同胞聲は出づるか

 腹から声を出せという割に歌うときには丹田を意識しろと言われ、声にはやる気がのってないといけない、パンなんてなにも塗ってなくたって美味しいじゃない。こんなに不自由なら喋らなくてもいいじゃないと、お姫様はインターネットの海へバターナイフで漕ぎ出してゆくのでした。

 お腹の底から声を出すのが苦手です、昔から。ちょっと気を抜いて話すのがイケてるとも思わないし、一生懸命喋っているのだけれど、相手に伝わるようにしっかりハキハキと喋れと言われると委縮してしまいます、なんだか悲しくなってしまうのです、便利ですよねタイピングって。あたしにとっての文明開花は14歳だった気がします。

 すっかり梅雨を見逃してしまいました、今年は梅雨なんていなかったんじゃないでしょうか、あたしは少なくとも見ていないので。あら蛙でしょうか、ではということは雨も降っていたのかもしれませんね。もうすぐ夏になってしまうということは、夏がもうすぐ来るということです。うだるようなコンクリートで茹でられても気づかないかもしれませんね。

 汗をかくのは嫌いですが汗ばむという単語自体の音は好きだし。ハムが好きなだけだったらどうしよう。でも涼むはもっと良いと思いませんか。むが好きなんでしょうか、でも最近むはそんなに好きじゃないんですよ、あまり彼のいないところで悪く言うもんじゃありませんね。今年はサクレが食べたいなと思っています、頭にレモンを乗せたちょっと軽めな彼に会いたいなと、黄色い車で連れ去ってくれないかしら。

 行き過ぎた寒さ暑さは本来伸ばされた個性として褒められるべきもののはずなんですが、いつになっても多様性というのは難しいものです。声を大きく出す必要性から解放されて自分でボリュームを調整できるようになった今、声をはっきりと出す必要なんてなければ、自分の好きな声に魔改造することだってできる、自由で不自由で透明で不透明な世の条理にあきるまであらがっていきたい夏だなと、思っています。


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