見出し画像

日本円の為替レートについて考える②

【通貨介入について考える】
執筆を始めた今は、日本時間で2024年4月5日22時です。米国では4月第1週の金曜日に当たりますので、雇用統計が発表されました。結果は予想よりもかなり強く就業者数は20万人の事前予想に対して、30万3000人でした。

ドル高円安の要因です。さらに円安が進むのではと思われます。執筆時点では151.7円を前後しています。

(出典:TRADING ECONOMICS/ドルー円為替)

通貨介入も取りざたされていますが、これ以上の円安では介入も考えるべき水準です。

1日に180兆円もの円の売買がありますから、前回の2022年の9.2兆円を上回る規模でなければ通貨レートは動かないでしょう。

為替介入の可否は財務相が判断し、日銀が代理人となります。財務省はボラティリティ(変動率)に基づいて判断していると強調してきました。鈴木俊一財務相は3月29日の記者会見で、152円が円買い介入に踏み切る水準かと問われると「水準が問題ではなく動き、変化に注目している」と述べました。その上で「具体的な防衛ラインは無い」と明言しています。

財務省が変動率を判断基準として強調する背景には、「国際的な為替介入ルール」があります。為替急変を緩和するための介入である「スムージング・オペレーション(円滑化介入)」は認めても、水準そのものを動かす介入には批判が強いのです。G7の声明にも「為替レートは相場で決まる」「競争力のために為替レートを目標にしない」との記載があります。為替の変動率のみを判断材料とするならば、介入実施の大義名分は乏しいと言えます。

また、円買い介入効果については、懐疑的な声も多くあります。円買い・ドル売り介入の場合、外貨準備に計上されるドルが原資となります。外貨準備は、政府の外国為替資金特別会計(外為特会)と日銀が保有する原資で構成されます。

日銀は外貨準備のドルを民間銀行に売り、同時に円を買う取引をします。民間銀行は日銀から買ったドルを市場に売り、日銀に売る円を市場で買います。この取引を通じて市場で円の需要を強め、円高方向への誘導を狙います。

22年10月21日の円買い介入額は5兆6202億円で、一日当たりの規模はデータを公表している1991年4月以降の円買い介入で最大でした。それにもかかわらず、円相場は1年ほどで151円台後半まで再び下落しました。日米金利差や貿易収支の赤字定着に基づく円安圧力が強いことを示しています。

直近では新NISA拡大で、個人の海外投資が増えたことも円安の背景にあります。実需が円売りに傾いており、少々の介入では円安を食い止められない可能性が大です。つまり、大きな効果を得ようとすれば、前回規模よりも大きく、それも2倍など巨額な資金が必要かもしれません。

しかし、円安を放置すれば、輸入物価が上昇し、物価上昇の要因となります。日本の消費者物価指数の上昇はかなりの要因として過度の円安による輸入物価の上昇です。日銀が実施した「生活意識に関するアンケート調査」によると、1年前に比べ現在の物価は何%程度変化したと思うかという質問への回答の平均は16.1%となっています。この実感が、店頭で国民が感じている物価ということです。

やはり、円安は放置できないというべきでしょう。

(出典:「生活意識に関するアンケート調査」(第96回<2023年12月調査>)の結果)

【世界の通貨に対する円の実力、実質実効為替レートを見る】
実質実効為替レートという指数があります。これは世界64カ国の通貨に対して円の実力を示す指数です。

(出典:BISデータより筆者作成)

1970年の1月の67.99からピークの1995年4月193.97までは、2.85倍に上がっています。1985年のプラザ合意の後、円高不況を乗り越えるための利下げと日銀によるマネー増刷で生じたバブルがあっても円の実力は上昇していました。理由は日本に貿易黒字で入ってきたドルを円に換える「ドル売り/円買い」が続いたからです。ドル売り/円買いは円高の要素となります。

<日本の黄金期だった1980年代>
1980年代は、日本経済の黄金期だったと言えるでしょう。この時期は、「貿易黒字+所得収支黒字=経常収支の黒字(約30兆円)」が円を高くしていました。これが上記のグラフで見る1995年までの「円高=ドル安」の原理でした。

<日本経済の暗闇だった1990年代>
1995年4月のピークから、リーマンショックの前の2007年7月には101.65まで約半分の52%下がっています。1ドル79円だった円は12年後には120円にまで下がったのです。

原因は1997年の資産バブル崩壊後の日本の銀行危機からくる日銀のゼロ金利政策と、日本経済のゼロ成長でした。(ゼロ成長の主因は高齢化か)

<2008年~2012年>
2008年から2012年は、円の実力は上昇しました。2008年1月109.12から2012年6月131.89へと、約23%上昇しています。ドルとのレートでは、1ドル120円(2008年)から77円(2012年)への再びの円高でした。

原因は、米国のリーマンショック(金融危機=ドル危機)によるドル安と、FRBによる銀行危機救済のための3兆ドルのドル増刷でした。(他国より多く増刷された通貨は1単位の価値が下がる)

銀行の救済(ベイル・アウト)として、FRBが利下げをし、加えて3兆ドルが増刷されたため、ドルの1単位の価値が下がったのです。

この時期の円高は決して日本経済が好調だったからではなく、米国のドル危機によるドル増刷がドル安となり、円高の要因となったということです。

<アベノミクス・黒田日銀の超金融緩和>
2013年から2020年まで円の実質実効為替レートは急落しました。2012年6月131.89から2020年12月には97.44へと26%下落します。

原因は日銀が開始した円国債の大量購入の異次元緩和(当初60兆円/年、その後は80兆円/年の円の増刷)、それと金利がマイナスから0%となったことです。

GDPに対して他国より通貨発行量が増えた通貨はレートが下がります。これがはっきりと起きました。

<コロナ・パンデミック期/世界のゼロ金利期>
この時期、円の実質実効為替レートは大きく下げました。約27%の下落です。2020年6月に100.94だったのが、2023年12月には73.56となっています。円-ドルの為替レートは106円(2020年)から151円と30%の円安です。

米国でもコロナ対策のドル増刷(4兆ドル)がありましたが、GDPに対する円の増刷が大きかったため、円がより大きく下げたのです。

GDPに対して他国より通貨発行量が増え、相対的な金利が低い通貨は大きく売られてレートが下がります。この時、株価や不動産は上がりますが、国内のGDPと世帯の所得は増えません。

ドルの短期金利(政策金利)は5%~5.25%、マイナス金利を脱したとはいえ、円の金利は0.1%付近です。金利差が5%もあります。この日米金利差が1ドル151円台の円安の主因です。

(出典:TRADING ECONOMICSより筆者作成)

【貿易赤字転落という日本の構造変化】
2011年から円の流れに大きな構造変化が起こっています。2010年までは強かった貿易が赤字基調へと転落しました。

(出典:財務省/貿易統計)

2011年、原子力発電所停止による燃料輸入増加を背景に貿易収支は赤字に転落しました。2015年以降は、貿易収支がほぼ均衡するようになりました。つまり、収支トントンということです。

しかし、2022年2月のロシアのウクライナ侵攻以降、エネルギー価格が高騰したことで、日本の輸入総額が増加し、貿易赤字が拡大しました。

そして、根底にある問題は企業が海外利益を円転しなくなったことが挙げられます。海外工場の収入を以前は円転(ドル売り/円買い)していましたが、円転をしなくなり、海外(米国)でドルのまま運用するように変わりました。

原因は日本経済の成長が米国よりも低いことです。長期の円安でも、工場が日本に回帰することはなくなりました。海外工場への投資額は約275兆円、海外工場からの日本への直接投資は46兆円です。

(出典:財務省ホームページ/資料は2023年5月26日付)

この貿易の赤字基調は円安の要因であり、円安がさらに貿易赤字を膨らませています。そして、日米金利差が拡大したことで、「円売り/ドル買い」と「円キャリートレード(金利の低い円を借りて、米国株、日本株を買う運用)が増えました。

結果、米国株も上がり、日本株も4万円台に乗せました。ただ、円は151円という円安となっています。

この円安で良かったこととしては、海外投資家が円安のためにバーゲンセールのように安い日本株を買い越し続けたことで、日経平均株価が上昇したことでしょう。(自社株買いが2倍に増えたことも株高の要因)

しかし、輸出企業と海外生産以外の日本経済、金融、国民の実質所得、ゼロ金利の預金は151円台の円安とその円安によって輸入物価が上昇したことを主因とするインフレですべてが悪くなっているように思われます。

【政府・日銀の認識はおかしいと思う】
政府・日銀の認識はズレているように感じます。円安とはドル買いということですが、これを政府・日銀は米国の株高維持のために容認している、もしくは推奨している節があります。

東京証券取引所では、海外投資家の売買が70%近くを占めるため、米国株の上昇によって利益を得る海外投資家は、日本株も買い越し、買い増しし、日本株も連れて上昇するという連鎖の構造があるからです。

(出典:TRADING ECONOMICS/日経平均株価とS&P500)

日米の両方とも史上最高値圏で推移していますが、株価上昇は次のような構造です。

①日米金利差による円売り/ドル買い
②米国の政策金利が5%と高い中で、ドルが買われているため米国のマネー量が増加
③米国株買いによって米国株価上昇
④米ファンドの金利が0.1%の円キャリートレードによる日本株、米国株の買い越し
⑤米国株も上がり、日経平均株価も4万円越え

このような構造での株価上昇は脆弱であり、リスクが高いと考えます。

米国株はAIバブルであるという認識が広がると、急落する可能性があります。そして、その危険性がそろそろ出てきています。これまで上昇に次ぐ上昇だった、NVIDIAもピーク打った感があります。相場を引っ張ってきたマグニフィセント7(マイクロソフト、メタ、アップル、アルファベット<グーグル>、アマゾン、テスラ、NVIDIA)の行方にすべてがかかっていると言っても過言ではありません。この構造はリスクが高い。

(出典:TRADING ECONOMICS)

そして、日本株は、限界がある海外投資家の買い越しが、売り越しに転じると急落するでしょう。

政府・日銀は、現在の状況は株価バブルを懸念すべき時です。この株価の上昇は実態経済に即したものではなく、過剰な円安が生み出したものであり、この歪みを放置すれば、一時的にはまだ株価は上がるかもしれませんが、歪みが修正される際のバブル崩壊の方が怖い。

インフレでも、尚もほぼゼロ金利を続け、金融緩和策を続ける日銀の政策は、そろそろ限界に近い。2013年のアベノミクス以降、米ドルを買い続け、過剰な円安を招いている円が日米の株価バブルの原因です。

私見では、少なくとも130円、理想は120円付近まで円高誘導するべきと考えます。株高は海外勢の購入によるもので、その原資は安い円が基。多少の株価下落があったとしても、これ以上の円の下落は国民の生活を圧迫します。輸入物価が上昇し、インフレが加速します。

しかし、政府はその真逆を行っています。岸田首相は日本のマネーを米国に振り向けようとしています。2023年10月に米国の投資ファンド最大手、ブラックロックのラリー・フィンク最高経営責任者(CEO)と会食しています。ブラックロックは2023年末時点で10兆ドルの運用資産残高(AUM)を誇る資産運用会社です。

そして、2024年3月21日に再び面会しています。

しっかりと営業されたのでしょう。日本の首相は、証券会社のCEOから営業されて、日本の資金をブラックロックの投資信託に振り向けることを約束しているのと思われます。ラリー・フィンクは日本の資金を獲得するために来ています。

これはドル買い/円売りの円安要因です。

円安は海外市場に売る輸出企業と海外工場にとっては為替利益につながりますが、国内では輸入関連企業と円で所得を得ている国民は為替差損で損をしています。

実質実効為替レートを見れば一目瞭然ですが、日本経済が成長し、企業と国民の所得が増えた時期は円高でした。(1970年~1995年)。日本経済が成長せず、国民の所得が増えなくなった1995年からは円安です。

1985年のプラザ合意での円高不況以降、約40年もの間、円高を嫌い、円安を好んだ政府、日銀、マスコミはこの状況をどう説明するのでしょうか。

インフレと政府の要請による受動的な賃上げでは好循環は生まれません。労働者の総数が減少する中で、日本経済全体の生産性向上が5%以上ないと、賃金の5%上昇分を物価に転化するインフレとなるだけです。物価上昇を超える賃金上昇の長期化は起きないでしょう。

今、必要なことは、人的生産性向上による企業の能動的賃上げと、円安からの脱却です。

日本は円安ではなく、円高に舵を切るべきと考えますが、いかがでしょうか。

このテーマ終わり


いいなと思ったら応援しよう!

宮野宏樹(Hiroki Miyano)@View the world
自分が関心があることを多くの人にもシェアすることで、より広く世の中を動きを知っていただきたいと思い、執筆しております。もし、よろしければ、サポートお願いします!サポートしていただいたものは、より記事の質を上げるために使わせていただきますm(__)m