はじめてのヅカ友との出会い
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椿が楽屋口から出てくるまでに要する時間は、その日の状況によって変わる。
その日に来ていたお客様の対応やそのほかいろんなことがあるのだろう。事情を知らないファンクラブの一般会員はいつ出てくるかわからないスターを待つ。
ファンクラブの幹部スタッフなど重要な役割を担っている人には、それぞれ連絡手段を渡されていて中の状況は把握できているらしい。スターは必ずファンクラブ代表と一緒に出てくるのでそのへんはうまくやっているんだろう。
またスターさんがどのような支度をして出てくるか、によっても時間は大きく変わる。
普段大劇場の出待ちは比較的ノーメイクで出てくるケースが多く、深々と帽子をかぶりサングラスでぎっちり顔を隠している。
このスタイルで出てくるときはだいたい早くて30分くらいでお目見えだ。
支度、というのはスターさんがなにかしら準備をして出てくることだ。
スターさんによってはこの公演のあと予定が入っている場合も多くある。どんな内容かは一般人に知る由もないが、お出かけだろうなと思う時はかなりおめかしして出てくるものだ。
しっかりメイクをして帽子もサングラスもなく、宝塚グラフのポートレートさながら高級そうな服をまとって出てくると、ファンはわぁっと歓声を上げる。
この場合は私調べでだいたい1時間半は待つことになる。女性のおめかしは大抵時間がかかるものだ。
ただこれだけ待たされたとしても、おめかしして出て来てくれるとなぜか得した気分になる。
お顔全開でかっこいい衣装にまとったスターさんを目の前にすると胸が高鳴る。ここに並んでいる全員がいっせいに乙女の表情になるのだ。そのみんなのソワソワ感がたまらなく面白い。
あとはなにをやっているのかさっぱりわからないが、宝塚大劇場(ムラ)では2時間以上待つこともあった。あまりに遅い場合、ファンクラブがたまっていると迷惑になるのだろう。その場合は解散の連絡が来る。
最初から遅くなることが予想される場合は、この日は出待ちは無しという連絡もある。
せっかく遠方から来たのに入待ちや出待ちができないのはちょっと損した気分だ。まあ仕方ないけど。
◆
この日の出待ちは思えば普通だった。
椿は黒い帽子にサングラスをかけ、軽めのパンツスーツでさっそうと楽屋口にあらわれた。
これがタカラヅカスター王道のスタイル。帽子からチラッと見える金髪と、人間離れしたスラっとしたスタイルで、ひと目で「タカラヅカのスターだ!」とわかるものだ。
椿の顔から見えるのはノーメイクらしき口元だけ。
その口元はかたく閉じ、どちらかというと真っすぐ平均に保たれていた。
ともすると仏頂面ととらえられてもおかしくないほどの口元だ。
私は全身が硬直した。楽屋口のピリッとした空気、椿の仏頂面、それを見守るファンクラブスタッフの無言の圧を感じる。
(ちゃんとお手紙渡せるのかな)
私は不安でいっぱいになった。
◆
椿の横には紙袋を持ったファンクラブスタッフがぴったりくっついている。
椿はこれからファンからお手紙を受け取る。それを袋に入れていく係だ。
私たち一般会員は椿に直接お手紙を渡せる特権を行使するためにここに並んでいる。
ちなみに会員以外はどんなものであっても直接渡すことはできない。ちなみに一般会員でもきちんとファンクラブの列に整列しない限り渡すことができないのだ。
そして、このお手紙渡しが意外とむずかしい。
初めての参加だった私にとって、椿がどこからどのような順番でどうやって受け取っていくのかまったくわからない。
まずはしっかりみんなの行動を見てみよう、と一列目を凝視した。
最初の人がお手紙を渡した。
すると後ろの人に椿が手を伸ばす。もうすでに後ろの人は両手を前に突き出しその手にはお手紙が握られていた。
そのあとはまるでお手紙で作られるテンポの良いウェーブのようにザザーっとすごい勢いで渡されていく。
(ひっ!あのリズムに乗って渡すのか・・・)
先ほど感じていた不安はもっと大きくなっている。
そして椿が来るであろうその時より、ずっと早くから頭上より高く手紙を持ち上げている私がいた。
◆
こうして無事お手紙をうけとってもらえた。これで私の小さな夢はひとつ叶った。
ただあまりにも怖くて顔を上げることも、チラッと見ることさえできなかった。気づいたら手から手紙がスルっと抜けていったのだった。
とにかくホッとした私は、さきほどお手紙の指導をくれた天使さんに「よかったです!受け取ってもらえました!」と報告していた。
天使さんは「よかったね」と一緒に喜んでくれた。きっと内心、そりゃそうだろう、と思ったに違いない。でも天使さんはやさしかった。どこまでも天使だ。
その後ちょっと立ち話をしながら天使さんのことを聞いてみたら、どうも地元の人らしいことがわかった。
かなりの割合で来ているという。
ちなみに宝塚ファンにとって、地元に住みかなりの割合来ているということは一般常識以上の行動をしていることを差す。
タカラヅカの舞台を作り上げるには当然おけいこ期間というものもある。
そのおけいこ期間にも当然、入待ち出待ちがある。
当然この天使さんも、おけいこ期間から入り出はほぼパーフェクト参加だった。
私はまた今月末にも来るのでそのときにお会いできたらいいですね、と言うと「ぜったい声かけてね」と言ってくれた。
私はぜったい声をかける!
なぜなら天使さんは、困っている私を救ってくれた初めての「ヅカ友」なのだから。
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