それって、男女の友情? 色恋? 敬愛? -第1幕-

◆序章

いま思えば、どういった気持ちで僕はパパ活を始めたのだろう...

SEX?
 それはない!

色恋を求めて?
 うーん、少しあるかも...

敬愛する人探し?
 それは絶対にある!

男女の友情?
 まったく考えていなかった...

 会社がとことんイヤになって退職まで考えた50代の普通のおじさんが、パパ活で一人の女性と出会い、もう一度仕事を頑張る勇気と力をもらいながら今まで以上に仕事へ情熱を燃やし始める。そんな彼女との出会いが「男女の友情、色恋、敬愛」を深く考えることへと発展させる。

 いま、その幕が上がった。

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 僕はいま56歳。この会社に転職して3年の月日が流れようとしている。さまざまな職を経験して、古巣の業界に戻った「出戻り技術者」なのだ。だから最近は、この業界の悪しき習慣にいつも腹を立てていた。

 例えば、上役に「〇〇の書類作っておいて」と頼まれるのだが、そもそも20年以上もこの業界から離れていた僕にとっては「初めて仕事」と同じようなもの。にもかかわらず、何の説明もなく当たり前に出来るかのように言ってくる。これがまさに「職人の世界」なのである。

 職人の世界では「前もって教える」のではなく「分からない者が質問する」という悪しき習慣が、いまだにはびこっている。そんなとき、いつも思うのが「こんなことをやっているから若手社員がすぐに辞めていくんだよ」と。だから、僕は入社して間もない頃から新入社員の教育に自分から関わるようにしてきた。

 その甲斐あって、今年入社した新卒4人の社内研修を一手に引き受けることになったのだが、あまりの熱心さが裏目に出てしまい嫌われてしまう羽目となった。

 職人の世界なのだから、新入社員との問題に上役からサポートがあるはずもない。ひとりで悩み続けて1ヵ月。2週間の出張が迫って来た頃に思っていたのが「こんな状態ではまともな仕事はできない。いっそのこと退職しようか」という思いだった。

 そんな深刻な状態になっていたとき、通勤電車でいつも読んでいるニュースに「パパ活」の記事が出ていた。パパ活は若い女性との出会いを提供する場であることを知ったとき、強烈な思いが浮かんだ。それは「自分が嫌われてしまった、新入社員と同じ年代の女の子と話しをしたい!」という気持ちだった。

 思い立ったらすぐにやる性格の僕は、さっそくアプリを入れて会員登録し、マッチングを始めてして1週間。ある女性との奇跡の出会いが生まれたのです。

 では、奇跡の出会いとなった「顔合わせ」に話しを進めるとしましょう。

◆顔合わせ

2023年7月7日(金)

 顔合わせ当日の話しに入る前に、おじさんとしてやってきた準備を振り返ろうと思う。

 まず、お手当ては事前に相手の方に「0.5で大丈夫ですか?」と訊いておいたので、ポチ袋を100均へ行って買っておいた。もちろん、ポチ袋はお札をそのまま折り畳むことなく入れることができるもの、女性が好きそうな可愛らしいものを選んだ。肝心の中身は0.5なので5千円札の新札に近いものを探してきて、お札の向きまで考えてポチ袋へ入れた。

 そして、身だしなみを整えることを考えた。モテるおじさんの条件はYoutubeで動画が配信されていたので、それを夜な夜な見ながら勉強したのです。

 モテるおじさんの条件の1つ目は「爪」。だから、ギリギリまで短く切りそろえのはもちろん、爪切りに付いているヤスリで角をなくして丸く仕上げるところまでこだわってみた。

 モテるおじさんの条件の2つ目は「髪」。僕はこの20年くらい散髪として床屋へ行ったことがない。だから、プロ用のバリカンを通販で購入して、自分で散髪している。今回も自分でしっかり散髪しておいたが切りたては逆にカッコ悪いと思い、1週間前の日曜日に済ませておいて少しなじませることにした。

 モテるおじさんの条件の3つ目は「匂い」。56歳にもなると「加齢臭」は半端ではないはず... だからと言って、コロンや香水を付けることはまったく考えていなかった。どうしてかというと、まず僕自身、匂いがすることを好きではなかったからだ。それに、匂いは人によって好き嫌いが大きく分かれることもその理由だった。なので、出かける前にもう一度シャワーで全身を洗って、首元や肩から背筋のエリアを丹念に石けんで洗っておき、石けんの香りでごまかすことにした。

 モテるおじさんの条件の4つ目は「服装」。アイロンの効いたアイボリー色のパンツに、誠実感を出す紺色の半袖シャツ、しっかりと磨き上げた茶色の革靴を用意した。

 これは条件として一般には言われていないようだが、見た目として若く見られるか老けて見られるかに「姿勢」がポイントだと僕は思っていたので、パパ活を始めると同時に姿勢をシャンとするための運動を毎朝やるようになった。

 入念な準備も終わって、パパ活アプリでマッチングできた2人の女性と顔合わせをする日が来た。1人目は午後の3時から。2人目は6時からという約束をしていた。たまたま、この日は有給休暇を取って3連休にしていたので、まだ陽の高い時間に会うことにした。

 期待と不安を抱きながらモテるおじさんの条件を整えた僕は、1人目の女性との待ち合わせ場所へ向かった。

 そうそう、ひとつ忘れていたが、モテるおじさんには「気の利いたお店選び」ができることも必須だと思う。だから、お茶するだけでもシャレたお店を選び、手軽な値段で楽しめる珈琲チェーン店を選ばなかった。今回は、アパレルを展開している会社がショップに併設したカフェで顔合わせをすることにした。たぶんお世辞だと思うが、マッチングしてメッセージをやり取りしているときに1人目の女性は「ずっと行ってみたかったカフェです」と言ってくれたから、そのお店選びは正解だったのだろう。

 お店の前で待つこと15分くらい。何人かの女性が前を通り過ぎ、待ち合わせ時刻の直前にその女性が現れ、自分に近づいてきた。

 「タクヤさんですか?」と訊かれたので、僕は「はい、そうです」と応え、返すように「スズさんですか?」と訊いた。彼女は「はい」と答えたので「では、お店に入りましょうか?」と僕は言いながら入口へ向かった。お店の入り口はガラス戸の手動だったので、さっとドアを開けて「どうぞ」と言って彼女を先に入れた。彼女をすぐに追って自分も入り、店員さんに「2名です」と告げた。

 店員さんが「お好きな席にお座りください。注文はセルフサービスとなっていますので、このカウンターでお聞きします」と言ったので、まず彼女を壁際の席へ案内して、僕は「ここでいいですか?」と尋ねた。「はい」と答えた彼女に、僕はさっそく「お手当て」を渡すことにした。カバンから用意しておいたポチ袋を取り出して「どうぞ」と言って渡したのだが、その声は当たり前だが小声になっていた。

 顔合わせでの大切な儀式が終わり、僕たちは飲み物を何にするかメニューを見始めた。彼女はこのお店で何を注文したいかを決めていたらしく、こう言った。「このお店は〇〇が人気らしいので、それとケーキを注文してもいいですか?」と。もちろん僕は「好きなものを注文していいよ」と答えた。彼女が選び終えると僕はすぐに席を立ち、カウンターへ行って注文をしてきた。

 席に戻った僕に彼女が話しかけてきた。「まだ7月になったばかりなのに、真夏のような暑さですよね?」と。なるほど、23才という歳であっても季節の話から入ってくるとは、パパ活は長いのかな? と思いながら、もっと大人な僕はそれに合わせた話で返した。さらに、パパ活経験を証明するかのように彼女はこう訊いてきた。「もう何人かと会われたのですか?」と。僕は正直に「あなたが初めてです」と答えると、彼女はビックリしていた。

 そんな話をしているところへ店員さんが注文した品を運んできたので話しを中断し、僕たちは店員さんの配膳を見ていた。店員さんが立ち去ると、おもむろに彼女がマスクを外した。マスクを外した彼女を見て僕は「マスクって、本当に印象を変えるものなんだなぁ」と思った。というのも、まず歯並びがとても悪い。そして、若さが原因なのだが、ニキビで肌がキレイではない。肌のキレイさは自分も人のことが言えるような顔をしていないのでしようがないが、歯並びの悪さはいただけない。

 そんな彼女の歯並びをずっと気にしながら、僕は彼女との会話を続けた。音楽の話、映画の話、ドラマの話などいろいろしているうちに、あっという間に1時間が経った。彼女へ分かるように僕は時計へ目線を移したあと「そろそろ出ようか?」と訊くと、彼女はうなずいた。僕が先に席を立ち、お店の外まで案内してすぐ「今日はありがとうございました」と言い、彼女は僕の前から去っていった。もちろん、つぎのお誘いはなかった。

 僕は「ふぅ~」と息をついた。というのも、彼女との1時間、会話を途切らせないようにどんどん話題を振ることを頑張っていたからだ。そしてふと思ったのが「これで5千円か」と。それは、ちょっと複雑な思いだった。

 でも、それほど僕は落胆していなかった。なぜなら、今日はもうひとり、顔合わせの約束をしていたからだった。

 その前に、待ち合わせの時間までどうやって時間を過ごすかを考えなければならなかった。つぎの場所は地下鉄で2駅ほど先。だから時間つぶしを兼ねて、まず1駅、歩いてみることにした。平日にも関わらず、結構な人が歩いていた。顔合わせの日だったから、カップルや若い女性の存在がやたらと気になっていた。そんな人たちを眺めて歩きながら、待ち合わせ場所の近くへ行ったら本屋にでも寄ろうかと考えていた。

 本屋に到着しても待ち合わせの予定時刻まで1時間半。だから1冊立ち読みできてしまったのだが、そのあいだ、緊張のせいか何度もトイレに行ったことが今も記憶に新しい。そして、待ち合わせの15分前、僕はお店の前に立った。

 すると5分くらい経ったころ、スマホにメッセージが届いた。内容は顔合わせする女性からで「少し到着が遅れる」というものだった。まあ、平日の仕事帰りなので予定外のことも起きるだろうと思い「大丈夫です」と返答した。

 約束の時間から5分ほど過ぎたころ、ひとりの女性が僕に近づいてきた。1人目の女性と同じように「タクヤさんですか?」と訊かれたので、僕は「はい、そうです」と答えて、訊き返すように「サキさんですか?」と訊いた。彼女は「はい」と答えたので「では、お店に入りましょうか?」と僕は言いながらお店の入口へ向かった。もちろん、彼女は歩きながら遅れたことを謝ってきた。

 店員さんへ「2名」であることを告げると「お好きな席にお座りください」というので、僕たちは奥の方の席へ向かった。彼女を案内して、僕は「ここでいいですか?」と尋ねると、彼女は「はい」と答えた。

 選んだ席のテーブルがガタつくことに気付いた僕は向きを変えて直そうとしていた。すると彼女が「となりへ移りませんか?」と気遣ってくれた。僕は「そうですね」と言って席を移りながら、すでにこのとき、僕は彼女に何かを感じていた。

 顔合わせの儀式としてカバンから用意しておいてポチ袋を取り出して「どうぞ」と言って渡したあと、改めて自己紹介を始めた。このとき彼女は29歳。かなり落ち着いている雰囲気だった。そして、僕たちはお互いの仕事について話をし始めた。彼女は今の会社がかなり暇であると言ったことが印象的だった。彼女も僕の仕事についていろいろ訊いてきたので、僕がどうしてパパ活を始めたのかを話すことにした。

「僕は今の会社に中途で入社して3年目で、現場管理を2年やって、今年から本社で技術事務をやることになったんだ。
 新入社員の教育担当になったことで、新入社員研修を自分が中心的な講師役となって社内でやってたんだ。今年入社した新入社員は4名で、男性2名、女性2名。その子たちを1ヶ月、一日中、面倒を見たんだ。
 その中の一人の女の子が群を抜いて世間知らずで、何を話しても1回目では理解できない子で、なおかつ、その子は理系ではなく文系大学の卒業だったので、とてもとてもこの会社ではついていくことはできないと思ったわけ。だから、この子には特別に力をかけてあげないといけないと思ったんだ。
 そして1か月の新入社員研修が終わり、新入社員の4名はそれぞれが現場へ配属されたんだけど、現場の責任者は日々の仕事に追われて新入社員をかまっている時間がなかったらしく、そのことを知った僕は定期的に現場へ出向いて新入社員の相手をすることにしたわけ。
 一番気にかけていた文系卒の女の子がいる現場に行ったとき、早く本社へ戻れるように自分が出向いた車で連れ帰ってあげていたりしたから、車中では、その子から家族の話や結婚の話までして来るようになっていたんだ。
 僕は僕で、仕事への姿勢を私生活も含めてアドバイスしたある日、その子から言われた。
 “そこまで言われると、うっとうしいです” と。
 僕はショックだった。その子がプライベートな話をしてくれるから、てっきり心を許してくれていると思ったが、勘違いしていたのかもしれない。
たぶんその子にしてみれば、親が言うようなことを他人が勝手に言っていることが気に入らなかったのかもしれない。もちろん、この状況を会社の上司にも相談したが、理解はしてもらえない。
 僕は本当にその子のことを心配してやったことだから、自分のやっていることすべて間違っているのではないかと思うようになったんだ。だから若い女性に出会うことができるパパ活で、自分のやっていることが正しいのか間違っているのかを確かめたかった。」

 長々とした話を聞いていた二人目のパパ活女性のサキさんが口を開いた。

「タクヤさんは、全然、間違っていないです。私も同じような経験をしたことがあるから分かります。タクヤさんは、本当に相手の気持ちになって考えるからこそ踏み込んだ話をするんです。
 私だったら、すごく嬉しいです。だから、その子がうっとうしいと言うこと自体が信じられないし、反対に、感謝されないといけないと思います。」

 それを聞いた僕は、彼女にとっさに言ってしまった。「そんなこと言ってくれる人に僕は初めて会った」と。

 彼女はちょっと照れながら「そう言ってもらえると嬉しいです」と言った。これが、僕が彼女に魅了される最初の出来事となった。

 その後も、彼女は僕の悩み相談に付き合ってくれた。僕が話している間、彼女は僕から目をまったく離さなかった。見つめられる僕のほうが恥ずかしくて目線を外したくらいだ。

 これが、僕が彼女に魅了される2つ目の出来事となった。

 あっという間に1時間が経ち、彼女のほうから「そろそろ出ましょうか?」と言ってきた。僕は心から「もう?」という気持ちだった。僕は先に席を立って、会計を済ませている間、彼女はお店の外に立って待っていた。

 お店を出ると「今日はごちそうさまでした」と言ったので、僕は話したいことがまだまだあったから、つぎのお誘いをどうしようかちょっと考えていた。すると「またお会いできますか?」と彼女の方が言ってくれた。

 僕は飛び上がるほど嬉しくなって「会いたいです」と言い、つづけて「つぎは食事を一緒にどうですか?」と尋ねた。「嬉しいです」と彼女が言ったので、僕は「何が食べたいですか?」と訊いた。すると彼女は「お肉が食べたい」と言ったので、僕は「じゃあ、お店を選んでおくね」と返した。

 彼女が「いつが良いですか?」と訊いてきたので、僕は「サキさんの都合はどう?」と訊き返した。「7月13日はどうですか?」と言ったので、僕は自分の予定をしっかり確かめることもせず「大丈夫です」と即答した。

 待ち合わせの場所や時間などはパパ活アプリで連絡を取り合うことにして、僕と彼女は別れた。僕は駅へ向かって歩いているとき、胸が高鳴り、ドキドキしていることに気付いた。本当に心臓がバクバクしていた。こんな感覚は人生で初めてだった。

 これが「舞い上がる」ってことなのか?

 そう思いながら駅のホームで電車を待っていると、彼女からこんなメッセージが届いた「今日はありがとうございました。タクヤさんとのお話しすっごく楽しかったです」。

 僕はこう返した「こちらこそ、ありがとうございました。容姿も考え方もドンピシャで、いま、とてもドキドキしています。13日がとても楽しみです」と。

 すると彼女が「私もです。もっと色々お話ししたいな~ 13日、楽しみにしていますね」と返してきた。

 このとき、僕は本心でこう思った。
「人と人の巡り合わせって本当に不思議だなぁ。本当に奇跡としか言いようがない。僕はこの出会いを大切にしたい」と。

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