見出し画像

製品・サービスが環境に与える負荷を正しく評価していくために【レクチャーレポート vol.3・後編】

本記事では、「みらいのファッション人材育成プログラム」の支援の一環として、採択事業者に提供されるレクチャーをレポートします。2024年9月上旬に実施された第三回目のレクチャーでは、プログラムパートナーである京都工芸繊維大学 未来デザイン・工学機構の津田 和俊准教授をお招きしました。前編ではライフサイクルアセスメント(LCA)の定義を中心に(前編はこちら)、後編では国内を中心にLCAの研究や取り組みの現状、評価のための具体的なアプローチをご紹介いただきました。



国内におけるLCA研究と実践はどのように進んできたのか

津田:後編では私の経験を基に、国内のLCAの状況についてお話しします。「日本LCA学会」は2004年に設立されました。私は当時学生でしたが、私を含め学生会員はわずか20名しかいませんでした。前編で紹介した日本LCA学会誌 創刊号『LCAに寄せる期待』は2005年に出版されたんですが、エコプロダクツ展を立ち上げたエコデザインの第一人者、山本良一さんをはじめとする、多くの著名な方が執筆されています。

LCAには従来の積み上げ方式だけでなく、産業連関表※(I-Oテーブル)を使ってマテリアルフローを整理する方法もあり、早稲田大学 名誉教授の中村慎一郎さんや国立環境研究所 理事の森口祐一さんらがその分野で中心的な役割を果たしていました。

※国内経済において一定期間(通常1年間)におこなわれた財・サービスの産業間取引を一つの行列(マトリックス)に示した統計表

LCAに関しては、学術ジャーナルを発信するオンラインプラットフォーム「J-STAGE」などで検索すれば論文を読むことができます。LCA学会誌もオープンアクセスになっているため、誰でも自由に閲覧できます。例えば、繊維について検索すると約100件がヒットしますが、木材やガラス繊維なども含まれており、実際には繊維全般を指していることが多いです。衣服に関しては約25件、ファッション関連だと約16件が見つかりますが、LCA全体の論文数が1300件以上ある中で、ファッションや繊維に特化した研究はまだ少ない印象ですね。

オープンアクセスで公開されている日本LCA学会誌

津田:2012年頃、私は国立環境研究所の田崎智宏さんや田島良さん、環境負荷を定量化するためのツールとして国際的に代表的なものの一つであるLCAソフトウェア「SimaPro」の国内代理店をしている正畠宏一さんと共に、日本LCA学会に「持続可能性評価の方法論とその展開」という解説論文を書きました。サステナビリティを評価するということをテーマに、サステナブルというキーワードが開発分野だけでなく、芸術やファッションなどの領域にまで拡大している点について触れています。この中で、LCAはサステナビリティの定義やトリプルボトムラインに対応する形で進化していったことを紹介しています。

通常のLCAは「環境LCA」と呼ばれ、環境影響を評価しますが、経済的側面を調べる手法は「ライフサイクルコスティング」、社会的側面を評価するものは「ソーシャルLCA」と呼ばれます。この3つを統合したものが「ライフサイクルサステナビリティアセスメント(LCSA)」や「ライフサイクルサステナビリティアナリシス(LCSA)」とされており、より包括的に評価することが模索されています。

田崎さんは、環境・経済・社会のトリプルボトムラインにおいて、それぞれの領域でどのような項目が指標として挙げられているのかを整理してくれています。

世界の国々が設定している持続可能な発展指標を、トリプルボトムラインにおける各領域をもとに分類した表、「持続可能性評価の方法論とその展開:評価分野・フレーミング・マネジメントへの活用(田崎・多島・正畠・津田, 2012)」より引用

津田:ただし、通常の環境LCAでさえ難しさがある中で、経済的および社会的な側面を加えると、複雑さがさらに増します。LCAの進展について、10年前には2000年代は「精緻化の10年」、2010年代は「LCSAの10年」になると期待されていましたが、現時点では十分に進展しておらず、依然として多くの課題が残されています。これからの発展に向けて、さらなる取り組みが必要であると思っています。

私は「持続可能性評価の方法論とその展開」の中で、生産と消費の視点からのサプライチェーンの持続可能性の項目を担当しました。当時考えていたのは、生産活動だけにとどまらず、消費の段階、さらには市民の生活に、どうLCAを活用できるかということでした。現在、企業活動の中ではISO取得や認証を受けるためのLCAへの取り組みが進んでいますが、LCA研究の方向性の一つとして、国連大学の副学長を務められた安井至さんの論文「LCA情報がささえる市民生活と持続可能性(安井 至, 2005)」の中で挙げられた「一般市民が、自らの生活のガイドラインを得るために使うようになる」ための試みも進めていくべきだと思います。これは非常にチャレンジングな部分であり、まだまだ取り組む余地が残されていると考えています。

また、LCAのさらなる発展の余地として、私は国立環境研究所の森口さんの考え方に注目しています。森口さんは、当初からLCAに期待していたこととして、LCAを単に数値を比較するためのツールではなく、事前のデザインに役立てたり、議論のためのプラットフォームとして活用できるのではないかという点をよく述べられていました。現状、LCAはデータ収集が大変だという印象が強く、データがひとり歩きしてしまう恐れがあることから、算定はしているものの公開には慎重な事業者が多いです。これはLCAが、数値を出して比較する手法だという印象があるためですね。しかし、私はそのような用途に限定せず、社内の意思決定や生活者のツールとしても、より活用される可能性があると考えています。

津田:国際会議やカンファレンスに目を向けると、国内の研究者が中心になっている国際会議としては「EcoBalance」が挙げられます。これは日本LCA学会とも深くリンクしており、2年に1度開催される国際会議です。EcoBalanceでは、環境バランスのなかでも特にマスバランスやLCA、マテリアルフロー分析など環境に関する評価研究が中心に発表されています。一方、環境配慮設計に焦点を当てた議論を多く取り扱い、設計工学的なアプローチがメインとなる「EcoDesign」という学会もあります。EcoBalanceとEcoDesignは、1年ごとに交互に開催されています。

それから、「日本LCAフォーラム」という長く続いている組織があり、これはLCAがISO認証と結びついて発展してきたことが背景にあります。最近では、LCAの社会への普及とLCAの実施の支援を目的に設立された「日本LCA推進機構」という機関もあります。産業技術総合研究所(以下、産総研) ライフサイクルアセスメント研究センター長の稲葉敦さんが中心となって推進されています。稲葉さんは、ISO化のプロセスを牽引しており、日本国内におけるメインストリームを築いてきました。彼の寄稿や原稿から、国内のLCAの普及の流れや標準化への歴史を垣間見ることができると思います。

そのほかには、「LCA活用推進コンソーシアム」という組織もあり、ここでも同じく産総研でLCAを担当されている田原聖隆さんが積極的に活動されています。特に、ライフサイクルインベントリ(LCI)※を作成するためのデータベース「AIST-IDEA(以下、IDEA)」の開発に携わっており、LCAの実践的な活用を進めるための講演を多くおこなっています。

※ライフサイクルインベントリとは、製品やサービスのライフサイクルを通じて排出されるCO2や消費する金属資源の量、発生する廃棄物などの環境負荷物質の量を計算すること


近年進む、ファッション分野の環境影響評価

津田:繊維の分野に関して話を進めます。LCAにおいて、自分たちで集めたデータを「フォアグラウンドデータ」、データベースから取得するデータを「バックグラウンドデータ」と呼びますが、国内で使われるデータベースの代表的なものが、産総研により開発されたIDEAです。

日本において代表的な、LCI作成に用いられるデータベースであるIDEA

津田:昨年、信州大学繊維学部が中心になり、「繊維産業におけるLCA人材育成コンソーシアム」が発足されたんですが、ここではIDEAを用いた基本的な演習がおこなわれており、産総研が主導するLCAの取り組みの一環として、繊維製品や衣服のデータベースを充実させながら進められています。


2010年当時に作成された、LCAに関する既往文献を整理した表、「衣類におけるライフサイクルアセスメントの現状と課題(高田・田原, 2010)」より引用

津田:産総研の田原さんが書かれた「衣類におけるライフサイクルアセスメントの現状と課題」(2010年)では、衣服に関するLCAの既存の文献整理がされています。さまざまな論文が書かれてきましたが、主に綿や羊毛、あるいはブルゾンや、ワンピース、ユニフォームなどの項目が対象となっていました。

ただし、評価範囲は必ずしも「Cradle to Grave(ゆりかごから墓場まで)」ではなく、「Cradle to Gate」や「Gate to Gate」といった流通・出荷段階までで止まっているケースが多く、サプライチェーンの途中までの評価にとどまることが多いです。

また、東京大学 先端科学技術研究センターの特任准教授・天沢逸里さんの研究「シェアリングエコノミー(2019)」や「アジア新興国とシェアリングエコノミー(2022)」にも、衣服に関する言及があります。後者では、アジア新興国でのシェアリングエコノミーに焦点を当て、家庭での洗濯やコインランドリー、洗濯代行などの使用段階での環境影響評価をおこなっています。

最近書かれたものだと、「Can rental platforms contribute to more sustainable fashion consumption? Evidence from a mixed-method study(2023年)」という論文がありますが、Tシャツやキャミソールなどの衣服カテゴリーごとに、生地の消費量を推計しています。推計によると、裁断時のゴミは全体の20%から30%にのぼるそうで、生地の消費量と廃棄部分の分析がおこなわれています。

自然由来の素材と人工の素材のCO2排出量を比較したグラフ、「Can rental platforms contribute to more sustainable fashion consumption? Evidence from a mixed-method study(Eri Amasawa et al.,2023年)」より引用

津田:この論文には、綿やリネン、ウール、シルクなどの素材ごとにCO2排出量を比較したデータも掲載されていますが、育てられ方によって結果が異なるため、特定の過程やシナリオに基づいて計算されているこのような値は、評価の一例として慎重に見る必要があります。動物由来の素材は、ナイロンを除いた他の素材と比べてCO2排出量が高いという点は他の研究とも一致していますね。以上が繊維分野における研究論文になります。

衣服に関するLCAの研究においては、ヘルシンキに拠点をおくアールト大学で書かれた「Reviews:The environmental price of fast fashion(Kirsi Niinimäki)」というレビュー論文があります。ヨーロッパを対象とした調査であるという点に注意が必要ですが、このレビューでは、綿の栽培から始まり、紡績、布の製造、ミシンによる縫製、小売店に卸されて販売、消費者に届き、最終的には廃棄に至るまでの全段階での環境負荷が評価されています。それぞれの段階がどこの国でどのようにおこなわれ、エネルギーや水の消費、化学物質の使用がどの程度あり、どの程度廃棄が出ているのかなどを書いているんですね。

また、Tシャツやジーンズのようなアイテムごとや綿やポリエステルなどの素材ごとの評価もおこなわれており、複数の要素が環境負荷として考慮されていることがわかります。

ヨーロッパでの衣類製造の各プロセスにおける環境影響を整理したフロー図、「Reviews:The environmental price of fast fashion(Kirsi Niinimäki et al., 2020)

津田:LCAに関するファッション業界における事例としては、国際的認証であるB Corpを日本のアパレルブランドで初めて取得した「CFCL」というブランドがあります。CFCLは各シーズンごとにLCAの結果をウェブサイトで公開しており、主に産総研のIDEAを使用してLCA算出をおこなっていることが明記されています。

このように、繊維分野におけるLCA研究や取り組みは進展しており、LCA学会や関連論文を調べると、さまざまな最新の研究成果が見つかるかと思います。


LCAに取り組む際にまずやるべきこと

津田:最後に、LCAを進める際の具体的なアプローチとソフトウェアをご紹介します。

「目的及び調査範囲の設定」や「インベントリ分析」など、LCAの各段階において参照されるISO規格

津田:LCAを進める際の基本的な手順は、まず目的や調査範囲を設定することから始まります。どの製品やサービスを対象にするのか、その環境負荷をどの基準で比較するのかを明確にする段階です。次に、輸送、使用、廃棄など、各ライフサイクルの段階で投入されるエネルギーや材料の量をデータとして集め、どれだけのCO2、NOx(窒素酸化物)、SOx(硫黄酸化物)、廃油などが排出されるかを定量して、インベントリ表を作成します。

インベントリ分析では、ライフサイクル各段階の投入と排出に関するデータを取得し、インベントリ表を作成する

津田:その後、環境影響評価(インパクトアセスメント)に進みます。インベントリ分析で得られたデータをもとに、それぞれの排出物が地球温暖化や大気汚染、オゾン層破壊などの環境問題にどのような影響を与えるかを定量的に評価します。CO2やNOxなど、それぞれの排出物から環境への影響を導き出すための関数は、使用するソフトウェアによって少しずつ変わっていたりもします。

インベントリ分析によって得られたデータを定量的に評価するステップ

津田:さらに、得られたデータを分類化、特性化、正規化、そして統合化していく手順があります。例えば、衣服のLCAでは水の使用量、化学物質の使用量、エネルギー消費量などをそれぞれ分類し、個別に評価します。これらを統合して一つの指標にまとめるプロセスが統合化なんですが、非常に難しく、一般的におこなわれている評価は、CO2の排出量やメタンなど他の温室効果ガスを含めた気候変動への影響を特性化する段階までが多いかと思います。

これらをおこなうために利用するのがLCAのソフトウェアですが、現在、さまざまな技術開発が進んでいます。LCAソフトウェアは、専門性と汎用性、さらには性能の充実度に基づいて分類することができますが、そのうち「MiLCA」は、汎用性が高く高性能なものとして国内で多く使われているソフトウェアの一つです。IDEAと直接連携しています。ほかには、国際的に有名な「SimaPro」や、「openLCA」というオープンソースのLCAソフトウェアもあり、注目されています。

例えば、SimaProが結構面白い動きをされていて、リアルタイムのデータの取り扱いに関する開発を進めているほか、ソフトウェアからWebアプリケーションへの移行などを進めています。SimaPro を活用したソリューション開発をbAwear Scoreと共同でおこなっているようなのですが、具体的にはSimaProがLCAの精密なモデルを作って、それをAPI経由で取り出して機能を使っていくというものです。

具体的な使い方を少し紹介すると、SimaProでは、プロダクトや構成要素(Composition)、生産や製造、生産地、流通、使用段階、最終的に廃棄(End of life)といった情報を入力します。たとえば、製品の重さや、綿やヤーンなどの素材名、そして生産地をプルダウンリストから選択することで、データを簡易に入力できるようになっています。

入力が完了すると、気候変動に対する影響、化石資源を使用したエネルギー消費、水利用、土地利用などの計算結果が得られます。これにより、製品が環境に与えるインパクトを視覚化し、評価することが可能になります

MiLCAの方も少し紹介すると、既存のプロセスや素材、部品に加えて、新しい要素を追加できる仕組みが備わっています。初期段階では、LCAの目的や調査範囲を設定するほか、機能単位という項目も設定します。機能単位とは、例えば「衣服を一日15分アイロンがけする際にかかる環境負荷」を基準にするなど、特定の機能を基準に環境負荷を測定するための指標です。比較する製品やサービスが同じ機能を持っていなければ、正確な評価ができないため、製品ごとの異なる機能を統一することがLCAの初期段階での重要な課題となります。そのため、LCAを進める際には、目的だけでなく機能単位もしっかりと設定してから進行していくことが求められます。

サステナブル経営推進機構 [SuMPOチャンネル] (2021, Sep 1). MiLCAの使い方(概要)v2 [Video]. YouTube. より引用

津田:それから、上記のようなノードとリンクを使ったインターフェースを用いて、環境影響を評価するプロセスもあります。アイロンを例にすると、まずアイロンを作るための素材や、どのように製造され、使用され、最終的に廃棄されるかというプロセスを入力します。そして、直接連携しているIDEAを用いて、各プロセスで使用される物質やエネルギーの情報を算出します。

このようにしてインベントリを作成し、どれだけの物質を使用したか、どれだけの排出があったかを把握した後は、これらのデータを基に、気候変動に対する影響がどれくらいあるのかを算定する段階に進みます。これには変換作業が必要で、たとえばCO2排出量が気候変動にどう影響するかといった評価をおこないます。国内では、LIME(Life cycle Impact assessment Method based on Endpoint modeling)※などの手法が使われています。このような手順を経て、LCAの環境影響評価を進めていくんですね。

※環境影響の統合化指標の一つで、地球温暖化、酸性化、大気汚染、資源枯渇などによる環境影響を統合して評価する単一指標

具体的な使い方は、例えばMiLCAであれば「MiLCAの使い方」というYouTubeの動画なんかがありますし、そういったものを見ていただくと多少理解が進むかと思います。

以上が、本日のレクチャーのサステナビリティの概念からLCA研究の現在、実践にかけての話しでした。

===

今回のレクチャーでは、京都工芸繊維大学 未来デザイン・工学機構の津田 和俊准教授をお招きし、サステナビリティの概念からLCAの日本における展開、そして繊維製品におけるLCA事例について講義をしていただきました。さらに、LCAを活用するためのソフトウェアに関しても最新の動向を交えながら説明いただきました。次回は、10月後半に「デジタルデザイン」をテーマとしたレクチャーが予定されています。


いいなと思ったら応援しよう!