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続・服がない

 桜の開花宣言のあった日、服を買いに行った。

 この春は、外出の予定が立て込んでいる。

 やっと受験が終わって、コロナも落ち着いてきて、なにより春だ。卒業、入学と言った式典の予定もあるが、それ以上に友人知人の間で「そろそろ会いましょう」といった盛り上がりがある。

 クローゼットを見渡すが、着られる春の服がない。
 あるのは、丈が合わなくてもちょっとくらいきつくても無理やり着ているもっさりした服ばかりだ。
 コンマリ流に言えば、まったくときめかない。

 久しぶりに友達に会うためには多少なりともお洒落をしたい。別に誰と比べてどうというのではない。3年以上前の、サイズの合わない服を着て行きたくない、自分が落ち着いた気持ちで友だちに会いたい、それだけだ。

 狙いすましたようにこの時期、ルミネは10%オフセールをする。

 「ルミネ」というJR系の駅のファッションビルには、昔からよく行く。定期的に10%オフをするのが、なにより魅力だ。いちばんの目当ては化粧品で、セールをしない化粧品が少し安く買えるし、服から本から食事から、何から何まで消費税ぶん、安くなる。

 ただひとつ、問題がある。

 私の年齢と容姿が、おそらくルミネに入っている洋服やさんが想定しているであろう顧客層から、ズレてきてしまった、ということだ。
 少しではない、だいぶ。

 そこのところは重々承知している。
 百貨店の、シニア向けの店にいけばいいのはわかっている。
 でも正直、やっぱりデパートは敷居も金額も高い。
 百貨店のセールの時期は「今、服が欲しいのよ、今」という時期と確実にずれているし、ルミネのわかりやすい消費税丸ごとナシの割引よりはなんとなくインパクトに欠ける。「旬の服を少しでも安く」というニーズに沿っていないのだ。

 シニア向けは路面の個人店もあるが、とても入りにくい。

 お店の雰囲気によっても違うが、たいていが「お得意様」で成り立っていて、ツーと言えばカーな顧客でなりたつそういった店にはなかなか入っていけないし、そういう店は得てして、店員さんがグイグイ来たりする。

 おまけにデパートより高かったりするから侮れない。にもかかわらず入って何も買わずに出てくる、なんてことができそうもない。もちろん、できるのだが、心理的な圧がある。

 そんなわけで、私は久しぶりに、セール中のルミネに行ってみることにした。

 買う気満々で来ているから普段とは服を見る目が違う。

 狩人の目だ。

 がしかし、昔と違って獲物に対する感度が鈍っている。タグと長年のカンで着られそうな服に見当をつけ、試着して、デニムとカットソーを買った。

 実は、その日私がいちばん欲しかったのは、黒のタイトスカートだった。

 昨年はネットや街中でタイトを見かけたが、今年はそうでもないらしい。あったとしても、丈が長い。丈の短いジャケットやカーディガンが出てきたので、それに対するバランスかもしれない。

 黒いタイトスカートは1つ持っていて、とても重宝していた。でも、出かけるたびに着ていたら、さすがにくたびれてきた。2代目が欲しかったのだが、今どき「前と同じもの」など置いている店はない。買い物をしたその店にも聞いてみたが、今年のタイトは去年と違って丈が長いかスリム化していますと言っていた。

 いったい、どうしてこう、毎年毎年、デザインを変えて大量の服を作るのだろうと、つい考えてしまう。

 かといって、ユニクロみたいに毎年ほぼデザインの変わらない(少しずつ違っているのだが)ものに対しては、やはり魅力を感じなかったりする。そのあたりが人間の心の不思議ではある。その不思議を利用して購買意欲をそそるために手を変え品を変え服が作られ販売されていることを思うと、鶏が先か、卵が先か、のような気持ちになる。

 私たちが機能と物持ち重視を徹底すれば、流通が変わってくるのだろう。でも人間は、たぶんそれだけではダメな生き物なのだ。

 服によって生き方や性格、季節感や時代までもを表現しようとする人間は、デザイン性や変化というものをとても大事にする。

 自分の気持ちも変えたいし、「髪色変えた?」「その服、似合ってるね」などと言われれば嬉しい。これはどんな年齢になろうと同じだと思う。ポジティブな印象を持ち、持たれたいという気持ちは変わらない。

 お仕事ならジョブス的に制服化もいいが、友達と会うのである。
 3年以上ぶりに会う友達に!←しつこい。

 駅ビルであるルミネには、概してターゲット層が若い店が多く軒を連ねる。シニア向け以上に若い人のお店にも入りにくい、という声も耳にするが、これはお店による、と思う。

 顧客の年齢層とショップイメージを天秤にかけつつ、昔からの顧客も手放さないような展開をしている店、言ってみれば、若い人に焦点を当てつつ、顧客と一緒に年を重ねているお店では、年齢に関わらず買えるものがあるし、お店の人も親切に対応してくれる。

 または、キッズ、メンズ、レディースとファミリー向けの展開をしているお店は、様々な年齢層の人が来るのを想定しているから買い物はしやすい。選べば着られる服がある。

 危険なのは、ターゲットがはっきりしないお店だ。
 一見、間口が広そうに見えて、実は買えるものがない。
 駅ビルにはこの手のショップが多い。しかも、ちょっと買いやすい値段設定なのでついふらふらと覗いてみたくなるので要注意なのだ。

 実は今回、私はトラップに引っかかってしまった。

 そんなお店のひとつで、本命のスカートを見つけたのだ。

 前の方に吊られていて目につき、あった、ようやく見つけた!と思い、値札を見ると値段も手ごろ。

 危険ゾーンのショップだったが、ウエストがゴムで少し伸縮性もあり、サイズ展開があれば行けるのではないか、と思った。

 今思えば、久しぶりの買い物にちょっと興奮してしまい、冷静さを欠いていた。

 試着をしようと手に取り、店員さんを探すが、生憎接客中。
 レジにいた店員さんと目があった。

 この時に、気づけばよかった。

 若くてスレンダーな店員さんは、笑顔だったが若干こちらを拒否する目をしていた。瞬間的に「あ、お門違いかな」と思った。が、せっかく目当てのものを見つけたのだ。強行した。

 ご試着ですか、サイズは大きいのと小さいのがあります。こちら小さい方ですが、という。大きい方を試着したい、というと、探してきます、と言って、彼女は奥に消えた。めちゃめちゃ漠然とした説明だなと思った。舌切り雀みたいだ。
 すぐにバックヤードから出てきた彼女は、大きいサイズは完売した、と言った。言って、そして、黙っていた。在庫の話もなく、こちらの反応を待っていた。

 ああこの時に。
 この時にも気づけばよかった!

 彼女は「こちらのサイズを試着してみますか?」とは言わなかった。
 それは「このサイズはあなたには無理。というか大きい方でも無理」というサインだった。あるいは「今私はレジ担当で接客のターンではない」というサインでもあったかもしれない。その両方だったかもしれない。

 接客の上手な店員さんなら、ここで二言三言あるはずだが、彼女は沈黙を続けた。

 その時の私はどうしてだか諦めきれなかった。ウエストがゴムだし、サイドにファスナーのタイプだから、もしかしたら、と思い、つい、「いちおう、着てみてもいいでしょうか」と聞いていた。まあ店員さんは当然、はいどうぞと言う。それはそうだ。

 試着室に入り、ようやくハッとした。

 なんという失態。
 これは絶対に無理なやつだ。
 こういうのが欲しい、という願望が強くて、現実を見ていなかった。

 マタギがクマとの距離感を誤って返り討ちにあったパターンだ。

 そそくさと着替えて試着室を出ると、別の店員さんがいた。「サイズがちょっと。すみません」と言って店を後にした。

 店に入った時からリプレイすると、自分の行動が逐一間違っていたことに気づく。試着するまで気づかないとは。痛い。なにより、自分の自己イメージがまだしっかりと補正されていないことに、愕然とした。

 やはり危険エリアには近づかないに限る。

 帰りの電車ではうつらうつらしてしまった。買い物するにも体力がいるし、ほんの小一時間ほどしかルミネにいなかったのに、なんだこの疲労感は。

 やっぱりそろそろ、ルミネは卒業なのかな。
 心の中で、ちらりと思う。
 前回、ルミネに行ったときもそう思った。
 その前も。
 確かその前も。

 春うらら。
 どこかで咲いているはずの桜は、電車の窓からはまだちっとも見えなかった。


 

 
 
 











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