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【漫画原作部門】 ホーリースピリット 第2話 〈創作大賞2024〉

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第2話 肥料か廃人か


丘の上

ー「桜の樹の下には、死体が埋まっている」


ノルドの言葉に、ソラとイルルは言葉を失った。何の死体が…なんて聞かなくても察してしまうほど、ノルドの瞳は暗かった。

「あの狂気的な美しさには、それ相応の理由がある」
「・・・言い方を変えたら、誰かのお墓になってるってこと?」

ずっと口を閉ざしていたソラが、ノルドを見上げる。

「おばあちゃんも…本当はそうなの?桜になっちゃったの?」

5年前にノルドと一緒に看取った祖母を思い返す。ソラの問いかけにノルドはゆっくり首を振った。

「ばあさんは違う…村の墓地にいるだろう?」
「・・・もしかして、桜の肥料は生きた…」

ようやく頭が働いてきたイルルは、思わず口を覆った。吐き気を堪えるイルルを見て、ソラは唇を震わせた。

「ねぇ…じっちゃんは、どうして…知ってるの?」
「・・・それは、私が…」

ヴ、ヴヴ

ぬるりとした嫌な気配が三人を包んだ。とんでもなく重たいものが、背中にのしかかっているような…見えない圧で後ろを振り返れない。

キャン、キャン!キャ…

突如苦しそうに鳴き出したフィノの声が途絶える。

「フィ、フィノ…?」

最初に振り返ったソラが、地面に横たわったフィノに呼びかける。ノルドはフィノの奥にあった狼の身体がなくなっていることに気付き、咄嗟に弓を構えた。

ー"私を射るのですか、ノルド"ー

聞こえてきた声に、三人はまた固まってしまった。起き上がったフィノの身体は赤黒くドロドロとした物に包まれ、目は赤く光っている。

ー"ああ、そうだ…あなたにとって、私は…所詮その程度の存在"ー

フィノ…だったものはゆっくりと立ち上がり、右手を握って呟いた。二足歩行になった上に、身体がどんどん大きくなっていく。

「ソラ、イルル…逃げなさい」
「え?」
「早く!」

ノルドの覚悟の色にイルルはソラの手を取ると、西の森へ進んだ。ソラは上の空で呆然としており、なかなか歩いてくれない。

ー"スピリットでもない、ただの飼い犬…物足りなかったでしょう"ー
「フィノ、私は…」
ー"あなたは、去ったあのスピリットの事ばかりいつも思い出していた…あア、ア"ア"…あ…"ー

頭を抱えて呻き出したヤツに、ノルドは構えていた弓を辞めた。そのまま両手をあげて、ゆっくりと近付いていく。カラン、と弓が地面に落ちた音が聞こえて、ソラはやっと我に返った。

「じっちゃ…」

祖父の背中を追おうとするソラ、その手をイルルは必死に掴んだ。それでも構わず、ソラは走り出す。イルルも引っ張られて、また二人が森を抜けた瞬間。

グシャッ…

ソラは、頬に生暖かい何かが付いた感触がした。

ー"お、おマエが…に、にぐ…ニクイ"ー
「フィ、ノ…私は、お前を愛して…」
ー"ダ、ダマレ…ぇ!!!"ー

ヤツは噛みついていたノルドの身体を放り投げた。ソラとイルルの側にある木にノルドはぶつかり、低い呻き声をあげた。

「や…やだ…」

足がもつれたソラは四つん這いで、どうにかノルドの元へ辿り着いた。ヤツに噛まれたノルドの肩の傷が赤黒く動いている。ソラが出血を止めようと触れる寸前…

触るな!!

起き上がったノルドが、ソラの手を叩いた。

「傷口に触れるんじゃない」
「な…なんで、じっちゃん血が…」
「ソラ、勘の良いお前なら…どうすべきか、もう分かっているだろう」

自分の血が付いたソラの頬をノルドは指で拭うと、優しく微笑んだ。

「なに、言ってるの…」
「タタリに襲われたら、どうすべきか…初めて森に入った時、教えたはずだ」

ソラは視界がぼやけて、ノルドの顔が見えなくなる。

ー"ソ、ソラ…おマエも…"ー

もうフィノの面影を無くしたタタリがソラとノルドに一歩、また一歩と近付いていく。ノルドの身体を膝に乗せて、ソラは涙を溢している。

ー"ワダシを、無意味なソンザイ…とオモッテ、ル…"ー
「嘘だよ…じっちゃん…やだ、」
「ソラ!!」

叫んだ声は、ソラの耳に届かない。イルルは咄嗟に鞄の中に手を入れた。タタリがソラの背中に爪を立てようとした大きく振りかぶる。


♪〜♪

聞こえた笛の音に、タタリはぴたりと動きを止めた。イルルは冷や汗で震える手を必死に動かして、笛を吹く。これはただの時間稼ぎだ。僕はまだこれを…この笛を使いこなせない。でも・・・もしも、近くにスピリットがいたら…

ー"耳、ザワリなオト…"ー

タタリが耳を塞ぎ、今度はイルルの方を向いてくる。その邪悪な視線に、イルルは悪寒で笛に上手く息を吹き込めなくなった。もうここまでか…イルルは思わず、目を瞑った。


スパッ

軽やかに何かを切る音と、柔らかい風がイルルを包んだ。

ボトリ…タタリの首が、ソラの足元に転がってきた。覆っていた赤黒いものが塵になって消えて行き、白い毛と…フィノの顔が露わになる。

『君かな、魔笛を吹いてくれたのは』

安心するような温かい声が、上から聞こえた。イルルはそっと目を開けると・・・大きな翼を広げて、ゆっくりと地上に降り立つ白馬が見えた。その背中には、ポニーテール姿の女性。

「ありがとう、おかげで…え?」

女性がペガサスの背から降りると、イルルの姿を捉えて固まる。

「・・・イルル王子、なぜこんな所に」
「アイス、さん…」

見知ったスピリットマイスターの登場に、イルルは一気に力が抜けて座り込んだ。慌ててアイスが駆け寄ろうとするが、イルルは笛でソラの方を指し示す。

「じっちゃん…フィノ…」

ソラは震えながら、フィノの瞳を閉じてあげようと手を伸ばしていた。

「触ってはダメよ」

アイスはその手を優しく掴み、ソラの隣にしゃがみ込む。ソラの膝で苦しそうに息をするノルドを見て、アイスは目を見開いた。

「ノルド、隊長…?」
「・・・その声は…アイスか?」
「これは…なんの因果でしょうか」
「ハハ、お前が来てくれたなら…安心だ」

思わず震えてしまった拳に、アイスは正気を保とうと視線を一度切る。

「あの、あなたは…スピリットマイスターですか?」

青碧色の瞳が、アイスを見上げていた。

「・・・そうだよ」
「フィノは無理でも…じっちゃんを、治してください」
「それは…」
「ソラ・・・いいんだ、もう」

ノルドは穏やかにそう笑ったが、その目には涙が浮かんでいた。

「私は殺されるべき人間だ。お前にそうされて当然なんだ…12年前、私があの子にしたのと同じように」
「・・・なに、言ってるの」
「イルル王子…この少女をどこか離れた場所へ連れて行っていただけますか」

かろうじて立ち上がっていたイルルは、アイスに突然そう言われて戸惑った。アイスは一度目を閉じると、覚悟を決める。そのまま腰に付けた鞘に手を掛けるアイスを見て、イルルは息を飲んだ。

「嫌です」
「・・・」
「フィノを殺したのに、じっちゃんまで殺す気ですか」
「ソラ…」
「こんなのがスピリットマイスターの仕事なんて…あなたは、悪魔ですよ」

ソラの目に憎しみの感情が映っている。アイスは心を殺して、溜め息をついた。

「そうよ。タタリに侵された人間の始末をするのも…私たちの仕事」
「じっちゃんの言う通りだった…スピリットマイスターなんて腐ってる」
「そうかもね」
「ソラ…もう辞めなさい。アイス…早くするんだ」

アイスを見上げる、ノルドの目が虚になっている。イルルはそっとソラの肩に手を乗せたが、すぐに振り払われてしまった。

「じっちゃんは殺させない、絶対に」
「・・・そんなに言うなら、連れて帰りなさい」
「え…?」
「タタリに侵された人間は殺されて桜の肥料になるか、廃人になるしかない」
「廃、人…?」

動揺でゆれるソラの瞳から目を逸らして、アイスは東の方向を見つめる。深緑の森が広がる中、相変わらず不気味なくらい浮いているピンク色。

「人の心を失って何も出来なくなるの。廃人は話すことも、食べることも出来ない。ただの生き地獄よ…なる方も、面倒を見る方も」
「・・・」
「治す方法は…いまだに見つからない」

ソラは、ピクリと身体を震わせた。

「でも…治す方法は、探されてる…?」
「ええ…ただ、この長い歴史で見つかってないから…」
「生きてさえいれば、いいんです」

ノルドは薄れゆく意識の中で、ソラの声を聞いた。ソラがノルドを優しく腕に抱く。

「スピリットマイスターになれば、手立てが見つかるかもしれない」
「・・・」
「いや、天龍さまに会って治してもらえばいい」

そう呟いて空を見上げた瞳は、もう…今までのソラの瞳ではなかった。覚悟と執念に燃える色に、アイスとイルルは息を飲んでいると。ソラはノルドを膝から下ろして、正座をした。

「お願いします、私を都に連れて行ってください」
「え?」
「雑用でもなんでもします、軍の養成所に私を入れてください」

お願いします、と何度も地面に頭を擦り付けて叫ぶソラに、アイスの心はさすがに揺れた。そうでなくても、この子は…自分に物事のいろはを教えてくれた、師匠ノルドの孫なのだから・・・

「分かったわ」
「・・・え?」
「すぐには無理かもしれないけど…善処する」

アイスの髪にくくられた真紅のスカーフが、風に揺れて旗めいた。


フォンス王国の都

3年後ー。
巨大な門の前に立つ、ポニーテールの後ろ姿。背には弓を背負っている。

「ソラ!」

呼ばれて振り返ると、銀髪の青年が駆け寄る。背には笛を背負っている。

「いよいよだね」
「うん…イルル、準備はいい?」

一度顔を見合わせて、ソラとイルルは本部の門をくぐった。

広場の中央、翼の生えた白馬が優雅に水を飲んでいる。その背中を優しく撫でているポニーテールの女性を見つけて、二人は駆け寄った。

「アイスさん!」
「ソラ、イルル!」
「副隊長就任、おめでとうございます!」
「ありがとう」
「エルフィーもおめでとう」

ソラの声に、ペガサスのエルフィーはウインクをした。

『二人は、明日結縁式なんでしょう?』
「うん、やっとここまで来た」

ソラは、噴水の中央…龍の像を見上げる。


「絶対、スピリットマイスターになってやる」


< 第2話 完>



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