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【漫画原作部門】 ホーリースピリット 第3話 〈創作大賞2024〉

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第3話 縁を結ぶ


◯ 王宮の神殿内

結縁式当日ー。

「・・・は?」

ソラは巨大な水風呂から顔を出して、教官を見上げた。その後ろからはクスクスと同期訓練兵の笑い声が聞こえる。

「だから、諦めた方がいいね」
「へ?」
君とご縁があるスピリットは…いなかったみたいだ
『お身体が冷えますので、こちらをどうぞ』

状況に納得出来ないまま、風呂から出たソラに困り顔の教官。スピリットの狸がソラにタオルを差し出す。イルルはその様子を心配そうに見つめていた。

「まぁ…スピリットマイスターになれなくても、軍の養成所は卒業してるんだ。進む道はたくさんある」
「食料補給班とかな!」
「「「ハハハ!」」」
「そんなはずありません!だって、アイスさんが…」

ソラの肩に教官がタオルをかけて背中を押す。ソラの濡れたマントから、床に水が滴り落ちていく。

「教官!アイス副隊長はどこにいるんですか?」

たまらず、イルルは声をあげた。ずらりと後ろの壁際に並び、結縁式を見守るスピリットマイスター達。その中に、アイスの姿がないのだ。

「アイスは緊急任務で、昨夜都を発っている」
「そんな…」
「ソラのやつ、三英傑のアイスさんの推薦じゃなかったのかよ」
『アイスほどの才に恵まれても、見る目や育成が出来るとは限らないものさ』

イルルの隣にいた同期の男ネイロと猫のスピリットがソラを嘲笑っている。

「結縁式に来られないなんて…よっぽどね」
『アイスはスピリットマイスターの中でも、別格なんだ』
「見捨てられたんだろ」
『一訓練兵にばかり構っていられないからな』

ウサギや鶏のスピリットと縁を結んだ同期達も口々にそう言っており、イルルはソラの元へ近寄ろうとした。


「アイスなんて奴の事はどうでもいい…早く結縁の儀を進めてくれよ」

冷たい温度の声が神殿に響いて、一人の青年が後ろから歩いてきた。

「フェンくんさすが!」
「かっこいー」

女子たちがソワソワと青年に熱い視線をおくる中、ソラとすれ違う。

同い年と思えない飄々とした雰囲気に、黒と白が入り混じる珍しい髪。少し吊り上がった瞳は鋭い眼光を放ち、秘めた何かを感じさせる青年。

「そ、そうだね…フェン、準備はいいかい?」

教官の問いかけも無視して、フェンは巨大な石造りの風呂の奥を見つめる。石像の龍の口からチョロチョロと透き通った水が出ていた。フェンは躊躇なく、一気に風呂に飛び込んだ。

意外と深さのある風呂に、ゆっくりと身体が沈んでいく。普通の水とはやはり違うようで、とろみがあるような…何かに包み込まれるような心地がする。水面に浮かんでいく泡を見つめていると、身体がむず痒くなりフェンは目を閉じた。

次に目を開いた時、フェンの瞳は肉食獣の瞳孔をしていた。身体から気が放出され、それはやがて…スピリットの形を作る。

「準備なんて…5年前から出来てんだよ」
『・・・そうだったな』

ゴボゴボと風呂の水面から大きな泡が出てきたと思うと、激しい水飛沫と共にフェンが神殿に降り立った・・・巨大な白い狼と共に。

「狼〜!」
「フェンくんぽいー!」
「まぁ、予想通りだよな」
「つまんねー」

見守っていた同期は皆お揃いの真紅のスカーフをしており、各々の反応を見せた。フェンは周りを見もせず、マントを翻して白い狼の頭をそっと撫でた。

「それに比べてこいつらときたらさ…」
「ヤギ王子と、英傑にもスピリットにも見捨てられた家出少女だぜ?」
「俺だったら恥ずかしくて死んでるわ」

心無い言葉が耳に入り、ソラは目を伏せた。濡れたマントが身体の体温を奪っていく。イルルは首に巻いたスカーフをいじりながら、ソラにかける言葉を必死に考えていた。

「フェン、おめでとう!これで君も、スピリットマイスターの仲間入りだ」
「・・・いらない」
「え?」

スカーフを差し出した教官の弾んだ声と正反対のフェンは、大きく溜め息をついた。

「こんなの布を証にして何になる?これを付けたら、タタリを殲滅出来るのか?」

神殿内が静まり返った。教官や他の大人達もフェンの気迫に息を飲んでいた。一部の女子たちが熱を持った視線で見詰める中、フェンはカツカツとブーツを鳴らして歩いて行く。

「・・・待ちなさいよ」

ソラの声に、フェンは振り返りもしない。濡れた顔を拭って、ソラはフェンに歩み寄る。

「それは、あなたのための証じゃない…これから、あなたに助けられる人のための証なの」
「・・・」
「私には、あの日…その証が、希望に見えた」

3年前のあの丘の上…アイスが髪に付けていた真紅のスカーフを、ソラは思い出していた。

「だったら、尚更だ」
「・・・え?」
「その以前に…俺と同じ立場になってから言え」

振り返ったフェンの瞳は冷たく、鋭かった。

「スピリットと縁を結んでからな」

フェンは狼と共に、同期を掻き分けて歩いて行く。

ソラを見ている同期達はみんな…スピリットと共にいた。牛、鹿、馬、羊、ねずみ、うさぎ、鳩、カエル、へび…多種多様なスピリット達がいる。


私の元には、誰も…来てくれなかった。


「ソラッ!」
『イルル、追いかける?』
「もちろん!」

神殿から駆け出すソラを追いかけて、イルルはスピリットのヤギと共に走る。廊下を抜けて、広場に出たソラは足を止めた。ようやく追いついたイルルは、ソラの手を握った。

パシッ その手は強く払われる。
イルルが一番傷つく言葉を、ソラは分かっていた。

「ごめん、イルル…王子様に、私の気持ちは分からないと思う」
「・・・どうして、今…そんな事言うんだよ」
「・・・」
「昨日、ソラは言ってくれたじゃないか!」

イルルの瞳は涙を含んで、揺れている。昨夜、ずっと隠してきた自分の生い立ちを明かした時の…ソラの顔を思い出す。

「イルルが、第二王子?へぇー、確かに庶民ぽくないもんね」
「え…」
「でもさ、生まれや育ちって関係ある?」
「・・・」
「イルルは、イルルでしょ」

回想・結縁式前夜

「・・・あの言葉も嘘だって言うの?」
「うん。ごめん…もう忘れて」

繋いであった早馬に乗り、ソラは広場を駆け出した。振り返りもせず、小さくなっていく後ろ姿。

「ソラの…嘘つき」

寄り添ってきたヤギをそっと抱えて、イルルは涙を溢した。


◯ 東の森

早馬から降りたソラは、あの日のリベンジを果たすために…東の森を進んでいた。3年前のあの頃より、ずっと早いペースだった。

「いっ!!」

急いで駆けて来たせいか、草に足を取られ捻ってしまった。全然、何もかも…上手く行かない。滲みそうになる涙を堪えて、立ち上がった瞬間。猛烈な気を感じた。

巨大な猪らしきモノが、赤い目でこちらを見ている。まずい、そう思った時にはもう遅かった。猛スピードでタタリが駆けて来る。

弓を構える暇もなく、ソラは突進されていた。ザザザ…と身体が地面を転がっていく。受け身を取れたので打ち身で済んだようだ…なんとかすぐ立ち上がって弓を構え、矢に気を乗せて放つ。

タタリがあんぐり口を開けていた。かなり効いているようだ…これは、あと一発でいける。そう確信した瞬間…タタリが目の前に迫り、ソラの身体を鼻で押し上げ宙に投げた。

目を開けると、森を一望出来るほどの上空だった。アイスのスピリットのペガサスに乗せてもらった時でも、こんな高くまで飛んだ事はない気がする。

不意に西を見ると、都の方の空が赤黒く染まっていた。空だけじゃない…森が赤黒く動いているようだった。嫌な予感で鳥肌が止まらない。まるで世紀末のような光景に、ソラは息を飲んだ。

しかし、自分も心配出来る立場ではなかった。
気が付いた時には、視界にピンクがチラついた後…ソラは、水の中にいた。



天龍の泉

・・・という流れで、一話の冒頭プロローグに至るのだ。


『軽々しく触るな、馴れ馴れしい!誰がお前に名前など…』
「でも、今私を助けてくれたじゃない!」
『お前を助けてなどおらぬ!私は、ただ…』

龍は、瞳を揺らして言葉を詰まらせた。

『もう…死を見たくないだけだ』

そう言った龍の耳は、力なく横に垂れていた。憂うように揺れる瞳とその表情は、まるで一人の人間のようだった。ソラの緊張は解れ、龍に自分と近しいものを感じて心が火照る。

「天龍さまも…死が怖いの?」
『その名で呼ぶなと言っただろう』
「どうして、そんなに嫌がるの?あなたはこの国の護り神でしょ?」

龍はソラの瞳に見つめられ、なぜだか口を開いてしまった。

『昔、我ら獣は…人類と長い間争っていた』
「それは、知ってる。そこに天龍さまが降りて来て、争いを治めた…歴史の授業で勉強したよ」
『その歴史自体が偽りなのだ』
「え?」
”我ら”と言っただろう・・・龍は、私だけではない』
「・・・どういうこと」
かつて、龍はたくさん存在していたのだ。そして、大勢の人間を殺した害獣だった』
「え…?」
しかし、知恵をつけた人間は…我らを一番の標的として、徹底的に殲滅して行った。その唯一の生き残りが、私というわけだ』

衝撃すぎる話に、ソラの頭はついて行かない。それでもなぜか…これだけは分かってしまった。

「・・・もしかして、タタリは…」
そうだ…普通の獣からあんな力は生まれない。私の同胞…人間に殺された龍たちから滲み出た怨恨が、タタリを創っている』
「・・・」
国を一つにまとめ上げる象徴として、天龍が必要だった。実際の私は…人間の捕虜であり、戦力であり、道具なのだ』

ソラの瞳から、涙が溢れ落ちる。自分のために泣いてくれる人間は、龍にとって初めてだった。その涙に、心の美しさに…龍は魅了されてしまった。

『ソラ…お前は、なぜここに来た』
「・・・私は、あなたに会ってみたかった」

月に照らされたソラの瞳が輝き、目から宝石のような雫が伝っていく。
龍はその雫をヒゲで拭うと、そっとソラに頭を下げた。

『私の名は、エーテル…この世界を変えるために、私と縁を結んでくれ』


< 第3話 完> 

to be continue…



【補足】作品テーマ・設定などまとめ


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