BRICSについての基本を知っておこう
【「R5」新通貨構想】
ブラジルはレアル(Real)、ロシアはルーブル(Rouble/Ruble)、インドはルピー(Rupee)、中国は人民元(renminbi)、南アフリカはランド(Rand)、これらの5通貨にはある共通点があります。これら新興5カ国はいずれも、国名の頭文字を冠した「BRICS」と呼ぶグループを形成していますが、通貨単位がいずれも「R」で始まっているのです。BRICSでは今、この「R5」で構成する新通貨の構想が議論されています。
南アフリカ・ヨハネスブルグで2023年8月19日に開かれた、BRICSのガバナンス(統治)や文化交流に関するセミナー、そして同22日~24日に同じヨハネスブルグで開催されたBRICSサミット(首脳会議)が開かれました。その最中の8月20日にブラジル出身のエコノミストで国際通貨基金(IMF)の理事も務めたパウロ・ノゲイラ・バチスタ・ジュニア(Paulo Nogueira Batista Jr.)氏の講演があり、その中でR5で構成する新通貨の必要性が訴えられました。
バチスタ氏の構想する新通貨は、各国の既存通貨にとって代わるものではなく、国際取引のデジタル通貨として導入する構想です。BRICSはこれまでも、米ドルに決済を異存していることへの問題意識は共有されていましたが、議論はなかなか進展しませんでした。しかし、ここにきて徐々に具体性を帯び始めたように見えます。
引き金を引いたのは、2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻を受けて実行された、G7を中心とした西側による対ロシア経済制裁です。
ロシアによる経済制裁では、国際決済ネットワークの国際銀行決済ネットワークの国際銀行間通信協会(SWIFT)から排除されたほか、ロシア中央銀行が西側各国に保有する資産3000億ドル(約45兆円)が凍結されました。また、ロシア要人だけでなく、ウクライナ侵攻に加担したとする第三国の企業や個人の資産も凍結されています。こうした制裁に衝撃を受けたのが非西側の新興国でした。
原油、天然ガスの豊富な資源の世界有数の産出国であり、小麦などの農業大国でもあるロシアだからこそ、経済制裁を受けても国として何とか持ちこたえています。しかし、資源を持たず、経済規模も小さい国では、今回のような経済制裁を受ければ、ひとたまりもありません。
バチスタ氏は「ドルの特権的地位の利用と乱用は、国際通貨システムの正当性を失わせる」と強調し、国際通貨制度と国際取引の「脱ドル化」の必要性を主張しました。
米ドルは外国為替市場取引の4割超で使われており、その信用力や流動性は他の通貨を凌駕する以上、一朝一夕に脱ドル化が進むとは現実的には考えにくいところです。しかし、脱ドル化に向けた新しい通貨構想について、国際決済でドルが圧倒的に使われる仕組みを回避するために、BRICS加盟国の通貨を尊重しあうシステムの必要性が待望されているのは間違いないでしょう。
バチスタ氏は、来年にロシアで開催されるBRICSサミットで正式にR5新通貨の議論が始まり、翌25年のブラジルでのBRICSサミットでR5新通貨の創設が決定されるかもしれないとの見通しを示しています。バチスタ氏はBRICS各国が14年に創設した新興国向けに開発資金を融資する「新開発銀行」(通称BRICS銀行)の副総裁も15~17年に務めており、BRICSの内情に通じている可能性がある以上、単なる夢物語とも思えません。
また、BRICSは各国通貨の信用力を引き上げるため、中央銀行による金保有量も増やしています。中国は2023年4~6月の残高が2113トンと、ウクライナ侵攻前の19年4~6月に比べて10%も増加しています。インドは29%、ロシアも6%増やしています。
【6カ国が新規加盟へ】
国内総生産(GDP)で米国を猛追する中国、人口世界一となったインド、資源大国のロシアなど、世界経済への影響力を年々強めるBRICSですが、今後はさらに大きくなりそうです。2023年のBRICSサミットでは、アルゼンチン、サウジアラビア、イラン、アラブ首長国連邦(UAE)、エジプト、エチオピアの6カ国が2024年1月に加盟することが決定しました。
一大産油国のサウジアラビアとイランは長く中東の覇権を争い、2016年以降は断交していましたが、中国の仲介によって2023年3月、外国関係を正常化しました。BRICSに同時に加盟したUAEも世界有数の産油国に名を連ねています。アルゼンチンはトウモロコシなど穀物の輸出大国です。エジプトやエチオピアはアフリカ大陸の人口大国で、エチオピアにはアフリカ連合(AU)の本部があります。
どのような基準で6カ国の新規加盟が決まったのかは明らかではありません。ただ、6カ国が新たに加わった拡大BRICSは、これまでの大国の論理に対する対抗軸として浮かび上がってくるでしょう。これまで、国際政治のルール設定や貿易の取り決め、紛争処理の介入まで含めて、先進国が主導してきましたが、今後はBRICSはそれに対抗する意思を持つ大きな枠組みとなっていくでしょう。
BRICSは米ゴールドマン・サックスが01年、レポートの中で高い成長性が見込める国として、ブラジル、ロシア、インド、中国を総称して「BRICs」と呼んだのが始まります。外相会合などを持つ緩やかな集まりにすぎませんでしたが、2009年に初のサミットを開催しました。2010年には南アフリカが加わり、5カ国体制となり、「BRICS」と表記されるようになりました。
南アフリカ政府によれば、今回新規加盟が決まった6カ国以外にも、インドネシアやタイ、ベトナム、ナイジェリア、カザフスタンなど17カ国・地域から加盟への正式な表明があったようです。南アフリカのラマボーザ大統領は今回のBRICSサミットで「BRICSは(新興・発展途上国の総称の)グローバルサウスの擁護者になる」と強調しています。BRICSがここまでの存在になるとは、誰もが予想していなかったことでしょう。
世界経済は今、先進国とBRICSで景況感に差が出ています。製造企業の景況感を示す「購買担当者景気指数(製造業PMI)のドイツが40.7と多少回復したとはいえ、好不況の境目となる「50」を下回るなど、先進国が資源高によるインフレなどに苦しんでいるのが分かります。
一方、インドは57.5、サウジアラビアは57.2、UAEは56.7となっています。景気悪化が懸念されている中国も50.2と若干ではありますが、50を上回っています。インドは割安なロシア産原油の輸入が景気を支え、ロシアは原油を出荷できる先が確保できて、お互いにWIN-WINという格好です。
ロシアのウクライナ侵攻が続く中、10月7日にはパレスチナ自治区ガザ地区を支配するイスラム組織ハマスがイスラエルに対して大規模攻撃を行いました。その後、イスラエルはハマスへの報復として、ガザ地区への大規模な空爆を行い、さらには地上進行も始まろうとしているところです。
パレスチナは、2023年のBRICSサミットで南アフリカ政府が明らかにした加盟への正式な関心を示した国・地域に含まれます。混迷を深める世界経済の中で、BRICSが持つ影響力は着実に大きくなっています。