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未来塾コーディネーターの想い

環境系学生未来塾とは、自然環境や地域活性、第一次産業など、環境系の分野に少しでも興味のある大学生に向けた、 これからの人生をデザインするワークショップ型合宿。

2017年に初めて開催して以来、屋久島で11回・大分県耶馬溪町で3回・長野県泰阜村で1回の計15回開催してきました。

そしてその未来塾の全国展開に挑戦する今、未来塾コーディネーターのおふたりに、改めて未来塾に懸ける想いをお聞きしました!
※2023年1月収録

プロフィール


やっくん(福元豪士)
屋久島生まれ屋久島育ちのやっくん。家事と育児と仕事と地域づくりの両立を模索中。愛する我が子含め、島に住む子どもたちが「屋久島を大好きだと誇れる」ように、「屋久島に生きる子どもたちが住みたいと思う世界・屋久島を想像し、自分自身が楽しめる世界を生きる」プロジェクトを展開中。それは子どもたちが誇れる屋久島を作るだけでなく、住み続けたいと思える屋久島を想像すること。自分自身のあり方で語ることを大切に活動する、ゆるーく熱い島人です。


あかりん(石黒燈)
屋久島と東京の二拠点生活をしながら、「自然」と「対話」をキーワードに”自分自身の心を大切にする体験”をお届けしています。時にはオンライン、時には屋久島の森の中、時には都会の真ん中で。ひとりひとりが大切にしたいことを大事にしながら生きる世界を願って、旅をつくったりワークショップをしたりしています。


未来塾への想い

— 未来塾を始めたきっかけは何でしたか?

やっくん
きっかけは、僕が大学4年生のときの夏に開催された、キープ協会というところの「森の人づくり講座」という3泊4日の合宿。
それに参加して、そこで人生が変わったなと思ってて。
その体験を誰かに恩返ししたいなと思ったことをきっかけに始まったのが未来塾です。

— 未来塾に参加する学生にどんなことを届けたいですか?

やっくん
当時のことを思い出すと、純粋に仲間が欲しかったから。
仲間ができたっていうのがすごく自分の中で大きくて。
例えば僕が環境教育をやりたいと思ったときに、以前は環境教育のことを話せる仲間がいなくて。
その合宿ではこの道に進みたいなと思った時に真剣に話を聞いてくれる仲間がいて。
それがすごい救いで、今の道に進んだような気がしているから、その体験をみんなにしてほしいなと思って。
深い話ができる仲間と一緒に過ごす特別な時間を届けたいなと思って今でもやってるかな。

— これまで5年続ける中で、新たに生まれたモチベーションはありますか?

やっくん
学生のためにやっていた未来塾が自分のためにもなって、
気づいたら地域のためっていうことにもなって。
今は賛同して一緒に今やってくれる仲間がいるので、その仲間が一緒に作り上げてくれているっていう、一人の未来塾じゃなくなったことが、未来塾を進める大きなひとつの原動力になってるかなと。

あともうひとつは、学生が第2回からずっと一緒に伴走して作ってくれていて。
学生が「未来塾やりたいです」「一緒に作りましょう」って言ってくれてるからこそ、価値を感じ続けられるっていうところが大きいかなって。

—参加者から事務局になったあかりんのストーリーについて教えてください。

あかりん:
未来塾事務局になるまでにはすごい長いストーリーがありますね。

第2回の未来塾に初めて参加して、屋久島の大人たちの話を聞いたときの「そういう人生の選択肢があるんだ」っていう衝撃と、ただ同世代に話を聞いてもらって「こういうことが大事なんだね」って言ってもらえることで見えてくる自分の価値観みたいな、それがすごい衝撃で。

それまで自分にはスキルや能力が足りないからそれを補おうと思って、資格を取りに行ったりとかいろんな活動してたんです。
未来塾に来たのも、どういう仕事をしたらいいかわからないのは選択肢を知らないからだと思って、大人の話を聞きたくて来たって感じで。
そしたら「対話をしましょう」って言い出して、「マジかよ」って思って(笑)
でも実際話してみたら、「自分って意外といろいろ頑張ってたんだな」とか、「いろんなこと考えてんじゃん」ってことに気づいて自分の人生が動き出す感覚があって。

未来塾の後、アぺルイ(話を聞きにいった場所のひとつ)に自給自足の暮らしを体験しに行って、そこで改めて「自分はこういう世界観をいろんな人に伝えるのがやりたいんだ」みたいなふうになりました。

ただ、その後大学卒論とか合唱コンクールでスペインに行ったり、ミュージカルの本番があったりめちゃめちゃ忙しくて、見つけたはいいんだけど、周りの人に言葉で伝えても伝わりきらなくて。
「ふーん、いいね」みたいなとか、「屋久島だからできるんだよね」とか。「私はそういうのよくわかんないから公務員なんだ」、「公務員でいいわ」、みたいな感じで、伝わりきらないもどかしさみたいなのが同時にある1年で。

その次に大学院に進学することにしたので、大学院でどう生きるか考えようと思ったタイミングで「知床の未来塾やります」という案内が来て、「知床行きたい!」と思って、やっくんに連絡したら、「ごめん、知床なくなっちゃったんだ。でも、屋久島でやるから、スタッフやらない?」って言われて。それで、「スタッフっていう形だったらもう1回行きたい」みたいなことを思って、初めて参加した1年後に、初めて未来塾スタッフになったっていう感じですね。

で、そうこうしてるうちに半年に1回未来塾に来るっていうのが基本になっていきました。

その後は、未来塾の中で自分の価値観を言語化したりとか、自分で行動するっていうことの大事さを大人から受け取ったりとか、それを応援してくれる仲間と出会ったりとかっていう、いろんな要素が組み合わさって、NAREC(認定NPO法人自然環境復元協会)に就職しました。

NARECで未来塾のことめっちゃ話してたから、「そんなに好きだったら仕事にしたら」と当時の上司に言われて。
NARECにはいろんな地域と都市の人を繋げるっていうのがミッションとしてあるので、それにも合ってるし、そんなことができたらいいねみたいな話をくれたのが当時の上司だった人ですかね。

そこからは未来塾に関わるのが当たり前みたいな感覚だったし、
仕事としてなら社会人になっても関わる意義が見い出せたので、関わってるうちに全国展開っていう流れになったという感じです。

— あなたにとっての未来塾とは何ですか?

やっくん
いろんな言い方ができるんで、なんて言えばいいかなと思うんですけど。
この前啓介さん(屋久島の地域協力者のひとり)と話したときの言葉がすごい僕の中に今残ってて、
「未来塾は、人を育てるっていうふうに言ってるけど、屋久島育ててるよね」って言ってもらえたのがすごく嬉しくて。

未来塾を通して屋久島に学生たちが来てくれることによって、いろんな価値観を運んでくれるし、屋久島の自然の価値観をまた外に運んでくれたりとか。
大人と会うことによって大人も感化されて一緒育っていく、そんな場になってるっていうのがすごく嬉しいよねって話を啓介さんとさせてもらって、それがすごく嬉しかったんですけど。

関係者が多いのも未来塾の特徴かなと思っていて。
ぶっちゃけたら僕1人でできるかもしれないし、あかりん1人でもできるかもしれないけど、いろんな人でやるってことの意味はそこにあるかなと思っているのと。

今の時代に本音で話すことってなかなかない中で、建前をとっぱらって、人と人がぶつかってるっていうところに豊かさがあるなと思っていて。涙も流すし、怒る人もいるし、いろんな人たちもいるけど、だからこそ、屋久島だったら5日間、他の地域だったら4日間ですけど、人生のたった5日間しかないけどそこでギュッと凝縮されたエネルギーが出てくるなと思ってて。自分にとっては本当に”屋久島で生きる意味”みたいなところになってきてるかなと。

あかりん
未来塾とわたしっていう関係、結構変遷があって。

最初はそれこそ自分がただ単純に受け取る参加者として、人生を変えるというか、自分の人生を取り戻すきっかけをくれた場所だし、未来塾で同期だった人とか一緒に過ごした人たちってその後もすごい濃い繋がりがあって。

未来塾単体だけだと、そこで変わるきっかけになったは良いものの、自分の人生を変えていくっていう積み重ねをするには弱いけど、そこで出会った仲間と定期的にオンラインも含めて繋がったりとか話したりするからこそ、より価値観が深まっていって行動できるようになっていったっていう。

なので最初はきっかけであり、その後は自分の人生を生きるっていうことを選択していくために支えてくれる存在でした。

今は、どちらかというと、当時の自分みたいな子たちがそういうプロセスをちゃんと踏めるように、器を作るというか、枠組みを作るということが純粋に楽しいなって思ったり、広報でも、今までただの学生スタッフとしてチャレンジさせてもらうときは、自分の言葉で伝えていくというのを結構やっていたんですけど、
この前の夏とかその前の春ぐらいからは、オンラインイベントもSNSも学生たちの言葉で語ってもらうっていうということをしだしてて、それがすごい豊かだなと思って。

自分が感じてきたことを伝えるだけだと自分のセンスに刺さる人しか届かないけど、そこで体験した学生がそれぞれの言葉で語ってもらえると、またそれぞれの方向に広がっていく感じもあるし、自分の話を聞いて感動したりとか勇気をもらいましたって言ってもらえるっていう体験を、未来塾に参加した子が焚人になってしてるっていうことを見ているのが楽しいっていうか、その循環を生み出せる場所。

そうやって自分の言葉で自分の人生を語れたり、誰かを勇気づけられる人が増えてったらすごい豊かな世界だなって思ったりしているっていう感じですかね。

なので、「未来塾とは何ですか」を一言で言うと難しいけど、形を変えて豊かさを探求する場所っていう感じかな。

—未来塾を全国に届けたい理由は?

あかりん
自分も環境系学生だったんですけど、自然に関わる仕事とか地域に関わる仕事って、なかなか大学生では情報として受け取れない。

実際私は屋久島と東京の2拠点生活して屋久島で暮らすってことをして、「人手が足りてないんだ」とか「こういう部分が足りてないんだ」みたいな話を聞くけど、都会の大学生は全然その情報を知らなくて。
「田舎で暮らしてみたい、自然に関わる仕事をしてみたいけど、そんな仕事はないよね」みたいな感じで、マッチができてないようなところがあるなと思っていて。

卒業してすぐ地域に行くかどうか置いておいて、地域で自分の事業をしたりとか、移住していろんな仕事をしたりとかっていう選択肢が人生の中にあるということを知ってることがすごい大事なんじゃないかなと思っています。

やっくん
わかりやすく言うと今の時代は学歴社会で、大学に入ることがゴールになっていて、入ってから何しようって悩んでる子が多いのが現状かなって思ってて。
その中で未来塾に来る子たちは結構、「地球のために何かしたい」とか、「地域のために何かしたい」とか「人のために何かしたい」っていう思いを持ってくれてる子たちではあるんだけど、それがかえってモヤモヤしたりとかもするし、やりたいことがないってモヤモヤするっところが現状なのかな。

その子たちに選択肢を持ってもらうっていうときに一番何が大事かっていうと、価値観を持って選択できることなのかなと思っていて。

無限に選択肢があっても選びようがなかったら、それは選択肢がないので、選択肢があるってことは、5個あってそれをどれにするか選ぶことができるっていうことだと思っています。

そう考えると、自分の価値観とか自分の本当に大事にしたいものっていうところを深堀りして内省する、自分の価値観を作り上げる場所にしていきたいなと思っていて。

そういう意味で言うと、彼らにとっては屋久島とか耶馬渓、泰阜村が自分の第二のふるさとというか、聖地みたいなのかなと感じています。

なので、立ち返る場所っていうところと、自分の価値観を醸成して次に踏み出せるような場所にして届けていくっていうのが僕たちのやりたいことなのかなって。

僕屋久島でいろんなことしてるんですけども、その中の一つで屋久島をみんなの中に入れるっていうことを大事にして、屋久島を持ち帰ってもらうということをずっとやってたんですけど、屋久島だけじゃなくて他にもすごい豊かな地域があって。

屋久島以外でも、例えば耶馬溪だったら耶馬渓が好きで帰っていく。泰阜村だったら泰阜村に帰っていく。その選択肢があることが大事だと思う。

そういうふうにいろんな聖地を作っていってあげて、自分の価値観を日本の各地で作れるような形になっていくと、もっともっと豊かになっていって、僕SDGsちゃんと達成したいなと思っているので、言い方悪いですけど意識が高い学生とか大人たちがたくさん増えていくっていうことを願ってるっていうのが今の現状です。

未来塾の仕組み

—ハブラボ(特定非営利活動法人 HUB&LABO Yakushima)はどういった役目を担いますか?

やっくん
未来塾事務局ということで、ハブラボとNARECと一緒にやっていく中で、元々ハブラボは一貫して人材養成をする団体なので、いわば今未来塾を一緒に形作ってくれている焚人の価値観を醸成するっていうところと、あとは地域パートナーと呼ばれる、例えば泰阜村のグリーンウッドだったらくみ、耶馬渓にはふとしっていう子がいるんですけど、その2人と一緒に話をしながら、未来塾と地域がどう関わっていくべきかっていうのを探求するところの人材養成を担っています。
あとはもう一つ上のコーディネーターというところまで作ろうとしています。今そこを僕とあかりんが担っているんですけど、ちょっと2人ではできることの限界があるので、他の人にも手伝ってもらいながら未来塾を育てていく人を育てるというところを、僕たちは担ってるかなと。

—NARECについてはどうですか?

あかりん
NARECは元々、いろんな地域の人と都市を結んでいくこととか、地域において都市の人を呼んでくるコンテンツを作っていくサポートのようなことをやってきてたんですけど、その視点から、関係人口的な意味合いで、地域と都市の学生とが深く出会えるような場を地域が作っていくときのサポートとしての広報の部分だったりとか、未来塾全体のブランディングなどをしています。

あとは、地域にあるものと未来塾らしさを掛け合わせるときに、いろいろ考えたりしてる全体統括みたいな部分になると思うんですけど、地域の色も入れながら未来塾らしさをどう担保していくかみたいなことを考えていくような役割になってるかなと思っています。

—地域の人に関わっていってもらう理由は?

あかりん
地域らしさっていうのをどうどういうふうに担保していくかっていうときに、私自身が未来塾に参加してすごい感じたんですけど、やっぱ人を通して見えてくるなっていうふうに思ってて。

そこで暮らしてる人とか仕事をしてる人って、どうあがいても地域の影響を受けている。その地域にある食べ物だったり自然だったり文化だったりいろんなものの影響を受けていて、そのときに人を通して見る地域に愛着が湧いたりとか、その人に会いに行きたいからもう1回行こうっていうような心理が働いたりして、そのうちに段々地域との関係性ができていくっていうプロセスを自分が踏んできてて。

そう思ったときに、外から行った人たちが「これが耶馬渓らしさなんだよ」とか、「耶馬渓の食べ物食べているから耶馬渓らしさだよね」とかじゃなくて、そこで暮らす人と一緒にやることで、より解像度の高いというか、そこで暮らしてる人を通して見える地域っていうのが学生たちに伝わるかなと思っています。

やっくん
あかりんが今言ってくれた通り、地域パートナーは、例えば耶馬溪だったり泰阜村らしさを体現してくれる人。
未来塾らしさを体現してくれる人は焚人という未来塾の過去参加者。
その2つの役割をコーディネートしてその場を作っていくっていうのが、未来塾コーディネーターっていう、その3つの役割で未来塾らしさっていうのを作っていきたいなと思っていて。

屋久島だけじゃなくて外でやっていくっていうことは、未来塾×その地域らしさということなので、未来塾自体の豊かさとか価値はすごくあると思うんですけど、やっぱり外でやっていくときには、その地域にとって意味のあることにしたいとも思っていて。

未来塾って、参加した学生がまた半年に1回ぐらい、もっとすごい人は2ヶ月に1回とか2週間に一度帰ってくる人がいるんですけど、その地域に本当に帰ってきたくなるような体験をして、また人に会いに帰りたくなるのが未来塾の良さなんです。

そういうときにやっぱりただ合宿をするっていうだけじゃなくてそこの地域の人に触れるってことを僕たちは大事にしていて、それを届けるために地域パートナーと連携をして、未来塾の全国展開を目指しているところです。

— 焚人についてもお聞きしていいですか?

あかりん
焚人っていうのは1回未来塾に参加した学生の子たちの中から、「もっと未来塾がどういうふうに作られてるのか知りたいな」とか、「未来塾の世界観を自分も表現してみたいなみたいな」と思った人たちが、一般的に言うと学生スタッフみたいな形で作るところから関わってくれる存在です。

オンラインで2週間に1回くらい、例えば対話や身体知などの未来塾で大事にしてるエッセンスについて講義的に話を聞いて、それを自分なりの言葉で表現できるように対話を重ねているような、そんな存在です。

やっぱり焚人自身も、実際自分が参加者でモヤモヤしてたという体験があるからこそ、もう一度焚人っていう形で関わることで、初めて参加した人たちに寄り添えたりとか「自分もそんな悩みあったよ」とか、「実際に今も現在進行形で悩み続けてるけどその葛藤はこんなものがあるんだよ」みたい自分の弱さとか葛藤をオープンにしてくれる存在だなと思ってて。

そうすることで参加者も「自分もそういうふうに思ってていいんだ」とか「モヤモヤしてていいんだ」と感じたり、最初にオープンにするきっかけを作ってくれるような存在だなって最近思ったりもしています。

あと焚人という選択肢があることで関わりしろが増えるかなと思ってて。「ずっと参加者はちょっと物足りないんだけど、でも未来塾っていうものに関わり続けたい」って思ってる子がいたときに、焚人っていう選択肢があることで、私もそうだったんですけど「ちょっとステップアップしてる感じもあるし、また関わろうかな」みたいに思ってもらいやすいかなと思ったりして。

—地域協力者に向けて伝えたいことはありますか?

あかりん
地域に実際に住んでる人からは、オファーしたときに「そんな大したことは話せないよ」というふうに返ってくることもあります。
けど良い話だけじゃなくて、ただその地域に暮らして、自分や地域のためを思って選択を重ねている、それが結果がどうであろうが、自分で決めて選択を重ねているということ自体が、大学生からしたらそれがもうすごいことだし、勇気をもらえることだし、それがもう地域らしさというか、意味なんじゃないのかなって思ってます。

やっくん
地域協力者からしたら、自分がやっていることに対してのフィードバックを純粋にもらえるから、例えば「耶馬渓に自分が感じていた価値は本当にあったんだ」とか、今の子たちにも自分のやってることはちゃんと届くんだっていうのがわかるっていうことがすごく嬉しいみたいで。

そういう意味で、啓介さんは「未来塾は屋久島をつくってるよね」って言ってくれてる。
地域の価値観を変えるって結構難しいし、評価するのが難しいって考えたときに、若者に評価してもらえるって純粋に嬉しいじゃないですか。自分の子どもが自分のやってることを褒めてくれたらそれだけでやる気出るのと一緒で、それってものすごいことだなって思ってます。


環境系学生未来塾は、2023年度はさらに2つの新たな地域での展開に挑戦していきます!

これからも、自分の価値観をもって人生を選択できる豊かさが広がっていきますように。

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