こうして宝塚沼にはまっていく
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全国ツアー 略して全ツ。
宝塚ファンの中ではこう呼ばれていた。
全国ツアーは年に数回、それぞれ組のもちまわりで行われている。
その年たまたま贔屓の組にあたれば、熱心なファンは全国どんなところでも参上する。
椿が所属する「虹組」はちょうどこれから全国ツアーに出るらしい。
そしてうれしいことに私の実家がある地域に行くそうだ。
これはちょっとした里帰りも兼ねて観劇にでもいってみよう。
親には歓迎されるし、最悪思っていた感じと違っても損したという気持ちになりにくい。
◆
宝塚のスターを好きになるにはフェーズがある。
この「好きになる」までがやっかいで。
「好きなのかな」から「好きかも」になり、
「好き!」を経て「大好き!」になる。
それには何度も舞台を見ないと気が付かない。
YouTubeには違法アップロードでいくつか動画があるが、
これはできれば見たくない。
入り待ち、出待ちの風景もYouTubeでたまにみかけるけれども、普段着を見たところでその時点では興味がわかない。
劇場まで行って何度も観劇するのが一番なのだけれど、まだ確信が持てるまではそこまで情熱が持てない。
必然的に有料放送に加入することになるのだが、これが勇気がいる。
以前4年間贔屓を応援していた私でさえも、スカイステージの加入には「えいっ」と気合を入れた。
なんていうか「宝塚のことを好きになろう」という覚悟みたいなものを決めるのだ。
決して安くはない月額料金はもちろん、これに加入することによってある意味自分の人生が変わる覚悟をする。
そして加入すると今度は、あの時かっこよく見えたあの贔屓を探す。
自分の見る目はたしかだったのか?と気になって確かめはじめる。
過去作を見漁るのだ。
ここで再度チェックしたとき確信に変わるひともいれば、なんとなく違ったと気づき別の組やスターを探しにジプシーする場合もある。
有料チャンネルに加入すると毎日いやでも宝塚の情報が発信されている。
今日はどんな放送しているのかな。
ちょっとヒマだからつけてみよう。
あー、そういえば昨日あの公演千秋楽だったな。
始まったばかりのあのムラ(宝塚大劇場)の公演、どんな内容なんだろう。
こうしてどっぷりハマりだすと帰宅後直行でテレビをつけるようになるのだ。
番組に出てくる生徒さんはビジュアルはもちろん内面の性格まで映し出される。
ここで意外な一面を見たりすると興味がわいたり、愛着を持てるようになっていく。
自分の贔屓が所属している組のメンバーが出ていると応援したくなってくる。
沼というのはこうしてハマっていくのだ。
◆
全国ツアーがはじまった。
今回の演目は正統派のラブストーリーだ。
椿が正統派といわれるのであれば、きっとぴったりはまる役なのだろう。
期待値が上がる。
今回の全ツ観劇は私にとって新たなチャレンジをすることにした。
それは「リベンジ」
過去の自分へのリベンジだ。
以前の贔屓にはなるべくお金をかけずファン人生を終えた。
とはいっても宝塚大劇場は1公演3回は行ったし、東京においてはそれ以上。ただし席は悪かった。東京にいたっては立ち見も何回も経験した。
贔屓退団の時も初日はもちろん千秋楽なんかとても観劇できなかった。
当時20歳の小娘にとってそれ以上のファン生活は高望みだったのだ。
退団の日、劇場は千秋楽の熱気で満ち溢れていた。私はチケットを持っていない。上演中から外で待つことにした。舞台を見るのが叶わないまま終演後おおぜいの人垣に埋もれながら贔屓を見送った日のことを今でも悔やんでいる。
◆
あれからもう何年たっただろう。
その後私は転職した。自分で言うのもなんだけれど以前の私より格段にランクアップした。
休みはあいかわらず土日だけど、早退や有休を使うのは自由だ。
ある程度のお金も手にしている。
トップスターの命は限られている。
応援できるのはあと何年か、本人と劇団しかわからない。
ただ確実にその時は来る。
既にトップだった椿は、いつ退団発表をしてもおかしくない。
トップスターを好きになる、ということはフワフワと甘い時限爆弾を抱えながら応援するようなものだ。
「やれるだけやってみよう」
私は過去の自分ではできなかったスタイルで観劇することにした。
入り待ち、出待ちもできる限り参加してみよう。
そして「いい席に座って観劇しよう」と決意する。
これはぜったい、譲れない。
もう新幹線の切符も手に入れた。
チケットはもうバッグに入っている。
私は全国ツアーが行われている劇場に向かった。