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心に刺さると抜けなくなる【清水玲子】
この記事は、読書サイト「シミルボン」からの転載になります。
心に刺さると抜けなくなる【清水玲子】
(2021年5月19日「シミルボン」連載「その目が見つめる先にあるものが見たい」初出)
をお届けいたします。
先日の
わりと人生を豊かにしがち【少女漫画3選/高校生編】
にリンクを貼った記事です。
リンクに飛ぶのではなくnoteで読みたい、というご要望にお応えして、記事全文を加筆修正してこちらに転載いたします。
初「シミルボンみらっち」の方、いらっしゃいませ。
以前からの読者の皆様には懐かしい記事だと思います。
どうぞごゆるりとお楽しみください。
「この1冊で私の人生が狂いました」…いえいえ、そこまでではないですが、でも私にとって「人生に食い込んでる感じ」がするのが、清水玲子さんです。ほぼほぼ、リアルタイムで追い続けてきた漫画家さんでもあります。
最初に読んだのは『ミルキーウェイ』。高校時代、友達が授業中に(!)熱心に読んでいて「そんなに面白いの?」と聞いたら「面白いよ~読んで読んで!」と貸してくれたのが始まりです。
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ハマりました。絵がとてもきれいで、線がアールヌーヴォーっぽくて好みでしたし、ファンタジックで軽いタッチの、コメディ要素もあるけれどもどこか切なくて抒情的なジャックとエレナの物語が大好きになりました。
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そこからは手当たり次第に既刊の作品を読み、ジャックとエレナのグッズなんかも買い、単行本の余白のコラムを熟読し、清水さんが作品を描きながら『E.L.O』のアルバムを聴いていたというのでアルバムを買い、エンドレスで聴き…笑、清水さんがバレエにハマっていた『月の子』まではよかった。しかーし。衝撃は突然やってきました。
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このあたりから、グッと雰囲気が変わったのです。「禁忌(タブー)」に踏み込む内容や、グロテスクな表現があり、シリアスになりました。絵が美しいだけに、悲惨さや儚さが際立つので、必要以上に心に刺さる感じ、といいましょうか。
特に『22XX』は、衝撃でした。『ミルキーウェイ』の登場人物「ジャック」のシリーズでしたし、スピンオフ的な話なので物語自体は好きなのですが、「生きること」「食べること」に関わるタブーを真正面から扱っていて、それ以来食べ物に対する感覚がすごくナイーブになりました。いまだに忘れることができないコマがあります(後述の『秘密』の第九に行ったら間違いなくあのコマが出てきそう)。
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『輝夜姫』。このあたりも、なんとかクリア。でも次第に、ちょっとずつ、絵柄と、物語がはらむ重厚な問題とがちょっとちぐはぐに感じてきたのです。
そしてついに、
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『輝夜姫』の長い連載の後で、久々の長編の予感がする『秘密』第一巻を読んで、そのあまりに綺麗な絵と、綺麗が故に、よりグロテスクに感じる表現に「ヤバい、トラウマレベル」と感じ、読むのを断念。封印しました(清水先生、ごめんなさい)。
だいぶ経って、おもむろに読み始めたのは、新シリーズから。
今確認したら、最初の一巻が出たのが2000年くらいなので、なんとほぼ十年近く、清水さんから遠ざかっていたことになります。
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『秘密』は、近未来、人間の脳に残る記憶を映像化する技術が発達し(MRI捜査という)、それをもとに事件を負う「第九」と呼ばれる科学捜査研究班の刑事さんたちのお話。サイコホラー&サスペンスです。
「暴く(あばく)」という言葉がぴったりで、ぴったりすぎて、人が隠しておきたいもの、本来は表に出さないものが赤裸々に暴き出され、結局「見たくないものを見る」ことになってしまいます。そんなサイコな要素に加え、絵が美しいだけに精密すぎるグロ。ホラー度が増します。
アニメ化と、確か生田斗真さん主演で映画化されています。どちらも未視聴です。
原作漫画の物語は短編や長編の組み合わせで進行しますが、過去の事件で友人を失ったトラウマを持つ主人公の設定も、事件のたびに傷を抉られるような捜査も、とりまく周囲の人間関係も、また事件そのものも、惹きこまれる魅力があります。
登場人物たちは触れられたくないところに踏み込まれることでえぐられ傷つき、読者もまた、自分自身に問いかけて自分の傷を見るような、ある種痛々しいシビアな漫画です。絵柄と内容のギャップを愛せるか否かが、この作品の好き嫌いの分かれ目になりそうな気がします。
惜しむらくは、主人公の薪と、薪が過去に失った友人の面影を重ねる青木が、どうしてもエレナとジャックに見えてしまうこと。私の中で、ジャックとエレナは永遠のパートナーなので、なんとなく釈然としないものが心の隅にあったりするのです。
薪が30代の「おっさん」にはどうしても見えません。もしかしてエレナと同じアンドロイドで設定20歳くらいなのかもしれません。いや、そんなことはないですね。はい。薪が若く見えることも、この作品の「要素」ではあるのですが。
甘く美しい夢のような絵に惹かれて読み始めると、心に刺さった棘が抜けなくなるのでご用心。最近の清水玲子さんの作品を読むには、少しばかり覚悟が必要です。