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【1】閉店セール
「らっしゃっせぇ!閉店セールで全品30%オフになってまーす!買うなら今しかないですよー!」
年季の入った商店街。商店街でしか聞いたことがない陽気なBGMを掻き消して、聞き馴染みのある少しかすれた声が端から端まで響いている。
ファッションのンの字まで知り尽くし、オシャレのオの字を忘れてしまった、お洒落さんが買いそうな服ばかり置いている。奇々怪々な古着屋。
私がここに来て3ヶ月は経つが、閉店する気配は全くない。閉店セールのポスターは日に日に増え、今日から電子掲示板も設置された。
下から上へ流れる、電子掲示板。
「祝!閉店!」の文字がキラキラ輝いている。
決して通る声ではないが、ただただ大きい声が、またまた商店街を包み込む。
「らっしゃーせぇ!30%オフですよー!」
閉店セールなら、普通50からが勝負ではないのか。なぜ30%なのか。なぜ強気でいけるのか。
どうしてこんな店が本当に閉店しないのだろうか。
割と新しそうなナイキの帽子を被り、いかにもゲームセンターでコインゲームをやってそうな顔をしている。
用途がわからない迷彩柄のエプロンをし、迷彩柄のパンツに迷彩柄のTシャツを着ている。見るからに変な人だ。
だが、ほぼ毎日閉店セールを行っている彼を、私は気にせずにはいられなかった。
ちなみに、なぜほぼ毎日なのかと言うと、月曜と火曜を定休日としているからである。
毎日、彼を追いかけた私がそれに気づいたのは、秋の紅葉も見飽きた十一月二十二日の事である。
グレーのシャッターが閉まっていて、あっけらかんとした風貌。ほぼ自衛隊の彼の姿はなく、商店街は陽気なBGMが主役に抜擢されていた。魑魅な古着屋が本当に閉まってしまったのかと思い、私は、比較的汚い涙を流した。
比較的汚いシャッターの丁度真ん中かと思われるような位置に、張り紙がされている。汚涙を粗方緑色の腕で拭き上げ、その白い紙を覗き上げた。
A4の用紙に米粒ほどの小さな文字でこう書かれている。
「定休」
私は興奮し、ドラミングをした。
ドッ!ドッ!ドッ!ドッ!
胸の高鳴りとはこのことか。そう思った。きっとその時の顔はシャバーニよりかっこよかったであろう。
何でもない十一月二十二日が、何でもあるような気がした。
それからは、月曜と火曜を休養日に指定し、それ以外は「ほぼ毎日閉店セール野郎を見守る日」に制定される事となった。
日本の祝日である。
全国民がほぼ毎日閉店セール野郎を見守らなければならない祝日である。
ほぼ毎日テレビ中継がなされ、遠い町の人々はほぼ毎日、テレビを24時間見なければならない。
かなり不便なため、彼は、ほぼ毎日閉店セール野郎を気軽に見れるサービス「HMHSY(フムフシィ)」を立ち上げた。
彼は、瞬く間に、「年収2千億円野郎」になった。
あの頃の彼はもういない。
紺色のスーツに、青に近い水色のYシャツ。煌びやかに光る黄金のネクタイ。ワックスでガッチガチに固めたオールバック。
面影は少しも残っていなかった。
彼が始めたYouTubeはわずか2時間で百万人を達成し、現在では8億人を超えている。動画ジャンルは「ひろゆき」。
しかし、その動画のコメント欄には否定的な意見しか来ていないように見える。
「閉店セールやってた頃が1番面白かったなぁ」
「閉店セールやれよ」
「もういいから閉店セールやれ」
「閉店セールで売れたんだから閉店セールやってろよ」
「閉店セールを捨てた漢」
彼はこれらを見て何を思うのだろうか。
嫌だなぁって、何も知らないくせに何なんだこいつらって、どういう気持ちで閉店セールやってたか知らないだろって、
彼はこれらを見て思うのだろうか。
いや、思わない。
だって、彼は閉店しないのに閉店セールをする奴だから。
彼はこれらを見て何をするのだろうか。
毛布にくるまって泣いちゃったり、風呂場でシャワーと共に涙を流したり、眠れず朝まで音楽を聞き流したり、
彼はこれらを見てするのだろうか。
いや、しない。
だって、彼は閉店セールをする事が、自分の個性だと思っているどうしようもない奴だから。
そんな彼を救いたかった。でも彼は自分から行動したんだ。自らの心で。
日本の祝日を変えたのも。
テレビ中継するように促したのも。
YouTubeも、2千億も、、閉店セールも。
そして、その前に私をここに連れてきたのも、紛れもない彼である。
むしろ、私が救われていたと言っても過言ではない。彼の救世主として呼ばれたと思っていたが、ただただ、私が救われたくて、近づいていただけだったのかもしれない…。
私がここに来て1年が経った。商店街は、もぬけの殻。BGMは無言。だが、閉店する気配は全くない。商店街の入り口には、彼のまっすぐな笑顔の横に米粒くらいの小さい文字で「閉店セール」と書かれたポスターが至るところに貼ってある。
店は無くても、人は集まった。
やがて、賑やかな商店街となるでしょう。そう、アナウンサーが言った。
彼がCEOを務める、奇々怪々なファッションブランド「魑魅」。
やがて、ユニクロの座を奪うことになるでしょう。そう、アナウンサーが言った。
彼の面影は、変わらずそこにあった。
まだまだ止まらぬ彼。そんな彼を、ずっと見ていて思ったことがある。
彼の個性は、彼であることだったのだ。
2022/2/16「閉店セール」