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【最終回】野球小僧、宇宙へ向かう


泣いても笑ってもこれが最後。僕達の夏もこれで終わり。

そう言って彼は、川に石を投げた。横に太く、縦に長い身体。筋肉の詰め込まれた左腕から、放たれる鋭い石。鋭さの中には、ふとした迷いが見える。

およそ二年半打ち込んだ高校野球。彼は、そこから飛んだらしい。県大会決勝のドタキャン。

小学一年の頃からだから、えーっと、一年だから、えー、七?、えー八、九、十年?十一年?くらいかな?と彼は言う。たどたどしい計算力は、野球との関係性を示す。

私はここに居ただけで、彼がここに来た。

突然来て、突然話しだした。「僕、今日県大会の決勝なんですよ」といった感じで。

私には口は無く、スーパー脳波イリュージョンで話す。彼の脳に、私の脳波を送り、彼の脳波を変え、彼の脳内で言葉を作り出す。

傍から見れば、彼の独り言である。

話によれば、彼はエースで四番でキャプテンで生徒会長らしい。話を聞くだけで、打ちひしがれてしまうくらい、才能に満ち溢れている。

そんな彼にも苦しむことがあるのかと思うと、人間は、とても繊細で可愛い生き物だ。


また、彼の独り言が始まった。


近所のおじさんとか、おばさんとか、皆「がんばれよ〜!!」って言ってくるんすよ。まあ、嬉しいんですけど。なんか、うん。僕は、ただ、野球が楽しくて、僕が、楽しいって思ってやってただけなんですよ。なのに、急にあなたのために頑張らなきゃいけなくなるの意味分かんなくて。

僕は、僕のために楽しんできたんですよ。それを、なんか、私のために頑張ってくれてありがとうみたいな、あなたのために頑張った記憶はないんですよ。僕は、僕のために頑張ってきたんですよ。僕の今までの頑張りが、記憶が、全て人のものになってくような。それがすごく嫌で。

小学校の時から、応援されるのはあったんですけど、まあ気付かなくて。

もう、高三なんで進路のこと考えるようになって。進路というか、まあ、自分のことをよく考えるようになったんです。ずっと、楽しかったなーって思うんです。出来ないことがあれば、出来るようになりたい。出来るようになるには、やるしかない。そうやって、雨の日も豪雨の日も雷雨の日も、ひたすらに続けてきました。傍から見ればそれは楽しくは見えないかもしれないけど。

僕のことを、毎日毎時間毎秒見ている人じゃなきゃ、そんなのわからないんでしょうけど。

一瞬じゃないんですよ。一瞬で出来るようになったことなんて、ないんですよ。本当に。

彼は、話しながらふわりと泣いていた。

私には、この星での経験がない。だから何もアドバイスできることはない。

僕は、誰かのために野球はやりたくないんです。自分という存在を肯定するためにやりたいんです。勝手に期待されて勝手に失望されるのは、僕的に面白くなくて。


てか、宇宙人なんですよね?その、あの、星?っていうか、生まれたところには野球ってありましたか?

私の星には、野球というものは無かったが、「ミョンチス」という星一番の人気フルフールースがあった。

フルフールース?

あぁ、この星「メントス」の言葉で言えば、「スポーツ」だな。

え?ちょっとまってください!ここのこと「メントス」って言うんですか?

あぁ。

えっへへ!あ、すいません。笑ってしまって。

何と呼ぶのだろうか。

僕たちは「地球」って呼んでますね。

良い名だ。

はい。良い名前です。

ああ〜やっぱすみませぬ。

何がですか?

私は今、宇宙人感を出すために大分嘘をついた。

え?

ミョンチスも無ければ、フルフールースも無い。

え?

野球はあるし、サッカーだってある。そして、地球って呼んでる。

え〜〜!

カッコつけたかったのだ。

えっへへ!じゃあ、野球はやられたことあるんですか?

ああ。

え〜!ルールとか、全く同じなんですか?

いや、一つだけ、違うな。

なんですか!

ボールを投げない。打たない。捕らない。

どういうことですか!三つですね!

私達は、スーパー脳波イリュージョンを使い、ボールに触ることなく野球をするのだ。

なんかわからないですけど、楽しそう!

少し、楽しい。

少し?

ああ。私はサッカーの方が好きだ。

え〜!野球好きになりましょうよ〜!

君は、あれだな。やはり運動部だな。運動部の距離の詰め方だ。

僕って、スーパー脳波イリュージョン使えるんですかね?

う〜ん。地球人が使ったところを見たことはないな。

でも、使える可能性はありますよね?

ああ。可能性はどこにだって、何にだってあるからな。

僕ならできそうです。

君ならできそうだ。

やりたいです。

野球。

おお、それは良かった。

あ、いや。そっちの星の野球です。

ほお。

そっちの星の名前はなんですか?

ペケポンと呼んでいる。

ペケポンで野球がしたいです。

そうか。なら、この川を下っていくと、一つ、自動販売機がある。そこが、地球と私の星を繋ぐバス停だ。

バス停?

ああ。バスが来る。

バスが来るんですか?

ああ。バスが来る。

バスで行くんですか?

ああ。バスで行く。

市営バスですか?

ああ。市営バスだ。

市営バスですか?

市営バスだ。

え、市営バスが来て市営バスで行くんですか?

市営バスが来て、市営バスで行く。何かおかしいか?

おかしいです。

悪いが、もう時間がない。最終バスは十七時三分だ。あと十五分で来てしまうぞ。

最終バス?

田舎だから本数が少ないのだ。

いや、そういうことじゃなくて。え、毎日何本も出てるんですか?バス。

当たり前だ。通勤に使うのだから。

通勤?

イクスカは持っているか?

イクスカ?

宮城県仙台市を中心とする地域に導入されている交通系ICカードだ。

パスモなら、持ってますけど。

パスモは好きか?

好きとか、考えたことないです。

なら、パスモでいい。

どういうことですか?好きだったらダメだったんですか?

走るぞ。

え、宇宙ですよね?

宇宙だ。

バスで行くんですか?

歩きのほうがいいか?


歩けるんですか?


三時間歩くことになるが?

歩いて三時間で着くんですか?

バスなら二十分で着く。

バス速いですね。

ロケットだからな。

ロケットじゃないですか!

いや、バスだ。

え、なんか後ろから絵に描いたようなロケット飛んできてるんですけど!なんですかあれ!

十七時三分のバスだ。

ロケットじゃないですか!

走るぞ。

てか、あれどうやって停まるんですか!

ザザーって。

それでどうやって飛ぶんですか!

ガタガターッて。

これなんですか!夢ですか!ああ!野球やりたい!県大会決勝どうなったかなぁ!みんな頑張ったかなぁ!ごめんねぇ!

見えてきたぞ。自動販売機。

いや、自動販売機三つあるじゃないですか!

大きくみれば一つだ。

三つですよ!

就労ビザは取得しているか?

してないですよ!

わかった。私の養子にしよう。


え?


ようし、着いた。


ようし?



飛ぶ市営バスが近づき、辺りは強い風に囲われている。

ゴゴゴゴォオオ!!!

バババババッッツ!

森林の葉っぱは、強い風で全部取れ、市営バスを囲むように飛び回っている。カードゲームのイラストのような情景である。


ドンドコ!ドンドコ!ポン!ポン!

この森の主である狸の団体(十五名ほど)は、腹を叩き二メートルある太鼓のような音を響かせる。それはそれは、大きな音である。

ズンチャッ!ズンズズン!チャッ!

森のドラマーは、肩まで伸びた金髪をキラキラなびかせリズムを刻む。バスドラムは土に少し埋まっている。それはそれは、軽快な音である。

これが、この世の終わりでしょうかぁーーー!!!

野球小僧は、実家の方を向いて叫ぶ。彼の顔のニキビの数は星の数と同じで、それはそれは、滑稽である。



ザザーっ。十七時三分のバスは、森林を削り道路を削り、私達の目の前、つまりは自動販売機の目の前で停まった。バスは無傷できんぴかりん。で、私達は泥と葉でまみれている。



野球小僧、今日からお前の名は野球小僧だ。

え?



ドゥウィーーン!プシューー!細長い楕円形のバスの扉が開く。扉はちょうど私達の目の前。つまりは、このバスを横にして見たときの中心。私達は今、このバスを横にして見ている。それは、このバスが横になっているからである。



さあ、先に乗れ。野球小僧。

はい。



泥まみれの奥に不貞腐れた顔が見える。野球小僧は、猫も驚くほどの猫背でバスに乗った。今日見た、川の煌めきは小僧の瞳にはもうなかった。



小僧、そこにかざすんだパスモを。

はっ、ぐっ、いや、やっぱり!やっぱり僕!

どうした?イクスカを作るか?

いや、あの、ここで、この地球で、、野球が、、、したいです、、、!

小僧め。



私は、泥の色と混ざり合って淡いブラウンになった白いスキニーのポケットから、メンインブラックの記憶消すやつを取り出し、光らせた。


パシャッ!




スーパー脳波イリュージョンって使えますかね。

そこからか。小僧。



私は、憎たらしい顔を小僧に見せた。小僧は、苛つかずに目の前に広がる光景に、ただ驚き始めた。状況はあまり変わっていない。



なんですかここ!これ!え!なんか!暗くないですか!さっきより!スーパー脳波イリュージョンの野球の話のときより!暗くないですか!外!いや!ロケットじゃないですかこれ!なんですか!え!え!なんか!すっごい汚い!自分が!

うるさいぞ。小僧。さっさと乗るんだ。



辺りは光を灯している場所だけが彩度を保ち、残りは色を失い始めた。出発時刻の十七時三分を過ぎ、十八時二十三分になった。バスは入り口で、はっきりしない小僧を待っている。乗客の目は白目になり、運転手はリクライニングをプラネタリウムくらい倒し、寝だした。外見はロケットそのものだが、中はしっかりと市営バスの車内が広がりを見せている。優先席には誰も座っていない。そんな、ただの市営バスに乗るのを拒んでいるのは私の小僧である。親になってわかったのは、子は親に似てしまうということだ。私も、小さい頃は理由もないのに市営バスに乗るのを嫌がったものである。本当に、この子は。私の、子なのだな。なんて、想いを馳せていたら、小僧は乗った。市営バスに乗った。いつものように乗るかのごとく、左ポケットからスマホを取り出し、ピッ。乗った。



どこ行くんですか?これ。



私は、自然と溢れてしまった笑みを小僧にはバレないよう右手で隠しながら言った。



宇宙だ。そして、私の星「ペケポン」だ。



小僧は、マウンドから一塁ランナーを見る顔で答えた。



え。なんですかそれ。

さあ!起きろ!運転手よ!出発である!



「はっ、すいません」という運転手の声がマイクに乗って、車内に響く。その声は、これから宇宙に行くのには余りにも頼りなく不安がそそられる声であった。白目だった乗客もその声に一瞬不安がったが、絶対に謝るのは運転手ではなく小僧の方だということに気づくと、車内は笑いに包まれた。不安は笑いである。ほら、小僧も笑っている。何が面白いのかはわからない顔をして。皆が笑っているから笑っている。これが日本教育であろうか。

「では、出発いたします」と、運転手の声と同時に小僧が一時間半程留まっていた場所が閉まった。つまりは、このバスの扉である。


ドゥウィーーン!プシューー!


ガタガタッ。ガタガタッ。バスは古い洗濯機のように揺れだした。。ガタガタッ。ガタガタッ。ググッ。ググッ。グッ。グッ。身体の重力が足元から腰の方へと移りだした。バスは段々と上を向き出している。グッ、グッグッグッーーー!!!!ドゥうーーん!!一番前の運転手は空を向いた。私達も空を向いた。小僧の涙は、目から耳へと流れ、私の肩へと垂れてきた。小僧は私の前に座っている。



何が!何が始まるんですか!こわい!



小僧は、首を回せるだけ回し、右から私を見ようとしている。ねぇ!なんて言いながら。
「それでは細くなりますね」運転手の声で、バスは細くなる。



細くなる!?細くなるって何!細くなるって何!



私は、優しく答えた。



このバスがね。街灯くらい細くなるんだよ。

が、街灯!えっ!



私は、続けた。



街灯くらい細くなって、上の方からね、ウィーンって八つのLEDライトが出てくるの。そして、光るの。その光が白いような青いような。そんな色でね。私は、その色が好きなんだ。



小僧は黙った。逆転サヨナラ満塁ホームランを打たれたような顔で。



そしてね。運転手が、ボタンを。あの、あそこの。見えるかな?一番前のさ、あ、一番上か。運転手の席が右にあるでしょ。そのちょっと左。小僧の腰の高さのさ。そう。その真っ赤なボタン。真っ赤というか、赤黒いボタン。それを運転手が押すんだ。



そんな話をしている時にはもう、このバスは細くなっている。これも、スーパー脳波イリュージョンを使っている。



押したら、出発だよ。あ!ほら見て小僧。白いような青いような光でしょ?



小僧と私の右側には大画面テレビくらいの窓があり、そこから光が差し込んでいる。ちょうど小僧が今、経験している青白くも力強い青春のような光である。

その光は段々と光量を強め、青くはなくなり、バスが消えてなくなるんじゃないかと思うくらい、私達は白い光に包まれている。



小僧、出発。



私は、おととい見たポニョの影響か。かなりポニョに近い声色でポニョのような発言をした。小僧が目を瞑っているのが、窓の反射で見える。




ガタガターッ。




ロケットはついに出発をした。いや、発射をした。私の星へと向かい、夜より暗い宇宙へと向かって行く。

小僧は目を瞑っている。



小僧!見るんだ!この世界!この世を!しっかりとその目で見るんだ!今、自分に起きていること!自分が生きているということ!自分がどんな存在で!どんな分際で!何をしでかしているかということ!しっかりと!向き合うんだ!小僧が諦めた世界は!小僧が生きていた世界だ!誰かの行動で諦めたのではない!小僧が、好き勝手して!好き勝手に諦めたのだ!小僧!世界を見ろ!美しくはない世界を!美しくはない社会をこの目で見ろ!ほら!後ろだ!後ろを見ろ!



私達の後ろには、美しいという言葉では収まりきらない青くほろ苦い地球が、腕を組んで私達を見ている。

私達は、大きな地球の中、小さな体で、小さなことを諦め続けている。

それはやがて、社会という大きな幻想を生み出した。そして、小僧という未来を、私は奪った。地球とは関係のない、私だから出来ることである。



小僧!小僧は美しい!だから!小僧は小僧だけを見ろ!小僧は小僧のことだけ考えろ!小僧が小僧であり続けるためには、小僧が小僧だということを考え続ける必要があるのだ!小僧!よく

ちょ、うるさいです。



小僧は、その真っ直ぐな瞳で、小さくなっていく地球を眺めている。首が痛いのか、左手で首を揉みながら。

マウンドからバッターを見るような鋭い顔は、触れば消えてしまいそうで、それでいて、力強い輪郭が描かれている。



気づけば、私が奪ったはずの未来は、手元にはなくなっていた。




小僧の未来は、奪っても奪っても、始まっていくようだ。






「小僧、地球へUターンすることも可能だぞ。」


「いえ、とりあえず、、行ってみます!」




2022/10/16「野球小僧、宇宙へ向かう」

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