企業物価、川下への転嫁続く インフレ圧力長引く恐れ~企業物価指数と消費者物価指数、GDPデフレーターを知る~【日経新聞をより深く】
1.企業物価、川下への転嫁続く インフレ圧力長引く恐れ
2.物価変動を知る重要性
現在の日本経済は長らく続いたデフレに苦しんだ後、世界的なインフレの波を受けて、物価上昇が起き始めています。物価の変動は重要な経済問題の一つです。
物価変動に関しては、物価の継続的な上昇をインフレ(インフレーション)、持続的な下落をデフレ(デフレーション)と呼びます。例えば、インフレが続くということは、それだけ人々の購買力が下落するということにほかなりません。仮に名目GDPが2倍になったとしても、物価が2倍になれば、私たちの実質所得水準(名目GDP÷物価水準)は以前と変わらないということになるでしょう。
私たちが本当に知りたいのは所得水準の購買力の変化であり、名目的な(貨幣単位で測った)所得の水準ではないことを考えれば、各時点における名目GDPのみならず、物価水準の変化を考慮した実質GDPについても知ることが大切になります。
経済の実質的な状況を知るためには、物価の変動を知ることが非常に重要なのです。
では、物価水準の変化を知るメジャーは、どのようなものでしょうか。ここでは、しばしば新聞紙上等に現れる、GDPデフレーター、消費者物価指数(CPI:Consumer Price Index)、企業物価指数(CPGI:Corporate Goods Price Index)などの物価指数の算定方法について考えてみます。
3.物価変動の測り方
(1)GDPデフレーター
まず、名目GDPと実質GDPの区別から始めることとします。名目GDPとは、国内で生産されたすべての財の生産数量に、その年の各財の市場価格をそれぞれ乗じ、その和を計算したものです。
あるt年の生産物の産出量をQ、価格をPとすれば、t年目の名目GDPは∑QtPt(=P₁Q₁+P₂Q₂・・・)と表せます。ここで、∑(シグマ)は、「すべての生産物について合計する」という意味です。つまり足し算の記号です。したがって、名目GDPが増加するのはPが上昇するか、Qが上昇するか(もしくは双方)によるものといえます。
実質GDPは、このうちPの上昇分を分離し、生産量Qの変化だけを観察するための指標です。そのため、比較する2期間の価格を不変に保つことが必要になります。つまり、t年の実質GDPは、基準年次の価格をP₀と知れば、∑P₀Qとあらわす(P₀を不変に保っている)ことができます。
この時、GDPデフレーターは、名目GDPと実質GDPの比率として定義されます。すなわち、基準年次のGDPデフレーターの指数を100とすれば、t年におけるGDPデフレーターは以下のようになります。
∑PtQt/∑P₀Qt×100
とあらわすことができます。ここで100を乗じているのは、基準年次の指数の値を1ではなく、100であらわしているからです。
このように、比較すべき時点の数量Qtをウェイトとして計算した指数は、「パーシェ指数」と呼ばれています。パーシェ指数によって計算されたGDPデフレーターの意味は次のように要約できるでしょう。
「t年に生産された財の数量を、そっくりそのまま基準年次の価格で買っていたとした場合に、基準年次と比べてt年ではどの程度支出が変化しているのかを示しているのがGDPデフレーターである」
例えば、2015年を100としたときの、2020年におけるGDPデフレーターの値が103だったとします。その場合、あなたが2020年とまったく同じ生産物を同じ量だけ基準年次の2015年に買っていたとすれば、2020年の方が2015年に比べて3%余計に支払わなければならない、ということになります。
さて、GDPデフレーターは基本的には上記のような手順で計算されるわけですが、現在では、さらにもう一手間かけて算出されています。通常、デフレーターを算出するさいの基準年は5年間固定されるのですが、この場合、次ような問題が生じます。
それは、基準年を5年固定すると、その間に大きな価格変化があった場合、その変化に対応できないというものです。例えば、電子機器など価格の変化に激しい品物を考えてみてください。実際の価格がいちじるしく下落しているのに、デフレーター算出の際には基準年の価格をずっと使うとすると、デフレーターの計算値と実態が乖離し、ひいては実質GDPの計測も正確さを失うことになってしまいます。
こういった事態を避けるため、現在ではデフレーターの算出に際して連鎖方式という計算方法が用いられています。
連鎖方式によるデフレーターの算出は次のようになされます。例えば、2020年を出発点として2022年のデフレーターを算出する場合は、次のようになります。
2022年のデフレーター(2020年基準)
=2021年の名目GDP/2021年の実質GDP×2022年の名目GDP/2022年の実質GDP(2021年基準)×100
=2020年を基準年とした2021年のGDPデフレーター×2021年を基準年として2022年のGDPデフレーター×100
連鎖方式では、毎年基準年が更新されていくのです。こうして基準年を固定しないことによって、価格変化による歪みの影響を緩和することができるのです。(実質GDP(支出系列)における連鎖方式の導入について/平成16年11月内閣府・経済社会総合研究所・国民経済計算部)
(2)CPIとCGPI
私たちの日常生活にとっていちばんなじみのある指数といえば、消費者物価指数(CPI)でしょう。CPIの計算の仕組みは、全国の世帯の消費内容の平均像をまず定め、それと同じ内容の物を異なる時点で購入すれば、基準時点(=100)に比べて、どれだけ平均価格が変化しているかを算定する方法をとっています。
たとえば、2023年現在で基準として使われているのは、2020年時点の「マーケット・バスケット」です。「マーケット・バスケット」というのは、平均的な家庭が買い物に出かけて買ってくる商品の組み合わせのことです。
この「買い物かご」に入れる消費財(理髪などのサービスも含む)を構成する品目は、生活で使われるあらゆる商品を含むわけではなく、生活するうえで重要とみなされるもの(平均的消費者が消費支出額の1万分の1以上の支出をした商品サービス)だけが選ばれるのです。
この「マーケット・バスケット」は総務省の「全国消費実態調査」にもとづいて5年ごとに決定されているものですが、その構成品目は、あくまで全国平均世帯(所得水準、生活様式、地域別構成、家族構成など様々な側面からみて平均的な世帯)の消費行動を反映したものにすぎません。
さらにCPIを算出する際には、各品目の重要度に応じてウェイト付けしますが、これも平均世帯のウェイトが使われます。したがって、ある特定の過程の主婦/主婦が日常感じている物価の上がり方とCPIの変化が一致しないとしても、それは致し方ないことです。
さて、CPIが小売りレベルの価格を指数化したものであるのに対して、企業物価指数(CPGI)は取引のごく初期の段階での、主として企業間の取引に使われる価格を指数化したものです。
また、対象商品もCPGIの場合は、原材料や中間製品をも含むのが特徴で、したがって、CPIやGDPデフレーターの「先行指標」(将来の動向に先立って変化する指標)としての役割を受け持っているといえましょう。
ところで、CPIとCGPIの算出方法についてですが、GDPデフレーターが「パーシェ指数」によって算出されるのに対して、CPIやCGPIは「ラスパイレス指数」にもとづいて作成されます。
ラスパレス指数は、パーシェ指数と違って、「財の数量構成」を基準年次で固定します。基準年次の財iの数量をQiとすると、ある年におけるCPIまたはCGPIは、以下のようになります。
∑PtQ₀/∑P₀Q₀×100
つまり、ラスパイレス指数によって算出されるCPIやCGPIは「基準年次に買った財の組み合わせをt年にもまたく同じだけ買うとした場合に、t年では基準年次に比べてどれだけ多く支払わねばならないかを示す指数」です。
例えば、CPIとCGPIの基準年次を2020年とした場合、2023年1月のCPIは102.2、CGPIは119.8でした。これは、CPIについては、2020年と同じ財を2023年1月に購入すれば2.2%高くつくことを示しており、CGPIについては、2020年と同じ財を2023年1月では19.8%高く購入しなければならないことを示しています。
また、CPI、CGPIについても、基準年を一定期間(5年)固定することによる問題が生じます。このため、CPI、CGPIについてもGDPデフレーターのように連鎖指数を算出することが試みられていますが、こちらはメインの指数ではなく、参考系列という扱いになっています。
(3)3つの物価指数の異なる動き
上記3つのグラフを見ると、GDPデフレーター、CPI、CGPIの動きとははっていません。これは、GDPデフレーターとCPI、CGPIとでは、指数計算の方法自体が異なるほかにも、重要な相違点があるからです。
それは、対象となる財の範囲が異なるというものです。GDPデフレーターは、GDP計算の対象となるすべての品目を対象としてます。一方、CPIとCGPIの場合は、それぞれ消費財、原材料や中間製品の「マーケット・バスケット」に限定されていますから、その範囲はずっと狭くなります。
また、GDPデフレーターは、国内で生産されたものだけの指数ですが、CPIは輸入品も含まれたものであったり、CGPIは企業の流通段階の品目であったりします。このように、それぞれ異なる特徴を持っていることにも注意が必要です。
実際のデータで2000年に入ってからの動きをみると、2020年まではCPI、CGPIは多少の上下はあるものの概ね横ばいが続いています。それに対して、GDPデフレーターは下落が続いています。
さらに、2021年以降の急激な上昇に対して、GDPデフレーターはいまだはっきりとした上昇は見えません。
CPIの前年同期比の上昇率は4%を超え、CGPIは2022年には2度、上昇率は10%を超えました。しかし、最も範囲の広いGDPデフレーターに変化が見えないのは、まだインフレが定着したとは言えないとも見えます。
4.インフレは厄介
日銀の政策決定会合後に発表された「当面の金融政策運営について」は毎度おなじみのフレーズがあります。
CPIの上昇率が前年同期比4%を超えても、CGPIが8%~10%となっても、やはり、日銀の見方は、安定的ではないということでしょう。そのため、大規模金融緩和を継続です。
もちろん、これは、4月に日銀総裁が代わるために、政策変更は難しかったという側面もあるでしょう。
しかし、大規模金融緩和が長引けば、その分、イールドカーブ・コントロールで抑え込んだ金利が自然な金利から離れていきます。すなわち金融正常化に向かった時に、金利上昇の副作用が大きくなることになります。
米国ではリーマンショック後では最大となるシリコンバレーバンクが破綻しました。FRBの利上げによる含み損が大きな要因です。そのあおりを受けた企業が出たり、米ドルに連動するよう設計されたステーブルコインの運営会社(米・サークル)が資金を引き出せず、コインが急落したりしています。
FRBはさらに金利を引き上げると予測されていますが、その先にはさらなる危機が待ち受けています。しかし、もしも、金融危機となっても、リーマンショックの時のような金融緩和を実施することはできません。それをすれば、さらなるインフレを招く恐れが高いからです。
日本も他人事ではありません。米国ほどのインフレや米国ほどの金利上昇がなくても、日本は長く超低金利、大規模金融緩和で禁止上昇に対する耐性がありません。
確かにGDPデフレーターは大きな変化をしていませんが、すでにCPI、CGPIが高くなっている以上、金融政策を見直していかなければ、金利上昇の副作用で、国債を保有している金融機関では巨額の含み損を抱えるところが出てくるはずです。
CPIの上昇、CGPIの上昇を本格的に検証しなければならないときだと思います。
未来創造パートナー 宮野宏樹
【日経新聞から学ぶ】