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あなたを想って、泣くために

こんにちは、Miriです。
わたしのnoteを見つけてくださってありがとうございます。
以下の記事には、妊娠、出生前診断、中期中絶の内容を含みますのでご注意ください。

わたしたちのところにやってきてくれた次男は、出生前診断で純型肺動脈閉鎖症の診断を受けました。
わたしたちは、この子を産まない、中期中絶をする決断をしました。
妊娠17週6日、169gの小さな男の子を死産しました。
火葬、水子供養を行い、2週間ほど休んだ後、哀しみはありましたが仕事に復帰する日を迎えました。




朝いつも通り長男を保育園に送り、緊張しながら職場まで運転して行きました。
久々に職場の同僚に会えて、嬉しさとほっとする気持ちで涙が出てきました。

わたしは助産師として産婦人科に勤めています。外来勤務では、様々な妊産婦さんに関わることが多い仕事をしています。
幸せそうな妊婦さん、辛い状況にいる妊婦さん、同じくらいの予定日だった妊婦さんも受診しています。

普段から個人的なこととは区別し、感情移入はしないように心がけています。ですが仕事として集中出来なくなりました。
どうしても次男のことが頭によぎってしまう。お腹を触っても、わたしのお腹には赤ちゃんはいない。辛い。でも仕事しなきゃ。集中しなきゃ。頑張らなきゃ。
家事と育児と仕事を両立する生活に戻れるように、明るく頑張らなきゃいけない。わたしならきっとできる。
仕事を休んでいた焦燥感が、わたしを追い詰めていたと思います。

昼休憩の時に上司と話をして、産後休暇を取ることにしました。
上司からは「いつでも帰ってくる場所があるよ。待ってるよ」と声をかけてもらい、その優しさに涙が出ました。

自宅のベッドで横になって、涙を流しながら青空を見ていました。
明日から何をすればいいのか分からない。
でもちゃんと悲しみたい。
数ヶ月で悲しみが終わる訳では無いけど、次男のことを想って、たくさん泣きたい。
そう思いながら、飛行機が飛んでいく空を眺めていました。




産後休暇に入ってからも、毎日は過ぎていきました。
長男を保育園に送ってからは、家事や部屋の片付けをしたり、買い物に行ったり、家族の夕食の準備をしたり、昼寝したりして過ごします。
テレビを見て笑ったり、最低限の食事や睡眠もとれています。こころも健康に思えます。
天気が良くて暖かい昼間でも、家に一人でいると、静かで孤独、寂しさを感じます。次男はきっとそばにいてくれているけど。

長男のお迎えに行くと変わらない笑顔を見せてくれます。
仕事を終えて、優しい声で「ただいま」と夫が帰ってきます。
家族が家に揃うとほっとして安心します。家族が無事に帰ってきてくれたこと、夫に抱きしめられると、嬉しくて涙が出てきます。

寝る前に、夫と長男と「寒いね」って言って、ぎゅうぎゅうになって寝っ転がると、こころの温もりを感じます。
しあわせなのに、辛い。自然にぼろぼろと涙が出てきます。
しあわせなこの空間に、次男がいればなあと考えずにはいられない。そう思ってしまう自分が嫌になります。
こんなにも幸せなはずなのに、こころにぽっかりと空いた喪失感が消えません。




産後1ヶ月が経たないころ、グリーフケアのお話会に行きました。
参加された方は、それぞれ週数や状況が異なるけど、今の辛さや赤ちゃんへの想いを話して、一緒になってたくさん泣きました。
皆さんの話を聞いているだけで、胸が詰まる想いになりました。

「辛かったことはどんなことでしたか」という話になりました。
今でも火葬の日は思い出すだけで涙が出てきます。

わたしの手から離れていってしまう、押し寄せてくる喪失感。
そして、残った小さな御骨。
青空の下、御骨を抱きしめ人生で1番泣いた日。
自分たちで決断したことなのに、後悔が消えない。
本当にわたしのお腹から、この世から、次男はいなくなってしまった。
もう一度この手で抱きしめたい。あの日に戻りたい。そう思わずにはいられない。
それは叶わない、その現実が、わたしの胸を張り裂けそうな気持ちにさせる。

涙をぼろぼろ流しながら、想いを言葉に出しました。
話すことが下手なわたしの話を、皆さんが泣きながら、頷きながら聞いてくれたことが嬉しかったです。

「自分だけ時間が止まっている気がする」と話された方がいました。
わたしも未だ、出産した日のままでいます。
世の中は普通に動いているのに、わたしだけあの日のまま取り残されている気がします。

10年前に死産を経験された住職さんは、10年たって「意味があることだったと思う」と話されていました。
わたしも、この出産は意味があったと思える日がくるのでしょうか。
そう信じたい。今は辛くて、苦しくて、泣いてばかり。
前に進めない、立ち止まっているだけ。
でもいつかは、ひとりの人間として、助産師として、何か意味を見いだせることを信じたいと思います。




今までやりたかった部屋の模様替えをしたり、興味のあった分野の勉強をして、日々は穏やかに過ぎていきました。

友人に会うこともありました。
わたしのことを気にかけてくれて、次男のことを話をしました。優しく声をかけてくれて、また涙ができてきました。少しだけ心が楽になりました。
友達は少ないですが、お互いの深い話ができる、自分の涙を見せられる、心を許せる、そんな関係の友達がいることが幸せなんだと思います。

哀しみは消えませんが、涙を流す日は減っていきました。
仕事復帰する日が近づいてきていました。復帰への不安はありましたが、仕事できていない焦燥感もありました。
少しずつ気持ちは前を向けている気がしたので、予定通り仕事に復帰するつもりでした。


ある夜、些細なことで夫と喧嘩になりました。
ぼろぼろと涙が止まらなくなり、恐怖と混乱でパニックになりました。
夫と長男が寝た後、次男の骨壷を持って家を出ました。珈琲を飲みながら、海まで車を走らせました。
夜の海は真っ暗で、何も見えなかったけど、波の音は心地よかったです。
冬の星座が綺麗に見えて、胸に骨壷を抱き締めて泣きました。
やっぱり苦しくて、辛い想いは消えない。次男のところに行きたい。きえてしまいたいと思ってしまいました。
消えてしまいたいと思って海に行ったけど、勇気が出ませんでした。

翌朝5時に自宅に戻ってきました。
夫は仕事を休みましたが、目を見ると恐怖が蘇ってきて、何も話す気にはなれませんでした。消えてしまいたいと言ってしまいました。
夜中家を出ていたことで、警察と保健所の方が自宅に来ました。
保健師より精神科受診を勧められ、かかりつけの精神科の受診することになりました。死産後の精神科受診はしていませんでした。

主治医に話を聞いてもらえて、安心して涙が出ました。
産後うつの抑うつ状態になってること。うつ症状でも交感神経優位の状態で、パニックになったり感情的になってしまうこと。ライオンに怯えるシマウマのように、旦那の存在や言葉を恐怖に感じてしまうことがあること。性格の問題ではなく、産後のホルモンバランスの変化と喪失体験が重なり不安定なこと。
と言ってもらいました。

精神科の内服をすることになり、受診を続けて、日常生活は送ることができています。
夫との関係は良い時もありますが、正直うまくいっていない気がします。

主治医と相談し、仕事は復帰しないことにしました。
上司は休暇を取ることを快く了承してくださり、「今後のことをすぐに決めなくていいよ」と言ってくださりましたが、今は仕事に戻れるのかも分かりません。

今は、こころの回復を優先しようと思います。
ゆっくり、自分の人生のこれからを考えていこうと思います。


Miri


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