【作中世界観SS】一番機②突発"握羽会"


 声の主は小さいお子さんを連れた女性で様子からして熱心な私のファンのようだった。そんなファンの方の黄色い声を末期色と称したのはファンの方を蔑ろにしているからではない。

 私はどちらかといえばコミュ障な部類。テレビとかだとあとから「いい感じ」にできるからブラウン管の向こう側(死語)の天美堵美良以は許容範囲のコミュ障に収まってるけど、それはメンバーやテレビ局の人がフォローしてくれたり好意的な編集をしてくれているからで実際の私はかなりヤバい。

 僭越ながら楽曲のダブルセンターを務めさせてもらったとき、もう1人の子はコミュ力お化けでアンチから「もう1人の子は天美堵のフォロー役」などとネットに書かれたりもした。まったく失礼な話だなと反論したいところだけど大当たりなんだなこれが。アンチはファン以上に詳しいとはよく言ったものだ。そんな私の対応で熱心なファンの方を失望させたり、無意識に失礼なことを言ってしまって怒らせてしまうのが怖い。嫌われたくない大切な相手とのコミュニケーション程緊張してしまってうまくいかず、反対にどうでもいい相手とのコミュニケーションは皮肉なくらいうまくいくみたいなジレンマはコミュ障あるあるだと思う。

 私はぎこちない笑みを浮かべ軽く会釈しつつ、その女性に目をやった。ダメージ加工のデニム、何かしらのブランドかな?英字がかかれたシンプルだけど高級感のあるTシャツ、無骨だけどオシャレなデザインの一眼レフカメラとカメラバッグ、髪は明るめの茶色で清潔感のあるソバージュ…ちょっと話それるけどソバージュってすごい難しそうな髪型だよね…私は試したことないけどセンスがないと落ち武者みたいになりそうだし。

「あ、ごめんなさいね~いきなりタメ語で声かけちゃって…」

 クラスの一軍女子っぽいオーラとは裏腹にその女性はとても丁寧な人だった。それはある意味私にとってラッキーである意味でアンラッキーだ。相手が丁寧な人だとこっちも失礼がないようにしなきゃ!みたいになって妙なプレッシャーを勝手に感じてしまう。いっそ馴れ馴れしいくらいな方が私側も変に気を使わなくて済む。

 いえいえ、気にしないでください!お姉さんの方が年上っぽいですし!と言いかけてやめた私、ナイス!女性相手に勝手に年上認定は人間さんのマナー的にNGだ。

「あ…えっと…っ!気にしないでくださいっ!ファンの方ってお客様ですし!」

 無意識に手と羽を胸くらいの高さに構えながらそう返すと同時にやっちゃった…と後悔した。リアクション的にファンっぽいとはいえ、グループの誰かのファンの可能性だってある、自分のファンだと勝手に決めつけるような言い方はまずい…自意識過剰だと思われちゃったかもしれない。

 気を遣ってそう言ってくれたのかもしれないけど、お姉さんは私のファンだとのこと。すかさず「本当ですかあ!ありがとうございます!嬉しい~!」とややオーバーにリアクションしながら握手の流れに持っていく。うちのグループは有償イベントで握手会をしているのもあって、ファンの方からプライベートのメンバーに握手を頼むのはNGみたいな暗黙の了解がある(私達メンバーは気にしないんだけどファンの方のコミュニティのローカルルール的な何かで)らしく、エゴサでそれを把握している事務所はプライベートでファンサービスするときはこちら側から握手を申し出るようメンバーに指示している。

 手と羽どっちがいいですか?と尋ねると羽という答えが返ってきて私は内心ホッとした。人間さんは手を握るだけでも握り方によって様々なニュアンスがあるらしいから手での対応はなんかやりにくい。反対に羽での対応はすごい気楽だ。人間さんの価値観的に羽にセンシティブな意味はないらしいから手より抵抗なく触ってもらえるし、ニュアンス的な何かを気にしなくていい。たまに差し出す翼の向きで「右翼対応」だの「左翼対応」だの言われることはあるがあくまでそれはファンの方のジョークだ。

「お…!すごいね!美良以ちゃん羽質フワフワじゃ~ん…」

 陽キャっぽいリアクションをしながら羽を触るお姉さんにどう言葉を返すか、私は頭の中のCPUをフル回転させる。私は褒められたときのリアクションが下手で返しパターンが「いえいえ」か「ありがとうございます」か「いえいえとんでもないです(※ノリのいい方だと「飛んでるやろ!」とつっこんでくれる)」しかない。それだとつまらないから相手を褒め返して会話を広げるように社長から言われてるわけだけど…お姉さんはどこを褒めれば喜んでくれるかな…?

--Fin--


 









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