学習指導要領解説 各教科編「障害のある児童への配慮についての事項」を社会モデルで捉え直す 1.概要
1 学習指導要領解説「障害のある児童(生徒)への配慮についての事項」について
現行の学習指導要領解説には、各教科ごとに「障害のある児童(生徒)への配慮についての事項」が掲載されています。
例えば、「小学校学習指導要領(平成 29 年告示)解説 国語編」では、次のように記されています。
特に、後半部分の「例えば~」からは、国語科における合理的配慮の例を示しています。
手続き上の例示ではなく、個々の児童・生徒の困難さに応じた指導内容や指導方法を工夫する上での例示です。
学習指導要領解説 各教科編には、それぞれの教科に応じた上記のような「障害のある児童(生徒)への配慮についての事項」があり、合理的配慮の例示があります。
本Noteでは、各教科の「障害のある児童(生徒)への配慮についての事項」を「社会モデル」で捉え直す試みを行います。
2 「社会モデル」について
社会モデルとは、何か。
令和3年に文部科学省が取りまとめた「新しい時代の特別支援教育の在り方に関する有識者会議」では、次のように示されています。
「障害者が日常生活または社会生活において受ける制限」が「障害により起因する」という考え方は、「個人モデル」と言います。
したがって、「社会モデル」の考え方は、次のように定義できます。
障害者が日常生活又社会生活において受ける制限が、社会における様々な障壁と相対することによって生ずるものという考え方
3 全ての教師に求められる社会モデルの考え方
上記の引用は、「新しい時代の特別支援教育の在り方に関する有識者会議 報告」の「Ⅲ.特別支援教育を担う教師の専門性の向上 1.全ての教師に求められる特別支援教育に関する専門性」からです。
続きを引用します。
特に一文目が長いため、主語を明確にして整理します。
教師が、社会モデルの考え方を踏まえ、
1 教師が、障害による学習上又は生活上の困難について本人の立場に立って捉える
2 教師が、必要な支援の内容を一緒に考える
3 教師が、本人自ら合理的配慮を意思表明できるように促していく
上記のような「経験や態度の育成」が求められます。
さらに、こうした「経験や態度」を、
4 教師が、多様な教育的ニーズのある子供がいることを前提とした学級経営・授業づくりに生かしていく
つまり、全ての教師が、社会モデルの考え方を踏まえて、上記の1~4ができるようになることが求められています。
4 個人モデル中心の考え方から社会モデル中心の考え方へ
私たち教師は、個々の困難のある子どもの状況を「社会モデル」ではなく、「個人モデル」の考え方のみで捉えてきたことが多いかもしれません。
つまり、子どもの日常生活または社会生活において受ける制限を、「個人の障害に起因するもの」として考えてきた可能性があります。
この前提で提供されてきた合理的配慮は、たとえ「本人の立場に立って捉え」「一緒に考えて」も、「特別な配慮」になりがちです。
つまり、障害のある子どもが、障害のない子どもを基準に作られた学校に合わせるための「特別な配慮」となってしまいます。
そのような配慮は特別ゆえに、他の子どもたちや大人たちから「ずるい」「不公平」「わがまま」と捉えられることもあります。
また、こうした特別な配慮が前提での「意思表明」は、本来の形ではありません。
これからは、私たちは個々の困難のある子どもの状況を「社会モデル」で捉え直す必要があります。
つまり、子どもの日常生活または社会生活において受ける制限を、「社会における様々な障壁(=社会的障壁)との対立によって生じる」と捉え直します。
学校は、障害のない子どもを基準に作られているために、個々の子どもにとってその環境が社会的障壁となり、日常生活または社会生活において制限を受けていると考えます。
だからこそ、障害のある子どもが学校に合わせるのではなく、学校が(多様な子どもたちがいることを前提に)「本人の立場に立って捉え」「一緒に考え」、学校自体が合わせていきます。
こうした考えが学校に浸透すれば、「ずるい」「不公平」「わがまま」という言葉はやがては消えていくように思います。あえて言うならば、「ずるい」のは周りの子どもやそのような考えを容認している大人の方であり、「不公平」なのは困難を生じている子どもです。
現在の学校が障害のない子どもを基準に作られているために生じた社会的障壁を、可能な限り取り除くことが、本来の合理的配慮です。
そして、社会モデルの考え方に基づいた意思表明ができる環境をつくることが大切です。
5 社会モデル中心で考えるマインドセットの転換
先に示した引用の冒頭には、次の言葉がありました。
教師は、「障害のある人や子供との触れ合いを通して」、上記に示した1~4ができるようになることが求められています。
障害のある人や子どもの触れ合いは、極めて大切な手段です。
学校は障害のない子どもを基準として作られています。そのため、その環境にいる教師は、社会的障壁に気付きにくい立場にあります。
私たちが普段の生活で気付かないうちに、障害のある方にとって社会的障壁となる物理的なバリアや慣習、価値観が存在しています。
学校においても、私たちが気付かないうちに、特定の子どもたちが学校で排除されていることもあることがあるかもしれません。
また、これまでの個人モデルの考え方によって排除された経験をもつ子どもたちは、対話自体を難しいと感じる場合もあります。
子どもたちが直面している困難について、常にアンテナを高く張り、触れ合いを通して気付き、理解することが必要です。
しかし、触れ合いだけで全てが解決するわけではありません。
私たちが、「個人モデル」中心の考え方から「社会モデル」中心の考え方に移行するには、マインドセットを変える必要があります。
「社会モデル」の知識をしっかりと身に付け、その知識を使って考え続けることが重要です。
私自身も、障害のある子どもやマイノリティの子どもたちと出会う際、つい個人モデルの枠組みで考えてしまうことがあります。
現在、障害のない子どもを基準としてつくられている学校にいるからこそ、意識し続けて「社会モデル」の考え方に捉え直す努力が求められます。
6 「障害のある児童(生徒)への配慮についての事項」を社会モデルで捉え直す試みについて
このNoteでは、(1)から(5)の趣旨を踏まえ、学習指導要領解説各教科編にある「障害のある児童(生徒)への配慮についての事項」を、社会モデルで捉え直す試みを行います。
合理的配慮の例を社会モデルで捉え直す作業をすることで、マインドセットを変えることが目的です。
教師が、社会モデルの考え方を踏まえ、
1 教師が、障害による学習上又は生活上の困難について本人の立場に立って捉える
2 教師が、必要な支援の内容を一緒に考える
3 教師が、本人自ら合理的配慮を意思表明できるように促していく
4 教師が、多様な教育的ニーズのある子供がいることを前提とした学級経営・授業づくりに生かしていく
この中の最初の「教師が、社会モデルの考え方を踏まえ、」に対応します。
具体的には、各教科編の「障害のある児童(生徒)への配慮についての事項」の例示から、次のことを試みます。
1 一般的に生じるであろう社会的障壁を以下の視点で想定すること。
(1) 社会における事物(通行、利用しにくい施設、設備など)
(2) 制度(利用しにくい制度など)
(3) 慣行(障害のある方の存在を意識していない慣習、文化など)
(4) 観念(障害のある方への偏見など)
2 次に、この社会的障壁がすべての子どもたちにとって取り去っている公正な環境(基礎的環境整備、ユニバーサル・デザインとも言える)について想定すること。
社会的障壁の視点については、「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」及び「よくあるご質問と回答<国民向け>」で示されたものです。
本来の合理的配慮は、実際に困難を生じている子どもが存在していることを前提に検討されるべきものですが、本Noteの目的は、社会モデルで考えるマインドセットを培うことです。
実際の子どもでは、当然違う分析がなされるものであることをご理解ください。