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新宿徘徊

東京を浮浪する生活が始まってからだいぶ時間が経ったように思える。僕は東京に住まいがなく、泊まる場所が見つからない日は朝まで街をふらついて時間を潰していた。

その日は新宿を歩いていた。
あてもなく彷徨っていると、髪の長いおじいさんがギターを抱えて弾き語りをしているところに遭遇する。周りでは若い女性がカメラを回して動画を撮っていた。気になって少し歩を緩めてしまう。

すると「大麻やってるかあい!?」と見事に絡まれた。この時、なぜか僕の心の中に妙な嬉しさが生まれた。故郷でない街をひとり彷徨い続けていたことによる孤独感が、若干晴れたような気がしたのか。
僕はそれを悟られないように面倒くさげな顔を作り、返事をする。
「何してるんですか?」

彼の話した内容を要約すると、どうやら大麻合法化に向けた運動を弾き語りというスタイルで行っているらしい。横に立っていた自分と同い年くらいの若い女性もその活動に最近参加し始めたそうだ。
さらに、もう一人目の前に大麻があしらわれたTシャツを着た人が立っている。その人は「日本大麻党」という政党の党首を務めているという。

大麻に突き動かされ、大麻ありきで生活している、東京の夜に生きる者たち。それに囲まれる新宿の夜。

意味がわからない状況が何だか面白くなってきた僕は、この日本大麻党の党首と話を続けることにした。

この党首は最近の選挙の際にも埼玉県から出馬していたという。他にも様々なエピソードが蛇口がバッとひねられていくように立ち現れてきて、若い女性につられるように僕もカメラを回していた。

話し込んだ末に、党首が今からライブを観に行かないかと僕を誘う。言っておくが朝の三時半だ。誰を観に行くんですか? と尋ねると、"大麻アイドル"が今からライブをするという。

朝方まで起きている時によくある、あの神経がうっすら焼けて溶け始めたような浮遊感が回ってきて、脳内の意識は空気に吸われている。誘われていくがまま、エレベーターに乗り込み僕は地下へ。

暗がりへと向かっていく。ケの日常からハレの世界へと飛び立たんとする人々が蠢いている。ライブハウス特有の熱っぽいバイブスが肌を柔く刺激していく。

時刻が早朝四時半辺りを回ったところで遂に噂のアイドルによるライブがスタート。歌詞が聴き取りづらいほどに音が回っているが、大麻の事を歌っているのは所々聴こえて来る単語のひとつひとつや雰囲気で分かった。

アイドルたちは全身緑色の衣装に身を包み、MCでは物販の紹介、そして今日が初ライブだという。記念すべき日。祝祭のムード。希望の伝達。ふわりふわりとシェアされていく。

ライブが終わり、うちと君の音楽で何かやらない? と党首が言った。僕は断って地上に上がる。外はすっかり明るくなっていた。東京の朝、さっきまで香っていた麻。もう全ては幻に近い。

僕の足はひとつ夜を越え、異様な体験の衝撃に半ば寝ぼけたまま身体がネットカフェへ向かう。そして何分か後には、ふわりふわりと眠るだろう。
全くもって夢の中にいるような東京の日々である。

※この文章は筆者が体験した観察記録であり、違法行為を助長する意図はありません。

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