戦後の金融体制を知る④2000年~2019年まで
【低下した世帯貯蓄率と2011年から赤字になった貿易】
2000年代の日本の経済は、成長していた80年代後期とは様変わりしました。
通貨レートに関連する変化は、2000年代から始まった日本の高齢化で、1980年代は世界一高かった貯蓄率が、もともと低かった米国と同等になってきました。さらに円安になっても輸出は増えなくなっていきました。
罪深いのは、2000年代の円安が日本人の所得を減らしたことです。
貿易の黒字が増えず、2011年から赤字になった原因は、円高ではなく、世帯貯蓄率の低下にあります。
世帯貯蓄の総額が世界一高いのは中国です。貯蓄率ではOECDのデータが2015年までしか中国はありませんので、現時点での比較はできませんが、おそらく貯蓄率でも世界一です。それは住宅ローンにGDPの20%を使っているからです。
経済学では、住宅ローンの返済は不動産の消費ではなく貯蓄になります。このローン返済額がGDPの20%になると、銀行預金が増えなくても貯蓄率は所得の20%に上がります。
マクロ経済学のISバランスとは、民間部門の貯蓄超過=政府の財政赤字+経常収支の黒字です。民間部門(企業+世帯)が貯蓄を超過させないと、財政赤字は賄えません。すると、国債の買い受けが困難になり、経常収支の黒字、つまり貿易収支の黒字は増えません。輸出の増加には、通貨安より貯蓄率の方が重要です。
貯蓄率の高い成長経済の時は、通貨高でも輸出が増えます。日本は2000年代の貯蓄が国内設備投資に向かわず、公共投資とドル買いになったため、潜在成長力(=生産性上昇×労働者数増加)は1%と低いままでした。これは、実質成長率はおよそ1%が限界という意味であり、それ以上の需要があるとインフレになります。需要がゼロ成長の時はデフレになります。
確認すべきは、米国がペトロダラーの通貨システムを守るためにフェイク情報を流して戦争をすることです。ペトロダラーの体制、つまり世界が外貨準備にドル買いをすることは、米国の安全保障です。付言しなければならないことは、経済がGDP=生産性上昇×労働者増加で成長する国は、通貨が高くなる中で輸出を増やして成長することです。
GDPの成長とは所得増加です。
「所得-消費」の貯蓄の大きさが貿易黒字の大きさになります。中国は住宅を買うので、世帯貯蓄率が30%、40%と非常に高くなっています。日本の世帯は所得が増えていないので、世知貯蓄率は5%以下と低くなります。1980年代は10%、2000年代は5%以下に下がりました。2021年のコロナの給付金1人10万円で一時的に上がっただけで、また下がりました。
GDP=生産性上昇×労働者数増加がない国は通貨がどんなに安くなっても、貿易黒字は増えません。これは、マクロ経済の基本原則です。ところが、日本は円を下げ、輸出を増やそうとします。自国通貨売りとドル買いの政策は国の経済を低下させます。2000年代の日本は誤った政策をとってしまいました。最終的な被害は世帯の平均所得の低下として表れています。
自国通貨を安くすれば、自国通貨ベースでのGDPは変わっていなくても、ドルベースでみればGODは減ったことになります。逆に円高にすれば、自国通貨ベースでは変わっていなくてもドルベースではGDPは増加します。1ドル100円の円高にすれば、実質賃金を1年に3%も下げて世帯を苦しめている現在のインフレはなくなります。
物価上昇がが3%、4%の国で賃金が上昇しないと、国民は悲観論一色となってしまいます。通貨が下落する国に明るい未来はありません。
1970年代から経常収支が赤字であり、海外からの商品輸入が多い米国は1990年以降、一貫してドル売りより、海外からのドル買いを増やすドル高政策です。米国のように貯蓄率が低下し、輸出が増えない経済ではこれが正しい方法です。
【2011年から赤字基調に転換した日本の貿易】
日本は2011年の東日本大震災の後、部品のサプライチェーンショックから加工貿易の製造業の工業生産と輸出が減ったことをきっかけにして、貿易が赤字の体質に転落しました。
原因は、いくつかあります。
①2101万人に増えた時間賃金が1000円と低い非正規雇用
②中小企業が約70%を占める現役世代の所得以下
③年収が200万円台の年金人口が総人口の30%の4051万人にも増えて、世帯の貯蓄率が低下したこと
世帯の貯蓄率が下がると、貿易は黒字になりにくくなります。ここで、再度ISバランスを見ておきます。
マクロ経済のISバランスでは、「民間の貯蓄増加=政府の財政赤字+経常収支の黒字」になります。政府の財政赤字は国債の発行になりますが、これより民間の貯蓄増加が大きくないと、経常収支の黒字は増えません。
経常収支の黒字は「貿易収支の黒字+対外資産からの所得収支」です。日本は対外資産の残高が2010年代から約1000兆円で、その配当と金利が20兆円あります。
日本経済は世帯所得が1995年から15%も減って、貯蓄率が米国と同等かそれ以下の5%に下がり、貿易が赤字の体質になっていましたが、円安幻想は残り、政府は円安を推進しました。円安になれば貿易が促進され、貿易黒字になると考えていたのです。しかし、所得が増えて貯蓄率が5%から10%台に上がらないと、貿易は黒字にはなりません。2012年以降の異次元緩和、つまり円安政策は誤りだったのです。
【アベノミクスの円安政策は実は誤りだった】
1980年代までは円安歓迎は正解でした。しかし、その後は間違いです。1980年代の幻想を追い続けた日本は30年間間違いを続けました。
原因は政府と日銀に世帯の貯蓄率が高まらないと貿易黒字が増えないISバランスへの認識が薄いところでは無いでしょうか。政府が円安にすれば、貿易黒字が増えるという間違った考え方に基づいた政策を続けたのです。これが2013年以降の世帯の生活を苦しくしました。
海外生産が70%のトヨタが代表である輸出型&海外生産型の大手企業だけを見て、企業数では99%の国内中小企業を見ていません。輸出企業の利益はドル高・円安で増えるように見えます。しかし、円安になると国内ではエネルギー・資源・食糧・商品の輸入価格が上がって、最終的には商品を買う世帯の支出負担になり、国としてのプラスマイナスはゼロです。
円安で価格が上がっても減らせないエネルギーと資源と食糧を輸入に頼る日本では、円安が国民生活に害を及ぼします。2022年の円安局面では、約100兆円の輸入物価が49.5%も上がって、インフレの原因となりました。
資源・エネルギーは100%輸入、食糧も60%輸入ですから、原油が円で2倍になると、電気・ガス・ガソリンは20から30%上昇します。
輸出数量の増加がない時の円安の為替差益、円高の為替差損は、実は意味がありません。5300万人の日本人世帯にとって輸入物価込みの価格で商品を買わなければならない円安は国民の側からすると一方的に損です。
通貨が長期に下がる国で経済が成長した事例はありません。英国では戦後の1ポンド1000円が今では185円です。通貨のポンドが81.5%下落して、世界経済における英国のシェアは激減しました。英国の植民地として資源と労働を搾取されていたインドのGDPは3.2兆ドル(448兆円)に増えて、3位の日本に迫っています。数年で日本を超え、世界3位になることは確実です。
戦前には、植民地を含む英連邦のGDPは世界一でした。現在の英国のGDPは世界の3.1%です。日本は1990年のGDPが世界の15%でした。銀行資産では40%でした。現在は、世界のGDPの4%に低下してしまいました。これが通貨安の国の経済の結果です。
【アベノミクスでの株価上昇の背景(2012年から2020年)】
不評だった民主党政権に代わって、2012年12月から第二次安倍政権になりました。安倍政権では、金利を0%にし、国債を増発して日銀が買う異次元緩和が、インフレ目標2%、名目GDP3%を実現させるとして、実行されました。
為替レートはすぐに反応して、2011年10月の1ドル75円から2015年6月の123円まで、62%の史上最大の円安となりました。
日銀が異例な民間の上場投資信託を37兆円購入し、年金基金を運用するGPIFも約50兆円も株を購入したことがきっかけとなり、株価は大きく上昇しました。2012年12月の日経平均株価8000円台から2015年1月には2万円まで、3年で2.5倍に上がりました。
個人投資家の株買いも増えました。株価は政府・日銀の目標ではありませんでしたが、予想以上に成功しました。
しかし、目標として物価上昇2%は達成できず、世帯所得も増えませんでした。円安で輸入は増えましたが、輸出は増えず、貿易は赤字ギリギリでした。
株価が好調を示していたので、国民は実体経済が好転したような幻覚を持っていました。しかし、アベノミクスの結果は、「金融の異次元緩和による株価上昇と円安」だけでした。
子供がいる世帯の平均の世帯所得は1996年が781万円でピークでした。2015年には707万円へと74万円(9.5%)下がっています。5300万の世帯平均では1996年が664万円、2015年545万円と119万円(17%)も減っています。これほど世帯所得が減り続けて、貿易を黒字にする貯蓄率が10%以上になるわけがありません。
日本は1995年ころから輸出主導で成長する経済ではなくなりました。円安は世帯にとって輸入のエネルギーや商品、資材などの物価が上がるだけでメリットはありません。逆に世帯にとっては、輸入物価を下げる円高の方が必要となっています。政府は今でも円安で輸出を増やして・・・と思っているのではないでしょうか。
2020年4月以降の2万円台から3万円台への日経平均株価の上昇は、コロナパンデミック対策としてGDPの約20%の107兆円の二度の補正予算の財政支出によるものでした。
米国と欧州でもGDPの約20%をコロナ特別支出した結果は、2020年から21年の株価と不動産を上げました。21年の米国での株価上昇は、2020年のS&P500の3130が4700へと50%も上がる大きなものでした。
世界の株価は、世界のマネーがコロナ対策で過剰ななか、投資家の買い方から見れば、コロナとウクライナ戦争で起きた金融緩和とインフレによるバブルだったと言えます。
コロナ以降は空前の世界的資産バブルが発生したのです。