『20年後のゴーストワールド』第1章・私のシーモア(2)私を構成する42枚
2023年の5月末、インスタグラムのストーリーズにまさかの人物の足跡が残っていた。その人の名前は昔から見慣れた字面だけど、近年はたまにライブ会場で見かけることはあっても挨拶するほどの間柄ではないし、もともと深い関わりはない。なぜこの人が私のインスタを見ているのか……私はライブを観た感想をSNSに書くのが趣味なので、そこから検索でたどり着いたのか。
あれこれ考えていると、インスタのDMにその人からメッセージがきていた。お互いアカウントをフォローしていなかったので、私がメッセージのリクエストに気づくまでに時間がかかった。
「浅井(仮名)から送られてきたんだけど、この人の42枚見てくださいって。そしたら君だった(笑)」
浅井というのは私がよくライブを観に行っていたバンドのヴォーカルだ。もちろんベンジーではなく、私より少し年下の30代半ばのバンドマンだ。浅井は10代の頃から地道にバンド活動をしており、バンド存続のためにSNSも苦手なりに頑張ってやる方の人だった。ときおりエゴサしてはファンの投稿にいいね、をしていたり、ストーリーに足跡があった。流し読みの場合も多いだろうが、ストーリーに足跡があるのは少し心の距離近めに気にしてもらっている感がある。
42枚というのは、Xやインスタで流行った#私を構成する42枚という、タイトル通り自分が影響を受けた、好きなアルバムのジャケットを42枚並べて投稿するものだ。
私は音楽が好きで、42枚におさまらないだろうと邦楽版と洋楽版とわけて作った。これが好きだから通、みたいな人によく思われたい邪念はゼロの素直にありのままを並べた。私のリスナー人生そのままの私を構成する42枚ができて、SNSに投稿した。そこで、浅井はピンと気づいたのだろう。そこは私の好きなバンドのヴォーカルである、好きで聴いてきたものの歴史が同じでそこには彼が見慣れたジャケットが並んでいたのだろう。
私を構成する42枚のうちの大半が「その人」ことa.k.a.おじさん、私のシーモアがプロデュースしたり、制作に携わった作品だったのだ。
おじさんは私の中でもともとは「ブックレットの中の人」だった。私はこの時38歳、遡ること四半世紀、中学生の時からおじさんの名前をCDのブックレットで見ていた。好きなバンドから掘り下げて買い集めたCD、どれにもその名前があった。今よりネットの情報もなく、正体はわからないが、名前の字面が焼き付いていた。当時はCDを買って聴きながら、歌詞はもちろん最後のクレジットまで隈なくブックレットを眺めていた。顔もわからないし、ラジオや音楽雑誌にも出てこないけど、確実に作品になくてはならない人、どんな人なんだろうとずっと思っていた。作品にその人の名前を見かけると、これはもう良いものなんだろうとさえ思って聴いていた。好きなレーベルでそこのバンドを掘り下げて聴くように。
2000年台半ばになって、そのおじさんがプロデュースしたバンドのライブでおじさんを見かけて、ようやく見た目が判明した。おじさんは周りの薄顔ガリ細バンドマンより背が高いというより、図体がでかく顔立ちもはっきりした人という印象だった。常に業界人ぶった話しかけんなオーラを放っていたので、話したことはなかった。実際もともと業界人、なので「ぶっている」わけでなく別にそのままではあるけど。
時を経て、その人からメッセージがきた。今も音楽のプロデュースや制作の全般をやっているという。
「浅井が、この人(私)は俺(おじさん)によって構成されてて、もはや俺がこの人の普段じゃないですかなんて言うんだよ(笑)こりゃ俺この人と結婚するしかないねって(笑)そしたら君でさ、俺この人知ってるってなった(笑)」
ファンとして認識はされつつも浅井に私は「この人」呼ばわりされてるんだな、と思いつつ(確かに名前で呼ばれるほど親しくもないファンである)おじさんから自分が認知されているのは不可解な感じはあったけど、自分にとって「普段のようななくてはならない存在」なんて、本当に存在したら嬉しいはずなのに、この時すでに橋脚がぐらぐらしている思いがした。
私は良くない予感に襲われて
「これからも陰ながら応援しています。先日プロデュースされた浅井さんのソロの作品も良かったです。これから出る作品も楽しみにしています」と打って当たり障りなく終わりにしようとした。
「表で応援してくださいよ(笑)」
と返信がきた。全ての文に(笑)がついていた。
こんなに(笑)のついたメッセージを誰かから受け取るのは何年ぶりだろうと思って身震いがした。私が陰ながらと言ったのには、(笑)の連発にドン引きしただけでなく、意味があった。今思えばこのメッセージにいいねのハートマークだけつけて、返信せずに終わりにすれば良かった。しかし開けなくて良い扉の向こうへ、背中をドンと押されてつい入ってしまった。私には空いている椅子がないのだ。長い時を経て、おじさんと今関わり合うのは何か意味があるのではないかと心のどこかで思いながら。
脳内BGM
来世で遊ぼう/3markets[ ]
※ この物語はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。