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バーチャルと現実をつなぐデジタルデザイン。コンピュテーショナルデザインのこれまでとこれから【レクチャーレポート vol.4・後編】

本記事では、「みらいのファッション人材育成プログラム」の支援の一環として、採択事業者に提供されるレクチャーの内容をレポートします。2024年10月下旬に実施された第四回目のレクチャーでは、プログラムパートナーである京都市立芸術大学美術学部の砂山 太一准教授をお招きし、コンピュテーショナルデザインの歴史やこれまでの活動の紹介を通じてデジタルデザインを解説いただきました(前編はこちら)。



変化するコンピュテーショナルデザインの潮流

砂山:前半で見てきたように、コンピュテーショナルデザインの領域では2000年代から多くの挑戦が行われてきました。しかし、これはあくまで私個人の見解ですが、2020年以降、コンピュテーショナルデザインに関する新しい研究やプロジェクトが大幅に減少しているように感じます。この背景には、戦争の勃発や深刻化する社会問題、環境問題があり、経済を取り巻く環境が大きく変化したことが挙げられるかと思います。デザインの歴史は、経済的・社会的な状況と強い関係の中で進展します。見たこともない新規的な造形が試みられていた2000年代から2010年代のアルゴリズムをもちいたデザインも、中東や中国の成長、またITバブルのような時代背景に支えられていた部分が多分にあります。

2021年以降は社会問題や環境問題について考えることは、われわれが生きること自体において、避けては通れないこととなっています。こうした課題意識は、現在ものづくりに関わる誰もが持っていることでしょう。
私は、造形的な新規性を突き詰めることに関心を持つとともに、同時に、造形の問題と社会的・環境的な問題を同じ地平で語ることは可能だと考えています。
例えば、ロンドンを拠点とする建築・デザインイノベーション企業ecoLogicStudioは、自然と建築を融合させた試みで注目を集めている存在です。その代表的なプロジェクトの一つが「STEM cloud」です。このプロジェクトは、非常にシンプルなアプローチながら、建築に草や藻を利用するアイデアの先駆けとなり、個人的にも大きな衝撃を受けた作品でした。

講義用miroより。ecoLogicStudioの「STEM cloud v1.0」

砂山:彼らはペットボトルに藻を入れて建物のファサードに積み上げるというユニークな手法も採用しています。この仕組みでは、藻が太陽光に応じて成長し、光を制御します。光が強い部分では藻が成長して遮光効果を発揮し、逆に光が弱い部分では藻の成長が抑えられ、自然に日光が建物内部に取り込まれるというものです。このようなプロジェクトは、2019年の「未来と芸術展」などで紹介され、建築やデザインの新しい可能性を示しました。

ファッションデザインにおいては、建築におけるコンピュテーショナルデザインのように物性や外部環境の要素をアルゴリズムに取り込むことはあまりないかもしれません。多くの場合、コンセプトを背景とする視覚的な意匠としてアルゴリズムが応用されているように思います。

しかし、例えばパラメトリックモデリング※の手法を取り入れることで、服の一部の柔軟性や強度を人の体の動きや負荷に応じて調整することも理論的には可能です。これは、構造計算のようなアプローチをデザインの各パーツに適用し、それぞれの部分に異なる特性を持たせることで、機能性と造形的な新規性を両立するような考え方です。

近年では生成AIの登場により、設計やデザインのプロセスに関する従来の概念が大きく揺らいでいます。前半で説明したイデアルとリアルといったフレームワークも意味をなさなくなっているように感じています。そこからどういう言説を導くことができるのかは模索中であると思います。

※パラメトリックモデリングとは、設計の過程で変数(パラメータ)を設定し、数値の調整によって形状を動的に生成・変更できる設計手法のこと。変数の値や制約条件を指定してデザインする。


イデアルな世界とリアルな世界を調停する

砂山:ここからは、これまでの私の活動に焦点を当ててお話しします。
まずアルゴリズムは、基本的にすべて手順で説明ができます。さきほど紹介した泡のような作品にもすべて手順があります。コンピュータが実行するには、まず人間が考えた手順が必要です。

私は、2000年代中盤にアルゴリズムを用いた幾何学的なパターンをテーマに研究を行っていました。特に注目したのが、プラトニックソリッドと呼ばれる多面体群です。これは古代ギリシャの哲学者プラトンに由来し、数学の分野で多くの功績を残した完全性や対称性の象徴です。まさにイデアルな世界を体現する存在といえるかもしれません。

パラメトリックモデリングの初期の試みについてもお話ししたいと思います。今ではGrasshopper※などを使えば簡単にできるサーフェスの分割についても、昔は多くの労力をかける必要がありました。例えば、分割した四角形のセルごとに丸を描くなど、単純なジオメトリを繰り返し適用する手順をコンピュータに教える作業です。細かい点の集合やパターンを作り、その中にさまざまな形状を配置することで、構造としての安定性やデザインの多様性を追求していました。

※3DCADソフトウェアのRhinoceros上でパラメトリックデザインを行うことができるプログラミング言語。

2010年ごろに取り組んだのが、前半でも紹介したエルメスのHermes Rive Gaucheプロジェクトです。このプロジェクトにサステナブルな観点があるとすれば、コストを抑えるための多くの工夫がなされていることです。そのためには、たとえ一点物だとしても材料を少なくし、人件費も抑える必要があります。ここで活用されるのが、3次曲面を利用した木材の加工技術です。平面から切り出された集成材を三軸方向に曲げることで、少ない材料で複雑な形状に仕上げています。この曲げの許容値や曲率はすべて事前の実験によって値を測定した上で、コンピュータでシミュレーションされています。それにより、現場での職人の勘に頼らずとも、精密な形の施工が可能になります。私はジオメトリエンジニアとして、デザイナーや、構造設計者、実際に曲げ加工を行う職人さんとともに、プログラムを中心に置きながらフィードバックを繰り返して、コミュニケーションをとりながらプロジェクトを進めました。

フランスでジオメトリエンジニアとしての経験を積んだ後、2011年に帰国し、セシル・バルモンドが所属するARUPにも席をおく構造エンジニアの金田充弘先生(東京藝術大学)のもとで博士学生として研究に取り組みました。博士課程で扱ったのは「オクテットトラス」と呼ばれる構造体です。

この研究では、寸法にばらつきのある杉の荒材を使用しつつ、その素材を綺麗に製材せずそのまま使い、中心軸が通っていれば構造が成立するアルゴリズムを開発しました。素材そのものの不完全さを受け入れながらも、複雑な構造体を実現することを目指しました。
また、加工方法にも工夫を凝らしました。ロボットアームのような高度な機械を使用するのではなく、木工職人が日常的に使うスライド丸ノコという一般的な木工機材で切れる加工方法のみで制作できるようにしました。この研究は、誰もが扱える道具で構造を作ることで、技術の普遍性を保ちながら複雑なデザインを成立させる試みでした。オクテットトラスという幾何学的に完全な形状をイデアルの象徴とし、一方でばらつきのある杉の荒材をリアルの象徴として位置づけ、両者を融合させることで、現実と理想の接点を模索したのです。

この研究を通じて考えていたのは、完全には制御できないものをどのように扱うかということです。人間はそうした不規則なものや不完全なものを、何とか綺麗に整えようと努力しますが、現実にはその調整には限界があります。
私の関心は、そのような制御の効かない要素を、ジオメトリやマテリアルといった設計の要素を使って、どのように調停できるかを探ることでした。


リアルな世界の“どうしようもなさ”や“見過ごされている価値”と向き合う

砂山:最後に、最近の取り組みを紹介します。

改めて、イデアルな世界の中でアルゴリズムをどう突き詰めていくかだけではなく、リアルな世界とのギャップにどう向き合っていくのかについて考えるようになりました。エルメスのプロジェクトに携わる中で、木材の曲げ許容値など、職人さんとのコミュニケーションを通じてリアルな世界におけるどうしようもなさを経験したことが一つのきっかけになっています。

建築家の中山英之さんと続けている「かみのいし」プロジェクトでは、ただの小石を拾ってきて、それを発泡スチロールにみんなで模刻し、小石にできるだけ近い多面体を作成、それを拡大し紙で作ることを行っています。

「かみのいし」プロジェクトの中で制作された、石を模刻した発泡スチロール

砂山:デザインを行う際、多くの人は自分の頭の中にある形や概念を外部に表現しようとします。しかし、中山さんは、すでに身の回りにあるものをよくよく見つめることで発見できる形や驚き、可能性を見出すことこそが、デザインの本質であると捉えています。
プロセスの初めでは、デザイナー自身が石を観察しながら模刻を行います。その後、石の各面を写真に撮り、撮影したテクスチャーを紙に出力します。最終的にはその紙を折りたたむことで、石を再現します。石の石らしさを再現しているといってもいいかもしれません。
この手法は、単に形を作ることにとどまらず、観察、解釈、そして再構築という一連のプロセスを通じて、デザインの新しい可能性を探るものです。デジタル技術を活用しながら、内省的なアプローチと融合させることで、形の意味や価値を再発見する試みといえます。

講義用miroより。「かみのいし」の制作プロセス

砂山:「かみのいし」はコンセプチュアルアートとプロダクトデザインの両面を持っており、店舗のディスプレイとして採用されたり、「ねこの細道」という豊田市美術館の展覧会にも出展されたり、他のコンテンポラリーアーティストの作品と並んで、石のインスタレーションとして展示されています。

このように、「情報と物質とそのあいだ」をテーマにジオメトリエンジニアリング、現代美術、建築といった多様な領域が交錯する中で、新しい可能性を模索してきました。これらの取り組みを通じて、技術とデザイン、美術と実用性の境界を問い直し、形あるものが持つ意味を再発見することを目指しています。

中間発表会にてプレゼンいただいたプロジェクトの中にファッションのサプライチェーンにおけるLCA(ライフサイクルアセスメント)に関するプロジェクトがありました。建築分野におけるサステナビリティの取り組みにもLCAの課題があります。建築物は建設から解体までの過程で多くの資源を消費し、解体時には大量の廃棄物が発生します。しかし、その廃材の多くは再利用されることなく廃棄されてしまうのが現状です。

2021年のヴェネチア・ビエンナーレの日本館展示のために解体された一軒家

砂山:こういった課題に直接的に関連するかはわからないですが、近接する取り組みのひとつとして、2021年に出展作家として参加した建築家の門脇耕三さんがキュレーションを手掛けた第17回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展の日本館展示「ふるまいの連鎖:エレメントの軌跡」があります。このプロジェクトは、東京・世田谷区経堂にある解体予定の一軒家を中心としています。この家は、特別な文化財ではなく、普通の家族が暮らしていた平凡な一軒家です。この建物を解体し、発生した廃材をヴェネチアに運び、部分的に再構築しました。展示終了後には、その廃材をさらにオスロに運び、教育施設の一部として再利用するというプロジェクトに発展しました。

このプロジェクトの背景には、国際建築展という場で、われわれ建築家がどのような社会的メッセージを発信できるかを考えたところにあります。たしかに、廃材の輸送に伴うCO2排出は環境負荷を伴い、この取り組み自体が矛盾を抱えています。しかし、このプロジェクトが強調したいのは、普段見過ごされているリアルでアクチュアルなものの価値です。解体される建物やその廃材には、新たな物や世界を見つめ直す可能性が潜んでおり、それを再発見し活用することを提示することができると考えます。

2021年のヴェネチア・ビエンナーレの日本館展示

砂山:現在の都市空間は、過去数十年の歴史や技術の蓄積によって形作られています。例えば、街中にあるシャッターや自動販売機、建材なども、その場所や年代の産業技術の一端を反映しています。この一軒家は増改築を繰り返して作られていました。なので、解体していくと見事に1950年代のものから60年代、70年代、80年代、90年代のものが出てくる。それを紐解いて、一軒の家を展示するだけで、日本の産業史が語れるようになります。ここに門脇さんのキュレーションの骨子があります。つまり、特別な価値はないと思っていたけれども、見方や捉え方を少し変えるだけで、今まで気づかなかったその価値を見出すことができる。これは新しい物を作らなくても、新たな価値を創造することができるということです。

建築物を解体し、廃材を引き受け、その廃材の面倒を見るために資金を確保し、それを海外に運んで再構築し展示する。この一連のプロセスが、どれだけ世界にとって意味のあるメッセージとして伝えられるか、産業や物の変遷の中にまみれながらそれを言説として作り上げられるかが参加した建築家の役割でした

展示会場では、実際に解体した家の廃材を並べ、それぞれの時代ごとに家族の歴史や文化的背景を反映させ、時代の対比を描き出しました。また、屋外には解体した家の一部を再構築し、訪れる人々に新たな視点で考えるきっかけを提供しました。

「ふるまいの連鎖」の展示にあたり、全ての廃材をデータ化し、建築の構成と流れを可視化した

砂山:門脇さんのキュレーションのもと、私自身は、再構築の再構築のインスタレーションを建築家として手掛けるとともに、このプロジェクトでは、一軒家を解体して得られた廃材を1本1本3Dスキャンする役割を担っていました。この作業は、一見すると意味がないように思われるかもしれませんが、スキャンによって得られたデジタルデータが再構築時に役立ちました。特にコロナ禍での遠隔作業では、このデータを活用することで図面やモデルの作成が効率化され、リモートでの調整が可能になりました。さらに、このスキャンデータはWEB上のプラットフォームで一般公開し、誰でも自由にダウンロードできるようにしました。結構ダウンロードされていて、勝手な想像ですが、このデータは、ゲームの仮想空間で壊れた建物の素材として使われるなど、予想外の形で再利用されているのではないかと考えています。
「ふるまいの連鎖」が示しているのは、物質的な廃材やデジタルデータが生み出す新しいつながりと、その価値の再発見です。廃材は一度その役目を終えたように見えますが、再構築やデジタルデータ化を通じて新たな文脈に移り、それがさらに別の場での利用や創造につながるのです。この一連のプロセスそのものが、「ふるまい」が連鎖していく仕組みの重要な要素であると考えます。

現状、建築業界では、デジタル技術を駆使し、コンセプチュアルな次元や社会的な意義と接続しながら新たな提案を行うプレーヤーはまだ非常に限られています。この分野には大きな可能性が広がっていますが、同時に多くの課題が存在しており、その中で私のような限られたプレーヤーが起用される機会が増えているのも事実です。こうした背景もあり、光栄にも来年2025年に開催される第19回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展日本館展示に再び参加する予定となっています。
第19回の日本館展示では、「In-Between」をタイトルとして、京都市美術館の設計で知られる建築家の青木淳さんとともに、批評的な視点で生成AIをテーマにした新しい取り組みに挑む予定です。生成AIをテーマとするこのプロジェクトは、デジタル技術を押し広げるだけでなく、建築やデザインが未来に対してどのようなメッセージを発信できるのかを探る重要な実験であり、私自身の経験を活かしながら、新たな可能性を模索していきたいと考えています。
また、デジタル技術や社会的意義を探るプレーヤーを増やしていくことも、大学で芸術学を研究する者として私が取り組むべき重要な課題の一つだと感じています。新しい視点や能力を持つ次世代のクリエイターを育てるために、自身の経験を共有し、学びの場を広げていくことにも力を入れたいと考えています。

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今回のレクチャーでは、京都市立芸術大学美術学部の砂山 太一准教授をお招きし、主に建築・アートの領域からのデジタルデザインを講義していただきました。次回は、11月後半に「ビジネスデザイン」をテーマとしたレクチャーが予定されています。


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