Fan letter 5 キヨシロー☆ブルース
5月になると思い出します。
忌野清志郎さん。
亡くなった2009年の5月2日は、私は乳幼児育児の真っ最中。
9日のロック葬がX JAPANのhideの次に盛大な葬儀だったんだって、というのを、友人からや、テレビのニュースを通じて知り、「まさかhideと同じ日に亡くなるなんて…」と思ったのを覚えています。
破天荒な人生を送った方だったけど、
私の中で清志郎さんは、ピュアな魂を持つロックの王様。
いつまでも永遠にカッコいい人です。
先日テレビを観ていたら、MISIAさんがここ最近のライブの最後には必ず「花はどこへ行った」を歌っているという特集が組まれていました。
「花はどこへいった」はベトナム反戦歌で、アメリカのフォークソング歌手が発表し、1961年にキングストン・トリオやポール&マリーがカヴァーして大ヒットした曲だそうです。
その後も、沢山のアーティストにカヴァーされて歌い継がれ、日本では加藤登紀子さんの訳と歌が有名で、倍賞千恵子さんも歌っていらっしゃるようです。
もともと宇民謡にルーツがある歌だそうで、それもあって最近特に注目を集めている曲なんだとか。
MISIAさんの歌は、ライブでしか音源がないようで、YouTubeでは探せませんでした。
検索していると、清志郎さんが出てきました。
MISIAさんの歌声も素晴らしくて大好きなのですが、清志郎さんの「花はどこへ行った」は、なんと言うか、胸に迫るのです。
忌野清志郎色で描かれた歌詞と唯一無二の声に、そしてもう、清志郎さんがいないことに、たまらない気持ちになりました。
前のブログで、お題が「サボる」の時、清志郎さんについて書いたことがあります。今回は、それを大幅修正して再掲しようと思います。
はい。
またしても「みらっちセレクション」と「Fan letter」の合体形式です。
***
サボる、と聞いて、私が真っ先に思い浮かべるのは、
という、忌野清志郎さんのバンドRCサクセションの曲、『トランジスタ・ラジオ』です。
忌野清志郎さんとの出会いは高校生の時。
私の高校時代の「推し」は、大ヒットする直前の爆風スランプ。
時代は空前のバンドブームを迎える前夜でした。
1980年代初頭、年は前後しますが、みんなそのあたりにデビューしてるはず。
中でも私は、THE BLUE HEARTSと爆風スランプが好きでした。
ええ、ドブネズミみたいに美しくなりたかったですよ。
大きな玉ねぎの下のライブに行ってみたかったですよ。
残念ながら、爆風スランプは『Runner』が大ヒットしてしまって、それ以来なんか熱が冷めてしまったという、「あんまり売れすぎない頃の勢いがいちばん好きだったファン」の典型的なパターンです。あと、リアルでライブをみていないので、話題でもあった彼らの「破壊行動」はほとんど知らないんですけどね。
Mr.Children、スピッツはもうちょっと後ですね…
遡って行けば、THE ALFEEがいますし、その先に当然、「The King of Rock」と言われる、輝ける伝説の日本のロックバンド、RCサクセションがいるわけです。
忌野清志郎さんは、爆風スランプの、今は「サンプラザ中野くん」と改名されている「サンプラザ中野」さんが、尊敬するアーティストとしてラジオで紹介されてた記憶があります。
オールナイトニッポンとかやってましたよ、サンプラザ中野くんさん。
めちゃくちゃ面白かったです。
たぶん、実家に録音したカセットテープとかあるはず。笑
(↑先日の実家の片づけでみつけました!)
『たにしの留守番』という忘れられないフォークの名曲(笑)があるのですが、これはサンプラザ中野さんとパッパーラ―河合さんの『The花びら』というデュオの曲です。
ラジオで聴いて、すみません、いまだに歌えます。笑
そう言えば昔の高島屋の袋って、バラの花のデザインだったなぁ。
話が逸れました。笑
さて、RCサクセションのことは、私の友達が今でいう「推し」「神」「尊い」と毎日言うくらいのRC信者で、色々教えてもらいました。
高校時代にハマった漫画で、『風呂上がりの夜空に』があります。
そこにも、清志郎さん(&RC)ネタが満載。
何しろタイトルからして、『雨上がりの夜空に』をもじっているわけで、全編これ、RCの経典といっても過言ではない漫画です。
主人公の恋の行方と、舞台となる自由すぎる学校生活に憧れました。
ひょっとしたら今はこんな学校があるのかもしれませんが(いや、さすがにないだろ)、昔はとにかくこんな学校だったらどんなに楽しかろうな!という学校が舞台の学園ものでした。
『トランジスタラジオ』は1980年の曲で、『雨上がりの夜空に』はその次のシングルです。本当にほぼ同時代の曲とリンクした漫画で、たまらない魅力がありました。
高校時代、友達にカセットテーブにダビングしてもらって初めて聴いたRCサクセションの衝撃は忘れられません。
今でも、高校時代の記憶として燦然と輝き続けているロックバンドと、この漫画。
「授業をさぼって屋上で煙草ふかしながら洋楽を聴いている」青春のイメージは、まるで疑似体験したかのように鮮明です。
当時はそこにある解放感や自由に憧れていた気がします。
そういう少年少女は、多かったんじゃないかなぁ。
授業をサボったことも、たばこ吸ったこともないマジメ学生だったからの、なおさらの憧れです。
清志郎さん、早逝されたのが本当に悔やまれます。
今はセブンイレブンのコマーシャルで THE TIMERS(最初は清志郎さんということを隠していた)の「デイドリーム・ビリーバー」が聴けますけどね…(←もう変わってて聞けないみたいですね)。
都会に住んでいたら、ライブとかに行ったんでしょうか。
当時のそういう「格差」ってすごかったですよ。
田舎にいたら、せいぜいCDを聴いて楽しむだけ、ただの憧れで終わりです。
しかしそれにしても、ものすごいライブ黄金期でしたよねぇ、1980年代。
BOOWYとかREBECCAのライブとかに行ってた人いたんですよね~
田舎ではまさしく学校でもサボらない限りそんなとこ行けませんでしたね。
「サボる」とうテーマから、およそ遠くに来てしまいました。
***
以上が、「みらっちの読書ブログ」で書いた記事です。
今回、反戦歌がきっかけでnoteに投稿しましたが、忌野清志郎さんは、RCサクセションの『Cover』というアルバムから、明確に「反戦・反核」を意思表示したと記憶しています。
そもそも、発売じたいが危ぶまれる不穏なリリースでした。
ことの顛末はウィキペディアに詳しく出ていましたので、ご参照ください。
それまで、「甲州街道はぁ~もう~秋なのさ~」「キヨシローはバラードもいいなぁ」「愛しあってるかーい」とか合いの手を入れていた私も、「むむ?」と思うような急展開で、最初は戸惑いました。
商業的にも社会的にも風当たりも批判も強烈だったにも関わらず、清志郎さんは自分の意見を翻すこともなければ、どこででも彼が言いたいことだけを言っていたように思います。
あの静かな物言いで。
清志郎さんは結構本を出していて、私がいちばん最初に買ったのは『エリーゼのために』という「詩集」でした。
手放してしまいましたが、その本の内扉の和装の「著者近影」が文豪みたいでとても良かったです。
『使ってはいけない言葉』は、清志郎さんのデビュー50周年プロジェクトの一環として2020年に出版された名言集です。
このプロジェクトは「著作、出演雑誌、出演番組、ファンクラブ会報、ライブMCなどから網羅的に収集し、未来の読者のために残すプロジェクト」なのだそうで、とてもシンプルな本です。
彼の言葉が、1ページごとに載っているだけの本。
なのに、時々ページをめくりたくなります(電子書籍で買ったのでめくれないけど)。
アルバムみたいな本だなと思います。
ページを開くたび、今のところ、清志郎さんに顔向けできる自分じゃないし、顔向けできる世界じゃないなと思ったりするのです。