みらいのファッション人材育成プログラムで採択事業者が目指すべきこと【レクチャーレポート vol.1・後編】
本記事では、「みらいのファッション人材育成プログラム」の支援の一環として、採択事業者に提供されるレクチャーの内容の後編をレポートします(前編はこちら)。2024年7月下旬に実施された第一回目のレクチャーでは、プログラムパートナーである京都工芸繊維大学 未来デザイン・工学機構の水野大二郎教授をお招きし、サーキュラーデザインをテーマに、本プログラムの目的や背景の説明に加え、文化創造産業の視点からこのプログラムの意義を読み解いていただきました。
実現可能性と創造性の狭間で、戦略を形づくっていく
水野:前半では3つの図を紹介しましたが、最後に書く図が一番わかりやすいです。環境影響評価の手法における「難易度」と「かかる時間」の関係を示したものです。
水野:最も難易度が高く、時間を要するのが「ライフサイクルアセスメント(以下、LCA)」であり、非常に複雑で労力を要する手法です。その次にくるのが「推計によるLCA」で、LCAほどではないものの、やはり難易度と時間のかかる評価手法として位置付けられます。簡素化されたものや、一部の企業が独自開発したLCAツールなどもここに含まれます。
私が主戦場にしている領域は「デザイン指針」を作るところですが、この図では厳密なLCA、推計を用いたLCAの次に位置します。デザイン指針については後ほど詳しく説明しますが、工学的に厳密にやろうとする精密工学の研究者と、いわゆるデザイン業界で頑張ってきた人たちが作ってきたデザイン指針では違う性質のものになっています。
この次にくるのが「チェックリスト」で、一番わかりやすいです。一般企業が今取り組んでいるのはこの辺かなと思います。「GHGプロトコル」などの温室効果ガスに関する国際的な基準に準拠して活動を評価し、その上で社内で指針を作成するというような比較的わかりやすいものです。しかし、その上のデザイン指針になると指針の数が急に増え、混乱や矛盾が生じることになります。
例えばLCAについては、原材料の使用量を抑えて軽量化を図れば、おのずと環境影響評価は下がります。その一方で製品の耐久性が低下するので、すぐにゴミとなってしまいます。では、リサイクル性能を上げて単一材料化を画一的に目指すのはどうか。すると今度は、大量生産、大量消費、大量廃棄、大量循環のモデルになり、エネルギーを大量に使わないと循環できないというモデルを正当化することになってしまいます。デザインの指針の領域においては、材料の単一化や、リサイクル性能や耐久性の向上、軽量化の促進などが、さも当たり前かのように羅列して書いてあるわけですが、それらをすべて実行しようとすると製品開発の現場は混乱と破滅の一途をたどってしまいます。
そのような矛盾を踏まえ、先ほどのズームイン&アウトの話に戻っていくと、自社が保有するアセット、実現しようとしているストラテジーを踏まえた上で、その中で使えるデザイン指針を考えていかないと、はまるものもはまりません。LCAによって大量に書き出される指針のすべてを鵜呑みにすると、製品開発の現場は止まってしまうからです。
サービスにおいても同じことがいえます。シェア型、サブスク型、プーリング型など、どのような方法を想定するか選ぶ必要があるわけです。戦略なしに「自転車をいっぱい街中に置いてシェアライドさせよう」とすると、今度はインターフェース側に「サービスのUIがひどいから借りにくいな」「支払いボタンがどこにあるかわからないわ」といった問題が出てきて、うまく普及しない。そして、大量に作った自転車がゴミになってしまうという、実際に中国でおきた問題へと発展しかねません。サービスの開発段階でもどのような戦略を使うのかは、すごく重要なポイントになります。
水野:以上が「デザイン指針」と「チェックリスト」の領域の話でしたが、問題となるのは上側の「LCA」「推計によるLCA」二つです。これらはエビデンスベースドであるということが求められ、とにかく手間がかかります。エビデンスベースド・ポリシーメイキング(EBPM)といわれますが、エビデンスを持ってポリシーを作ろうとするときにはその二つの領域のロジックが非常に強く働くことがあります。
チェックリスト、デザイン指針はエビデンスに欠ける部分がある一方、LCAと推計LCAは数的に示すことができる、つまりエビデンスがあることになります。しかし、エビデンスを駆使して、条例や規制のためのポリシーをつくると、結果として産業側が実行できるものと実行できないものが混在してしまう。非常に難しい問題です。
ここでは何かを生み出すことよりも、今の状態を測ることが最大の課題、かつ重要な要素になると思います。チェックリストとデザイン指針は自由度があって創造的なことはできるわけですが、LCAにはさほど自由度があるわけではありません。反対に、自由度が少ないがゆえにデザイナーのブルーオーシャンになっているともいえます。
関連領域の取り組みを知り、事業開発の補助線とする
水野:ここからは、これまでに紹介した4つの図を踏まえ、参考資料を紹介します。まずはサーキュラービジネスモデルの論文「Circular business models: A review(Geissdoerfer, Pieroni, Pigosso & Soufani , 2020)」です。サーキュラービジネスの定義や解釈をまとめてくれています。さまざまな人たちが議論を重ねた結果の定義がまとまっているので、皆さんがサーキュラービジネスや循環型経済に根ざした活動をはじめようとするときにまずは見るべき内容です。オリジナルの定義を作り出さずとも、世界中の人々の議論の結晶がすでに存在するので、それをベースにするのが一番早いです。
水野:次に、日本での研究に目を向けると、まず紹介する「ライフサイクルデザインの提言(圓川・梅田, 2000)」は先ほど触れた精密工学の領域から出てきているものになります。ライフサイクル思考やライフサイクル工学とも呼ばれており、基本的にはサービスではなく、製品開発に焦点を当てています。
この論文の基本骨格は、物質が動脈である製品企画から静脈となる製品回収の方までめぐり、最終的には戻ってくるというように、人間が作る産業の循環系を生物の循環系に近づけるために必要な開発指針です。この開発指針は、いわゆる国際的なサーキュラー製品デザインの原則や指針とほとんど等価のものになっているので、2000年代から2010年代の日本では特に東大を中心にライフサイクルデザインの重要性が先駆的に訴えられていたんですが、期待するほど一般社会に浸透しなかったのかな、と思われます。
理由はさまざまありますが、要素が非常に多い点が一つの問題であると思います。厳密さを求めるほど、精密工学やシステム工学において用いられるようなシステムになり、非常に複雑で長いリストが出来上がってしまうんですね。それは大企業ならともかく、中小企業にとっては実行が困難なものに繋がってしまうものです。
水野:このジレンマに向き合うことは非常に難しくはありますが、まずはこのような研究成果としてある点を踏まえ、次に紹介するのが経済産業省生活製品課が国内における繊維産業の現状・課題と実施している政策をまとめた「繊維産業の現状と政策について」です。資料として非常に価値がありますが、結果はここまでの紹介と同様に、どういった設計指針を作ればよいのかを細かく書き下したよ、ということになっています。
必要なのは、その中からいかに望ましいものを選ぶのかということです。その際、拠り所となるのが、ストラテジックデザインのような包括的な考え方です。ストラテジックデザイン、戦略のデザインをいかにして循環型のサービスや製品開発に応用するのかが肝になってくるわけです。
そのためのツールは無限にインターネット上に転がっていると言っても過言ではありません。例えば、「プロダクトジャーニーマップ」のような製品の物質循環と関係するアクターとの関係性を紹介する「CIRCULAR DESIGN TOOLKIT 」があります。このツールキットは、PDFでもオンラインホワイトボードのMuralでもダウンロードして使うことができます。こういったものは日本語で検索しても出てこないのですが、英語で検索すれば驚くほどたくさん出てきます。コンサルティング事業として有償でやっているものも、NPO・NGOが出している無償のものもあります。
例えば「CIRCULARITY WORKBOOK」。これは、NIKEが作っているものです。非常に具体的なものになっており、材料選択の項目や、循環性能でゴミをいかに減らすのかという項目、それから化学的で危険なものが流出してしまわないような対策を考えるグリーンケミストリーの項目など、この各項目に対して開発時に考えるべきものが細かく書かれています。生産管理を長年担当してきた方であれば瞬間的に答えられるようなものも多く混ざっていたりするのですが、企画や開発、広報、プロダクトデザインを担当する人たちからすると、かなり新鮮な内容です。実際にデザインを学ぶ学生と一緒にやってみたのですが、やはり少しハードルが高い内容かなと思いました。
水野:もう少し汎用的なものをあげると、ウェブサイト「Service Design Tools」があります。これまでのものと同様に、それぞれの段階でどのようなサービスデザインツールを使えばよいのかが丁寧にまとめられています。
サービスデザインというデザインのジャンルが登場し、日本で受容されて大体10年ぐらいになりますが、製造業の中では依然としてサービスを担当している人たちはビジネス寄り、プロダクトを担当している人たちはモノ寄りのような形で、モノ派とコト派に分かれてしまっています。デジタルプロダクトを得意とする会社だと比較的一体的になっていて、UIデザイナーとUXデザイナー、サービスデザイナーらが立体的に動いていることが多くなってきていますが、製造業ではまだうまく統合されていないのではないでしょうか。
具体的なペルソナの設定にはじまり、自分たちが提供するサービスと顧客接点、そのときの顧客の心理感情経験はどのようなものか。それをより良くするためにどういうサービスをつくるとよいのか、実行するための組織は? その一連の流れが、サービスデザインツールを使うと描けます。実務ではさらに細かい課題が出てきますが、このような参考になるツールはあるわけです。ストラテジックデザインにおいても同様に、一応ツールは存在しています。この『Designing Missions』という書籍では、「ポートフォリオ」という言葉で整理されています。
水野:ポートフォリオというのは、未来志向で多様なステークホルダーが混じっていて、さまざまな価値提供をするとされるポリシーのデザインのようなものを、どのようにデザインしていけばよいのか。その指針を一つのパッケージとしてまとめたものです。
夏休みになるとご飯が食べられない子どもがでてきてしまうといった貧困の課題については、多様な政策が考えられるわけです。例えば、各家庭に補助金を出す、子ども食堂を増やす、フードバンクを作る。たくさんの選択肢がある中で、相互依存する関係を書き出していき、望ましい未来の予想図を描きながら実際に政策として有効なものを考えていく。その考え方がこの本に書かれている内容です。ストラテジックデザインは、1つのサービスではなく、複数のサービスのデザインが絡み合う状態を目指すことが多いです。
大きなミッションを、各々が事業目標やリスクとして分かち合う
水野:最後にまとめると、製品やサービスを作るといった話や、循環型社会の中でその実現に向かってデジタルツールを使いこなしながら脱炭素をはじめとする活動を構想することは、すべて手段の話であり、近視眼的な目的の設定にすぎません。背後に潜むもっと大きなものを設定しなければ、多くの人が賛同して動くことができないので、「ミッションエコノミー」が必要になる。要するにやる側の信念が求められているということです。
それらがうまく束ねられていき、さまざまな人たちの信念によって一つの星座のような形になり、そこから新しいサービスや製品が紐づいて出てくる。それ自体を文化というのではないかと思います。
水野:経済産業省の文化創造産業は、実はさまざまなステークホルダーを巻き込んだ一つの巨視的なエコシステムの開発であり、ある特定の理念に基づいた集団によって実現することなのではないでしょうか。新しい消費文化や、その文化による新しい経済圏をどのように作り上げていくかといったことが最終的に出てくるのだと思います。文化、すなわちそのエコシステムや望ましい未来社会を作ろうとすることは、先ほどのズームイン&アウトに話を戻して言えば、その中で駆動する採択事業者の皆さんそれぞれのビジネスの位置づけを考えることに等しいのです。その中で駆動する製品のありようであったり、サービスのありようが一つの表れになるわけですよね。大きな世界観や信念がその一部分だということを意識して開発をしていただけるとよいのだろうと思っています。
経済産業省側には、「こういう文化です」と大きな方向性を指し示してくれることを期待したいですね。それを多くの人々でリスクを分かち合いながら、さまざまな形で実現の可能性を提示する形が望ましいかなと思います。経済産業省の文化創造産業課に、その力強いミッションを立ち上げる旗振り役になっていただきたいと考えています。今回のこの事業の中でミッションを自分たちでつくり、試してみるのもいいかと思います。そのミッションが、今回紹介した無数の指針やガイドの中からどれを選択するかという判断の指標として駆動するのだと思います。
第1回目のレクチャーとして、本プログラム内で事業を推進していく際に目指すべきところや持つべき視点、その際の拠り所となる現在の研究成果などを紹介してくださった水野大二郎教授。このレクチャーを経て、次回からは各専門領域のレクチャーへと入っていきます。
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