みらっちセレクション⑨ ゼンメルヴァイスの冥福を祈りながら手を洗おう【決してマネしないでください/蛇蔵】
「決してマネしないでください」
って言われるとどうしてもマネしたくなっちゃう子、いますよね。
実は私、そういう子でした。
さすがに火だの油だのあまりに危険なことに手を出すことはありませんでしたが、日常の、ささいなこと。ほんとかな、って思うと、なんだかムズムズやってみたくなる。
昔、なにかペンのCMでインク交換カートリッジを逆さまにして見せ、「ほ~らこぼれない」というCMがあったんです。
いや、あくまで私の記憶の中では、ですけど。
本当にCMでそんなことをしていたのかどうか、わかりません。
私はそれを見て、
「あれ、家にあるやつだ」
と、箪笥の上にあったそれを持ってくると、おもむろに逆さまにしました。
わりと、思いっきり。
真っ白なテーブルクロスの上で。
幸いテーブルクロスはビニール製、母もさすがに「CMが悪い!」と(そういうからには、本当にCMでそんなことしてたんでしょうか?)。私もまさかの事態に呆然、悪気はなかったので泣きだしてしまいました。母にとっては、テーブル真っ黒、娘はギャン泣きで阿鼻叫喚の世界です。
私としてはテレビで見たとおりに実験して裏切られるとは思っていなかったのですよ。おかげで厳重注意くらいの、中の強程度のお叱りで済みましたが、テレビは本当のことを言っているとは限らない、と言う不信感?だけは身に付きました。
CMで「マネしないで」と注意があったわけでも、逆に「やってみて」と推奨されたわけでもなく、あえて、わざと、悪意ともに果敢にチャレンジしたうえでの、
と言うのともまあ、違ってますけれど、とにかく何か、すぐ試してみたがる子だったことは間違いない。
そんなわけで、私はわりと大きくなるまで「見る」→「即行動」という思考時間が極めて短い危険な子だったわけですが、この漫画には↑こんな短絡思考こそはないものの、日常生活がピタゴラスイッチな人たちによる、素晴らしき実験ライフが描かれています。
主人公は、物理をこよなく愛する工科医科大(架空)の物理学部の学生、掛田くん。
彼が学食で働く飯島さんに恋をするところから物語は始まります。
………けど、恋愛ものではない。たぶん。
やっているのは恋愛のかけひき、ではなく、
などなど。
さりげなく「危険」「超危険」な実験が出てきます(鶏以外)。
漫画で見ている分にはいいけれど、実際にそんなことやっちゃう?という気がしますが、実は意外と、高校・大学あたりの理科系の部活動ではフツーにやっているのかもしれません。
ちなみに息子の学校の科学部の紹介動画にはテルミット反応実験をしている写真が載ってました。鍋溶けてましたけど。あ、でもこの漫画みていたおかげで、それがテルミット反応実験だってわかってちょっと嬉しかったです。
で、この漫画の何が面白いかと言いますと、実験もさることながら、科学者たちの挿話がいっぱい登場して、それがとてつもなく面白いのです。現代の文明生活に多大なる貢献をした先達たちの思いがけないエピソードがてんこ盛り。自然に科学史を学べちゃうという優れものです。
もともとこの漫画を知ったのは、外科の祖と言われるジョン・ハンターの伝記を読んだつながりで、Amazonのおすすめ欄に出てきたのがきっかけでした。ジョン・ハンターの伝記、ここ最近読んだ中ではダントツに面白かったのですが、表紙がかなりグロいので、表紙を皆さんに見せるのもなぁ……と躊躇い、やめました。
ジョン・ハンターのほかに、ニコラ・テスラ、アイザック・ニュートン、ベルヌーイ兄弟、アルバート・アインシュタイン、ヘンリー・キャベンディッシュ、マリー・キュリー、グラハム・ベル……コミックの裏表紙に書いてある科学者たちの名前ですが、一部です。逸話が漫画でわかりやすく楽し書いてありますが、作者さんはなかなかよく調べているようで、監修にあたった教授陣のコラムなども載っていて、読みごたえはたっぷり。
と思ったり、
と感心したり。
その中にゼンメルヴァイスについての話があり、ちょうど今の世相にぴったり合っているので興味深く読みました。
1840年代、目に見えない細菌のことが良く知られていなかった時代に、今では小学生でも知っている「手を洗えば菌が落ちる」ということに命をかけた医者、ゼンメルヴェイス・イグナーツ・フュレプ(1818年~1865年) 。
院内感染症予防の父と呼ばれているそうです。恥ずかしながら、私はこの本を読むまで彼のことを知りませんでした。
ゼンメルヴァイスは手を洗えば感染症を抑えることができることに気づき、それを広めようと手洗いを提唱しますが、当時の医学会はまったく受け入れず、むしろ彼を嘲笑したり怒りを表した、と言います。
なんかマスクを提唱したけれど受け容れられず…みたいなどっかで聞いたような感じですが、時代が違うと常識が違う、ということなんでしょうね。
残念なことに「どうして、なぜ、手を洗えばいいのか」というところまでは証明できなかったために、彼がどれほど論文を書いても受け入れられず、ついに壊れてしまった彼は精神病院で生涯を終えます。
この漫画を読んで以来(※この記事を書いたのはまだ自粛ムード漂う2020年の夏でした)、私は手を洗うたびに、ゼンメルヴァイスのことを考えてしまうのでした。
感染症流行中の今こそ、この方に感謝しなければならないのかもしれません。