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はじめてのお手紙渡し

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終演後のお楽しみといったら『出待ち』
この日は2回公演の日。


宝塚の舞台は幕が降りるとあわてて走り出す人が数名かならずいる。
これは出待ちに向かうファンだ。

私もこの日初めての「聖夜 椿」の出待ちだ。
ファンクラブ会員は、楽屋口に来た順にきっちり並ぶことになる。
終演後にのんびりしていると、完全にこの波に乗り遅れてかなり後方から眺めることになってしまうのだ。

とはいえ、私はこの時点でまだそこまでの認識がなかった。
椿のファンが正直ここまで熱心だとは思っていなかったのだ。

私は終演後、のんびりとおみやげコーナーにある人形焼きの焼ける様子や、炭酸せんべいの箱に印刷された組の写真をながめながら「どれにしようかな」なんて考えてたりしたものだ。


楽屋口に向かうと、椿のファンクラブは大行列をなしていた。
宝塚のファンクラブ会員はトップスターになるとかなりの大人数になる。
公演ごとに行われる「お茶会」には千人以上集めることもザラだ。

この日ももうすでに最前列からはかなりかけ離れていた。
私はちょっと残念な気持ちと、それとは反対にほっとしている自分に気づく。
やはり宝塚のトップスターである椿がそばで観れるのはうれしいが、あまりに近づきすぎるのは緊張する。

さて、ここで楽屋から椿が出てくるまで何分間待つことになるのか・・・。
私は先ほどまでとは違った緊張感で身体がキュッとなった。



宝塚の私設ファンクラブ会員は、このような形でスターさんを『入待ち」と『出待ち』で見送るのが風習だ。
その行列を仕切るのが「ファンクラブスタッフ」

ファンクラブというのは、一般会員の上に一般スタッフ。
その上にファンクラブ幹部がいて、その頂点に代表という人がいる。

一般会員になったらこのヒエラルキーの中でもまれながら、そのファンクラブにとっての常識を覚えていく。



私は椿のファンクラブで出待ちをするのは今日が初めてだ。
どんな感じなんだろう。ちょっとドキドキしている。

そのときだ。隣の人がバッグをガサガサと探り始めた。
すると、そのバッグから綺麗な便箋とおそろいの封筒を取り出した。

ペンケースをざっと開けるとカラフルなペンが入っている。
そうして手慣れた手つきでお手紙を書き始めた。


実は私もこの日、こっそりお手紙のセットを持っていた。
綺麗な写真のついたポストカードとペン。
でもまだ白紙だ。

ずっと前に好きだった贔屓には一度もお手紙を書いたことはない。
ただ、それがずっと心の中でわだかまりとなっていた。


「いつかお手紙を書いて直接渡してみたい」
それが私の夢だった。


今日はその夢を叶える日だ、と思って準備していた。
お手紙というのはいつ書いてもいい。
用意周到にしておくなら、公演前にすべて書き終えて持ってくればよかったのだ。

ただ、この日この時間まで何度も筆を手に取り、書けずに置いた。
なにを書けばいいのかまったく想像もつかなかったし、勇気が出なかったのだ。


いよいよこの時間が今日のラストチャンス。
さっき公演も見たばかりだから、色々ネタは持っているはずなのだが、手が動かない。

なにかを書こう、と思うのだが書こうとすると手が震える。

こんなとき、自分の中のもう一人が心の中でこう言った。この手紙一枚無かったところでなんにも変わらないし、いままでのように遠くから眺めるだけでも十分満足じゃないか、と。

確かにそうかもしれない。


私はバッグからポストカードを出したものの、何度もためらい空を仰いでいた。


どれくらい時間が経っただろう。そうこうしているうちに、隣の人が声をかけて来てくれた。

「どうしたの?お手紙書かないの?」と。

どうも私が何度も手を留めてためらっている姿を見て、思わず声をかけてしまったらしい。

「もうすぐ来ちゃうよ」


私はちょっと涙目になって「なにを書いたらいいかわからないんです」と答えた。

すると「あー、そっかぁ」
「もしかして初めて?」と聞いてくれた。


そうなんです!私初めてなんです!お手紙書いたことありません!
と正直に言ったところ

「じゃあね、おつかれさまでした、とだけ書けばいいのよ」

とアドバイスをくれた。

私は内心おつかれさまだけですか?!と驚きながらも

「それで大丈夫でしょうか?」と聞いていた。



すると、
「トップスターなんて沢山お手紙もらうんだから、ちゃんとなんて見てないの」
「かえって読みやすくって親切よ」
「それにここの人たち、そんなお手紙書いてる人ばっかりよ」
「私も今日の公演かっこよかったです、ってそれだけだしね」と笑いながら答えてくれた。


ものすごい救われた。
私はこの人が天使に見えた。天使ってほんとにいるんですね。

ということで私はでっかい文字で
「おつかれさまでした」と書いてそのポストカードを握りしめた。


あとは椿が出てくるのを待つだけだ。









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