日米欧の6中銀、ドル供給強化で協調 金融不安に対応~ミンスキーモーメントが来た~【日経新聞をより深く】
2.ミンスキーモーメント到来
ミンスキー・モーメントはミンスキーの瞬間とも呼ばれ、バブル的な信用(債務)膨張に支えられていた経済において、長く隠れていたリスク(問題)が突然顕在化し、慌てふためいた投資家による資産の投げ売りがマーケットの暴落を誘発する瞬間を指します。
「Minsky Moment」という呼称は、米国の経済学者であったハイマン・ミンスキー(1919年9月23日-1996年10月24日)にちなんだもので、1998年のロシア財政危機を説明する際に、米国のエコノミストのポール・マカリーによって作り出されたそうです。
今、この瞬間が到来したのかもしれません。
2022年9月末の英国の年金基金の事例もこのような状況でした。バブル的な信用(債務)の膨張とは、「借入で国債・債券を購入する⇒購入した国債・債券を担保にお金を借りる⇒借りたお金で国債・債券を購入する⇒購入した国債・を担保にお金を借りる⇒借りたお金で国債・債券を購入する・・・」これが幾重にも重なっている状態です。多重レバレッジともいわれます。
英国の年金基金がこれを行っていました。その時10%に達していたインフレの為、イングランド銀行は金利を引き上げていました。金利が上昇したため、年金基金が保有していた国債の価格が下落しました。また、担保に差し入れていた国債価格も下落しましたので、担保割れを起こしたのです。結果、追証(追加担保:マージンコール)が発生しました。その追証を支払うために年金基金は保有国債を売却することとなります。すると、ますます国債価格は下落し、金利は上昇。更なる追証が発生していったのです。結果、破綻寸前に追い込まれ、最後はイングランド銀行が年金基金の国債を購入して、ポンドを供給して、何とか鎮めました。
2021年まで英国債の金利は0.5%から1%付近と低かったのです。このため、英国年金基金は、実質がマイナスの金利マネーのキャリー・トレードを幾重にも行って運用利回りを高めていたのです。まさに、ミンスキー・モーメントです。金利が上がると、レバレッジの高い運用モデルは、簡単に破産します。
キャリー・トレードとは銀行間のオーバーナイト金利のレポ金融で、実質金利がマイナスのマネーを借り、それより高い金利の国債、債券、株、通貨を買って利益を増やすことを言います。中央銀行が利上げをして、短期金利が上がっていくと、借入金の利払いが増えて損失を抱えます。キャリー・トレードを何重にも繰り返すと、リスクが高い多重レバレッジになります。
金利が上がった2022年から2023年の始めは、国債、債券を保有している銀行、機関投資家、様々ななファンドにとっては、保有資産の下落が起こっていたのです。
2008年のリーマン危機の後のゼロ金利と2020年のコロナ危機(3月)のあとのゼロ金利(合計で13年間)が債務の膨張、言い換えれば、マネーの運用機関に多重のレバレッジを抱えるようにさせたのです。銀行間のレポ金融で払うオーバーナイト金利が0%、長期国債金利が2%なら誰でもこれを行うでしょう。
「多重レバレッジ」の生み出したのは誰だと遡っていくと、例外なく景気浮揚の目的で実質金利をマイナスにして通貨を増刷する中央銀行に行きつきます。金融緩和が景気浮揚(設備投資の増加)に効果があるとされているからです。2000年代の実際の効果は、1990年以前より、はるかに低くなっています。GDPの期待成長率が2%台に低下し、金利以上のROI(利益÷投資額)が必要な設備投資ではなく、ゼロ金利での買い入れによる金融商品の買い(投機)に回るものが、圧倒的に多くなったからです。
ここで、金利変動と国債価格の関係について見ておきます。金利が上がると、発行時の固定金利の国債価格は下がり、リスク資産になります。金融緩和の過程で上昇してきた株価も下がります。
例えば、5%のインフレで10年経てば、10年後の物価は1.62倍に上がると予想されます。しかし、ゼロ金利国債の額面100万円が、満期に償還されても100万円です。
10年後の100万円は「100万円÷1.62=61.7万円」の価値です。このため満期まで10年の国債価格は38.7%下がって、61.7万円に下がるのです。国債の金利は、発行時の固定金利だからです。
借入の担保に国債が使われるのは、「最も信用の高い債券」と、各国の財務省が決めているからです。(制度的な信用)債務証券である債券の信用とは、利払いと満期償還に100%間違いがないとする信用です。民間銀行も財務省の誘導下にあります。そのため、この制度的な信用の元に業務を行っています。政府と財務省は実際には中央銀行の指示・命令しています。政府と国会が、人事権を持っているからです。中央銀行は政府から、実際には独立していないと言えます。
1971年のニクソンショック以降のドル金本位制の崩壊の後のバブルとバブル崩壊は、価値の根拠がない信用通貨を机上論では無限発行ができる中央銀行が引き起こします。
通貨を無限発行すれば、1単位の通貨価値(購買力)は1兆分の1にさえなります。ドイツは第一次世界大戦の敗戦の後、1枚の額面が1兆マルクの紙幣を発行しました(1923年)。結果は、物価も1兆倍。ドイツはその後、1兆マルクを1マルクにデノミして、このハイパー・インフレを収めました。これが世界市場最大の倍率のバブルでした。
近年ではジンバブエの政府デス。石油輸出機構のベネズエラのインフレも2019年1月は、2万6,000倍でした。このハイパー・インフレで実質GDPは8年間で75%縮小しました。2022年のインフレは210%に下がっています。自国通貨を統制して減らし、経済のドル化も推進したからです。実質GDPの成長は、現在7.6%に回復しています。ハイパー・インフレは、国民は預金資産を失いますが、通貨のデノミと統制で収束します。
3.ミンスキーの金融不安定性仮説と流動性危機
ハイマン・ミンスキーは金融不安定性仮説(Financial Instability Hypothesis:FIH)を提唱しています。ミンスキーのFIHは、資本主義経済が内生的な運動の結果として流動性危機を惹起し、深刻な負債デフレに陥ることを示す理論です。ミンスキーはそれを「キャッシュフロ―・アプローチ」で説明しようとしました。現代資本主義では、投資や耐久消費財の購入は多くの場合、借入や負債の形での資金調達を必要とします。そのため、全ての経済主体が金融契約を履行できる流動性と支払能力を持つ必要があります。こうした発想に基づいて、ミンスキーは金融契約を「ヘッジ金融」「投機的金融」「ポンジ金融」の3つの形態に分類しました。
1)第一段階 ヘッジ金融
ヘッジ金融は、資本資産からの所得キャッシュフローが全期間を通して負債の債務履行に必要なキャッシュフロ―が全期間を通して、負債の債務履行に必要なキャッシュフローを上回る状態を指します。企業でいえば、営業キャッシュフローで、投資や財務キャッシュフロ―の赤字(=支出)をカバーできる状態です。
2)第二段階 投機的金融
投機的金融は所得キャッシュフロ―が近い将来に負債の元本と利子を含めた債務履行に必要なキャッシュフロ―を下回るものの、負債の利子費用に関しては上回る状態を指します。そのため、長期的には所得キャッシュフローの増加や元本の返済が進んでヘッジ金融になることが期待されますが、短期的には債務履行のために元本の借り換えか資産の売却が必要になります。
企業でいえば、借りた元本の返済には資産の売却が必要で、資金繰りのためには、借り換えを絶対に成功させなければならないという投機的な状態にあります。元本の借り換え(ロールオーバー)に失敗すれば、倒産する状態です。利益が出ている企業に対しては、銀行が元本の返済分を貸して返済したようにし、実際は返済期限を延期することが多いです。
日本政府、米国政府、欧州の各国政府(ドイツを除くEUと英国)、中国と全世界がミンスキーのFIHの第二段階の投機的な金融の段階にあります。
民間金融機関も同じことがいえ、これが、最も金利を引き上げた米国から露わになってきました。
国家でいうと、国債の利払いはできても、税収では元本の返済ができない。このため、世界の政府は借換債を発行してそれを購入してもらうことで、既発国債の満期返済をしています。
日本のケースでは国債金利が上がって、国債の買い手が減り、借換債の発行ができなくなった時、政府の財政は財政資金の不足から破産します。日本では2022年に借換債が152.9兆円もあります。GDP比260%の国債残高1,005.7兆円の平均満期は8.6年です。一般会計の支出の方が多い赤字財政の政府には、国債の返済のお金はありません。このため、満期を先に飛ばして延期するための借換債152.9兆円です。
借換債と当年度赤字国債62.1兆円の合計215兆円が1年間の国債発行額です。GDPの40%にあたる巨大国債を政府は発行しています。
政府は1年に215兆円の国債を発行しなければならないので、金利が2%にでもなれば、国債の引き受け何が生じて、財政破産に向かうのではと思います。このため、日銀はインフレが4%になっても頑固に利上げをせず、長期金利を抑え込んでいるのです。
3)第三段階 ポンジ金融
ポンジ金融は所得キャッシュフローが近い将来の時点から元本のみならず利子分に関しても債務履行の必要額を下回る状態を指します。そのため、ポンジ金融の状態にある経済主体は、金融債務の履行のために更なる負債が必要になり、債務残高は累積していきます。
これは最も危ない状態であり、次期予想所得での返済ができないどころか利払いもできないという状態です。事業の継続のためには利払い分についても借り入れが必要になり、借入残高が利払いの分、無限に増大していきます。
ポンジ金融とはいわゆるねずみ講に似た投資詐欺の金融です。日本語では、自転車操業。これは新たな借金ができなくなると、(=国債を発行しても高い金利でしか売れなくなると)、自転車は倒れるということです。企業なら負債で倒産し、個人も破産して、政府の財政は破産します。
政府の破産とは、財政支出ができなくなることです。日本では一般会計約110兆円、二重計算を除いた特別会計の純額197.3兆円、合計307.3兆円が毎年の財政支出です。
特別会計の純額で大きな金額のものは、国債の償還や利子の支払いに必要な費用が82.0兆円、年金や健康保険給付費など、法律に基づく社会保障給付そのものにかかる費用75.4兆円、中央政府から地方自治への地方交付税交付金19.9兆円です。(財務省:特別会計について(令和5年度予算))
政府が一般会計と特別会計の合計307.3兆円の支払いを続けることができるかどうかは、借換債を含む国債215兆円を政府が発行して、それを銀行システムが買うかどうかです。
国債1,005兆円の1年での満期返済が152兆円あります。この返済金で借換債を購入しています。このため、政府の償還によっては総額は減りません。新規の赤字国債(2022年は62兆円)が増え続けています。
政府は国債は満期償還ができるといいますが、実際は償還分を借りて返済しているだけです。これは返済できているとは言えません。
なぜ、政府は財政を保てているかというと、日銀+銀行システムが215兆円の国債を買っているからです。(2022年度)。ただし、日銀が国債を買わなくなれば、その日から銀行も買わなくなります。日銀が政府財政を自分の負債であるマネー供給で支えていると言えます。これが、日本の現在の状態です。
日本政府の財政がポンジ金融に至るかどうかは金融市場の金利がどの程度上がるかにかかっています。ただ、一足早く米国はポンジ金融に陥っているかもしれません。
4.米国金融はポンジスキームか
米国の長期金利は3月初旬には4%付近だったのが、シリコンバレー銀行の破綻を受けて急落しました。
しかし、その前は2022年1月の1.5%から2.7%上昇して2022年10月には4.2%に上昇していました。利幅では2.7%の上昇ですが、借金の利払いの倍率では2.8倍です。1年前は金利を100億円払っていた企業が280億円払わなければならないことになります。
10年債の価格は、1.15÷1.42=81%下がっています。
額面100億円の国債が81億円下がり、既発国債の保有者には19億円の含み損が出ていることになります。米国債の総額31.4兆ドル(4,082兆円)×19%=775兆円の含み損ですから、米国金融機関とノンバンクの自己資本を2回はマイナスするくらいに大きいものです。
米銀+ノンバンクは昨年の段階ですでに時価評価では債務超過に陥っていたのです。含み損は簿外なので、表面化しなかっただけです。それが、今、気がづいた預金者の預金の急激な引出しとなり、流動性危機に陥った銀行が破綻したのです。
シリコンバレー銀行の破綻とクレディ・スイスの破綻危機は別の要因ではありますが、大量の預金の流出では共通しています。シリコンバレー銀行の破綻をきっかけに金融不安が起こり、もともと脆弱だったクレディ・スイスの預金流出に拍車をかけたというわけです。
米国はポンジ金融の状態に入っています。
ECBは3月も利上げを実行しました。しかし、FRBはどうでしょうか。少なくとも0.5%の利上げはあり得ないでしょう。0.25%の利上げも怪しくなってきました。FRBのインフレとの戦いは強制終了。すでに流動性を供給しているということは金融緩和です。
大量に刷ったマネーは吸収されないまま再び緩和です。大インフレ時代の幕開けとなるでしょう。ここから現金は安全な資産ではなくなることになります。
自ら資産を考えて保全しなければならない時代に突入しました。まだ、金融危機は解消されていません。
未来創造パートナー 宮野宏樹
【日経新聞から学ぶ】