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読書メモ|現代の金融入門 |池尾和人

要するに、個々の主体からみたときの「資金の移転」が行える意義は、所得を得る時間的なパターンと主出を行う時間的なパターンを自由に決められるということにある。(略)こうした可能性があることによって(略)人々の経済厚生は確実に向上する。

第1章 金融取引

 運用マネージャーは、資産運用に成功して利益を上げれば、利益に比例した報酬を受け取れる。しかし、資産運用に失敗して損失を出したとしても、損失に比例した負担をするわけではない。(略)この意味で運用マネージャーに対する報酬構造は有限責任制の性格をもっている。有限責任者のもとでは、無限責任制のもとに比べてより大きなリスクをとることが合理的となるようなインセンティブが生まれることになる。というのはリスクテイクをしたことが裏目にでて損失が派生したとしても、損失のかなりの部分は投資家に転嫁できることになるので自分自身の負担は軽くなるからである。(略)このようにエイジェンシー問題が存在すると、ファンダメンタル価値よりも割高であることを認識していても、その価格で資産を取引することがあり得ることになる。

 こうしたリスクの存在は、運用マネージャーにとって、大勢に従うという群衆行動をとることをむしろ合理的にしてしまう可能性がある。そのためにバブルとわかっていてもゲームから降りるわけにはいかないと言った事態が起こり得ることなる。(略)ミスプライスの持続があり得るということになると考えられる。

 テイルリスクとは、確率分布の裾野に位置するような、実現する確率は極めて小さいが、いったんおこると大きな損失につながるような希有なリスクのことである。(略)テイルリスクをとることによる収入増加は、そのすべてが本来は利益ではなく、かなりの部分は将来リスクが顕在化した場合に備えて留保しておかなければならない準備金(費用)である。しかるに一部の運用マネージャーはすべて利益であると装ってきたのである。

第4章 資産価格とそのバブル

 企業価値Vは株主価値Sに負債の現在価値総額Bを加えたものだと定義される。しかし。より実際的にはそれにさらに従業員余剰Eを加えたものだとみなせる。(V=S+B+E)
例えば、熟練や技能には、どの企業に勤めても有用な汎用性の高いものと、特定の企業に特有の業務遂行の過程でのみ有用な汎用性の低いものとがある。後者のような企業特殊的な技能の形成のための努力は、当事者間では観察可能であっても、第三者に対する立証可能性は乏しいものである。こうした立証可能性の欠如から、この種の貢献に対する見返りを明示的な契約で保護することはできず、「暗黙の了解」の形で支払いが約されているのが一般的である。そうしたものの現在価値総額が、従業員余剰であると解釈できる。
 持ち合いを通じて自社の発行済み株式の過半数が安定株主の保有下にあれば、その企業の経営者は、常に過半数の信任を確保することができ、実質的に株主による制約を全く受けないことになる。この種の信任提供関係は、相互的なものであり。B社もA社も経営陣にたいして信任を与えなければならない。
企業特殊的な熟練を積む労働者は、その企業を命運をともにする度合いが高まっているのに対して、逆に個々の株主は、保有株式を流通市場で売却することによって、特定の企業から容易に資本を引きあげることができる、こうした事業を考えると、労働者の方がむしろ企業の新たなリスク負担者になっているとさえいえよう。
 しかし、メインバンクが有効に経営監視機能を発揮できたのは、1980年代以前までの特殊な経済的背景に支えられてはじめて可能なことであったと判断される。その経済的背景とは、従来の日本経済が基調的には資本不足型の経済であって、かつ企業の負担依存度が高かったことである。これらの背景なしにメインバンクが企業経営を規律づける強い力を持ち得るとは考え難い。
 報酬の多くの部分をストックオプションでもらった経営者は、行使価格を上回る水準を超えて、できるだけ株価の上昇を実現すれば、自らの実際の報酬も増えることになる。それゆえ、ストックオプションは経営者と株主間の利害の一致を実現するものと考えられた。しかし。ストックオプション等が万能でないことは、米国でもエンロン事件などを通じて判明し、経営の視野の短期化を招来しがちだといった批判も強い。

第5章 日本の企業統治

 多くの機能を抱え込むほど、外部調達コストは低下するが、内部調達コストは増大する。どこかに両者のコストの合計を最小にする規模があるはずであり、それが最適規模である。情報技術の革新は、内部調達コストを外部調達コストの両方を低下させる効果があるが、前者よりも後者をより大きく低下させている可能性がある。もしそうであれば、最適な企業規模は従来よりも小さくなっているはずである。

第6章 金融機能の分解と高度化

 そこで新たに実施されたBIS規制の見直しでは、従来からの計算方法に加えて、銀行自らが計算したリスク資産量を用いることが許容されるようになった。それに伴い、公的当局によるチェックの重点は、銀行が正しく計算を行い、虚偽の申告を行わないようなしっかりとした内部統制と法令遵守の体制が整っているかどうかを確認することに置かれることになる。実際のリスク負担量の計測は銀行が行い、公的当局はその手続的正当性を検証するという役割分担である。
 セーフティネットが存在すると、銀行はそうした預金者による選別を受けなくても済むようになる。この意味でセーフティネットはあくまでも直接には預金者の保護を意図したものであっても結果としてはその存在ゆえに上乗せ金利を支払わなくてもよくなるというかたちで、銀行に利益が帰着することになる。しかも、そうした利益は、本来支払わねばらない上乗せ金利幅が大き状態、すなわち、債務不履行リスクの大きい状態にあるほど、大きいことになる。いわば危険な銀行ほど得をするかたちになる
 この意味で、今回の米国における金融危機の発生は、政府の政策対応の失敗によるものだという面が少なくない。こうした「政府の失敗」が生じた背景には、ブッシュ政権の自由放任主義的なイデオロギーに加えて、投資銀行関係者等がロビー活動その他を通じて強い影響力を行使してきたという政治経済学的な要因があるとみられる。
 現行の規制上の資本の概念は、会計上のそれとは異なっており、劣後債の発行等で調達された資金も「資本」に含まれている。しかし劣後債等は、返済や金利(配当)の支払いの義務が伴うなどの負債的性格があることから、危機時のバッファーにはなりにくいとの批判がある。それゆえ、金融機関の資本のうちで普通株と利益剰余金による部分(コア自己資本)がどれだけあるかを重視すべきだというのが、資本に質に関する議論である。

第7章 金融規制監督

入門ではあるけれど、この本を読んでおくと、フジテレビや日産などについてもニュースの解像度が高くなっておもしろいです。

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