由で奪ったんですから、彼らに誠意を示してください」
 わたしはきょとんとして小首を傾げた。
「わたしが何をしたって死んだ人には関係ないと思うけど。それは誠意とかじゃなくて、ただの生きてる人間の自己満足じゃない? それに生きていればどうせその内みんな死ぬんだし。そこまで気にする必要ある?」
 黒髪の女性はぽかんとしている。緑髪の少年はあきれたように額に手を当てている。
 当たり前のことを言ったつもりだったけれど彼らには通じなかったようだ。
 それでも金髪の少年は真直ぐにわたしを見据え続けた。
「だからって人の命を奪う権利は誰にもありません。生きたいという願いを踏みにじることは許されませんよ」
 何を言っているのかよくわからなくてちょっと考えた。そういえばわたしが壊した相手も似たようなことを言った人がいた気がする。でもやはりよくわからない。
「生きたいの?」
「……あなたは、生きたくないんですか?」
「生きたいとも死にたいとも思ってないわ。生まれたから生きているだけ。まあ、いつ死んでもいいとは思っているけど」
 わたしも彼の紫の瞳を真直ぐに見返した。そして先ほどの質問をもう一度口にする。
「あなたは生きたいの?」
 金髪の少年は初めて目をそらした。わずかにうろたえたように見える。
(つけ入る隙はありそうかな? 面倒そうだけど)
「それにわたしが自首なんてしたらルインちゃんとカインくんが警察壊しちゃうと思うわ。付いてこないでって言ったけど来そうなのよね」
 十中八九来るだろう。思わずため息が漏れる。
 気を取り直した様子の緑髪の少年がまた質問してきた。
「それでアンタはこれからどうする気なんだ?」
 わたしはにっこり笑って答える。
「面白そうだからあなた達について行きたいわ。だめ?」
 小首を傾げて尋ねれば「だめだ」と即答された。
「アンタみたいな危ないやつと一緒にいたら命がいくつあっても足りない。寝首でもかくつもりなんじゃないか?」
「そういうのはつまらないからしない。わたしは強い人と壊しあいたいの。ね、それでもだめ?」
 緑髪の少年に詰め寄る。少年は心底嫌そうに一歩引いた。その行動はわたし自身ではなく近づいたことを嫌ったように見える。人と距離が近いのが嫌いなのかもしれない。
 金髪の少年がわたし達の間に割って入ってきた。
「お二人とも、落ち着いてください!」
「……別に、落ち着いてるだろ」
「怒ってるじゃないですか」
「怒ってない」
(こういうの、本当に面倒くさい)
 わたしは急に冷めてしまって目の前の二人のやりとりを無視した。黒髪の女性に目を向ける。


●sideL


「あなたもわたしと一緒に行きたくない?」
「へ?」
 突然人形のような美少女に話しかけられあたしは素っ頓狂な声を上げた。
 小柄な彼女は小首を傾げてあたしを見上げている。可愛らしく微笑んで返答を待っていた。
「……襲ってこないなら、一緒に行ってもいいんじゃない?」
 あたしの言葉にリィエとクライスが弾かれたように振り返った。二人の目に非難の色が見えた気がする。
 あたしは慌てて付け加えた。
「そばに置いておいた方が見張れるでしょう? それにこんなに強い子なんだから味方にしておいた方が心強いし。断わって後で敵同士になるとか嫌だし」
「そうだそうだー」
 美少女が雑な相槌を打つ。
 リィエがあきれたように大きなため息をついた。
「アンタ、変なところで大胆だよな」
「そ、そうかな?」
「……アンタが責任もって面倒見ろよ」
 まるで犬か猫を拾ってきた子どもに対する母親のようなセリフだ。
「だめですよ! 罪を償わないと!」
 クライスが真剣そのものの表情で言った。
「そりゃああたしだって罪は償うべきだって思うよ。でも……」
 先ほどの彼女の様子を思い出す。命の価値観がかなり世間ずれしていた。今の状態で罰を受けても彼女には何の意味もないのではと思うほどに。
 クライスもあたしの言いたい事を察したようだ。あるいは同じことを考えていたのかもしれない。少しの間難しい顔をしていた。
「……わかりました。一緒に行きましょう。一緒にいて、僕が命の尊さをあなたに教えます」
 クライスが決意の表情で美少女に言う。
 しかし彼女は心底嫌そうな顔をした。
「えー、面倒なのはやだー!」
「面倒じゃないですよ。お話するだけですから」
「それが面倒なんだってばー」
「じゃあ一緒に行かないんですか?」
 美少女はとても不満げに口をとがらせて数秒黙った。それからあきらめたようにため息をつく。
「……わかった。それでいいわ。あんまり長話しないでね。眠くなるから」
「努力します」
 これで旅の仲間が一人増えたことになる。仲間と呼んでいいのか悩むところではあるけれど。
「そういえば、あたし達まだ自己紹介もしてなかったね。あたしは利乃。よろしく」
「それもそうだな。リィリエリトだ。二人からはリィエと呼ばれてる。好きに呼べ」
「失礼しました! 僕はクライスです。これからよろしくお願いしますね」
 美少女はさっきまでの不満げな表情が嘘のように可愛らしく微笑んだ。
「わたしはラビィ。変化の兎なの。よろしくね」
 変化の兎、ということは兎の姿に変身できる種族ということだろう。
 なるほど。髪型が兎の耳のようだと思ったけれど正解だったらしい。可愛らしい彼女にはぴったりな種族だなと思う。性格に難ありだけれど。
「リィエくんが緑華でクライスくんが歌翼、莉乃ちゃんは異世界の人よね?」
 小首を傾げて問いかけられて驚いた。変化も相手の種族を判別する能力があるのだろうか。
 リィエが顔をしかめて言う。
「なぜわかった?」
「ジィに教えてもらったの。ジィは緑華だから」
「俺達のことを以前から知っていたのか?」
「ええ。図書町で見かけて面白そうな人たちだなって思って追い駆けてきたの」
「あたし達を? わざわざ?」
 思わず口をはさんだ。
「ええ。だから断られなくてよかった!」
 ありがとう、と言ってにっこり笑う。
 あたし達は顔を見合わせた。
「さすがに、怪しい?」
「一緒に行くって言ったのはアンタだぞ。責任持つんだろう?」
「うっ。わかってるよ」
「大丈夫ですよ。僕も見張りますから」
「ねえ、いつまでここにいるの?」
 小首を傾げて美少女――改め、ラビィが言う。目の前で話し合うあたし達の様子はまるで意に介していないようだ。
 彼女はここまで正直に話したのだ。怪しい行動をとらない限り信じるべきだろう。何より彼女の様子は裏があるようには思えなかった。心配しすぎな気さえしてくる。
 あたしは苦笑して二人を見た。クライスの先ほどの決意は揺らいでいないようだ。リィエも「好きにしろ」と言わんばかりのあきらめた表情をしている。
 あたし達はうなずきあって話し合いを終えた。
「それじゃあお墓を作ってから出発しましょうか」
 クライスの言葉にあたしとリィエは再びうなずいた。
「え? そんなことするの?」
 ラビィだけが驚いた様子で目を丸くしている。
「だって小さな村とはいえ、みんな殺されているのよ? 相当時間かかるでしょう?」
 彼女の顔にはありありと面倒だ、と書かれていた。この場で何の後ろめたさもなくそんな態度を取れるメンタルは見習うべきだろうか。
 リィエがため息をついて応じる。
「それはそうだが、このままにしておく訳にはいかないだろう?」
「そうなの?」
「放置すれば遺体は腐る。そうなれば腐臭やら伝染病やらで誰も近づけなくなる。腐る前に野生動物に食い散らかされる可能性もあるな」
 クライスもうなずいて付け加える。
「殺された上に遺体まで損壊されるなんて惨いじゃないですか」
「そうなんだ」
 今知ったと言わんばかりの反応だ。それほど彼女の言葉は場違いな感想だった。
(先が思いやられるな……。この子と上手くやっていけるかな?)
 今更不安を感じたがもう後の祭りだ。
 とりあえずあたし達はお墓を作れそうな開けた場所を探して移動を始める。
「莉乃ちゃん」
 リィエとクライスの後ろを歩いていたあたしにラビィが隣に並んで声をかけた。
「莉乃ちゃんは戦うの好きでしょう? たまにわたしと壊しあってね。死なない程度でいいから」
 あたしは思わず目を丸くする。
「なんであたしが戦うの好きだと思ったの? 体動かすのは好きだけど、戦うのは別に……。死にたくないし、痛いのも嫌だし……」
 するとラビィもきょとんとした。
「そうなの? リィエくんとクライスくんは壊した後にやっと終わったって顔してたけど、莉乃ちゃんはやった! 倒した! って顔してたから好きなんだと思ってたの」
「え……」
 思わず立ち止まる。
(あたし、そんな顔してた……?)
 まったくそんなつもりはなかった。寝耳に水だ。
 あたしは戦いを楽しんでいる……?
「莉乃ちゃん? どうしたの?」
 声をかけられ我に返った。
「――何でもない!」
 無理やり愛想笑いを作って先に進んでいた三人を追い駆ける。
 戦闘はスポーツとは違う。相手を殺してしまうかもしれない。自分も殺されるかもしれない。それを楽しむなんてどうかしている。あたしはそんな危ない人間ではない。そう自分に言い聞かせる。
 自分の心の中に生まれたもやもやした何かには、気づかないふりをした。

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