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あいつの好きなところ

私には腐れ縁の君がいる。

毎回何かと書いてるが、私は2020年の9月に、そいつと結婚するためにわざわざスイスくんだりまで飛んだ。まだまだコロナ真っ盛りの中によく行ったもんだが、遠距離恋愛の先の見えなさにさっさと踏ん切りを付けたかった。2020年春にコロナの影響でレストランの仕事を解雇になり(と言っても最初から腐れ縁のあいつと一緒になる目的で海外に飛ぶため、もともと辞める予定ではあったのだが)、その夏に彼のスイスでの仕事が決まり、急いで渡航準備を進め、秋にパスポートで入国したのだが、結果失敗に終わって冬に帰国した。

おもてむきには「コロナでダメになった」と言っておけば話がスムーズなのでコロナは大変便利なワードではあるのだが、実際のところコロナはたいして主な原因ではなく、実はスイスに行ってから色々と彼とすれちがってしまって、私が結婚に踏み込めず日本に帰って来てしまったのだ。

あの時パスポートでスイスに居た三か月は思い出したくもないし、スイスは悪くないがスイスも大嫌いになってしまった。それにあの時のエピソードを思い出せば、100人中100人が反対の別れろ案件だ。もっといい男いる。まじで。で、私もそう思ってる(めちゃめちゃいい男といい恋愛したい、私今めちゃめちゃいい女度上がってるから)。

私が日本に帰国すると決まった時、奴は今後どうするかの話し合いの口火を切らなかった。私も、帰国してそのまま別れる可能性も大だったので、むこうが口火を切らないのならとだんまりをきめこんだ。会話からめんどうな話題が消えて、残された数週間だけ、私たちはうわべの仲の良さを見せた。虚しかった。

帰国して、私は日本で仕事をみつけ、運のいいことにとても自分に合った仕事で、日々むかついてはいるけれども、とても自分に向いたことをやっていると思いながらその点では充足感を得ている。この仕事を始めて一年が経った。

ちょうど去年の今頃は、奴と疎遠になっていた。仕事も楽しい。趣味のダンスも始めた。このまま日本で一人で生きる選択肢もありだ。大ありだ。というか、スイスまで来た私を手放した男を追いかける気はもうさらさらなかった。彼は悪い男じゃないが、人生を一緒にするとなった時に立ちはだかった壁を一緒に超えていける相手ではなかったのだ。だめじゃん。

帰国して、私の仕事が順調になるにつれ、連絡は1週間、2週間と間隔があいていった。どちらから別れの言葉を切り出すわけでもなく、むこうが連絡してこないなら私もしないでいいや、という感じで放置していたら、たまに「連絡なし?」みたいなメッセージがぽつりと来たりしたが、それすら放置していた。ちょうど一年前の今頃、私はBTSのジミンちゃんに夢中で、スイスまで行ってうまくいかなかった男など、もう切れる縁なら切れてもいいわと思っていた。WhatsAppの「イタリアの家族」という名前のグループチャットを通じて、私の知らない間にスイスからホリデーでイタリアに一時帰国している彼の様子を片目で垣間見たりしていた。

そのホリデーの写真を見てからそんなに時間が経たないうちに、彼の弟が事故で死んだ。私はいそいでイタリア行きのチケットを取って葬式に出た。去年の7月。

あの子は仕事とかで大変な時も泣き言を絶対言わない子なのに、夕食のテーブルについてふてくされたようにパンをちぎっては乱暴に口に入れ、ふといなくなったなと思ったら庭に停めた弟の車に手をかけてじっと考え事にふけった。悲しさをまぎらわすように「お前も一緒に寝るんだ」と私を道づれにしてソファで昼寝をし、突然発作を起こしたように飛び起きて顔をびしょびしょにして泣いた。顔を水で洗っても洗っても涙がおいつくので、ずっとプールからあがりたてのようにずぶ濡れだった。

突然だけど、彼の好きなところはどこと聞かれると(まあマジで誰にもそんなことは聞かれないわけなのだが)、優しいとか可愛いとか、ましてやカッコイイとかでは全くなく、私はこのシーンを思い出す。

インドネシアの彼の弟の家にいつか遊びに行ったとき、弟が仕事で忙しすぎて枯らした大きな植木鉢に、パンツ一丁の彼がしゃがみながら水をやっていた。その姿がとても愛おしくて、シャッターを押した。その写真、どこかに残ってるかな。数日後、また緑を復活させた植木を見て「水をやれば生き返るんだ」と言った。

このセリフになんらかのメタファーを感じたわけでもなんでもない。ただ単純に愛おしい。あの、パンツ一丁でしゃがみながら植木鉢に水をやる彼の姿を思い出すと、ほんとうに愛おしい気持ちになる。

好きってそういうことじゃないか?うまく言える理由がない。というか、理由をうまく言えない。たとえば大好きな友達のどこが好きかと尋ねられたら、これまたうまく答えられる自信がない。たとえば私が彼女を好きだなぁと思うとき、私が言った何気ない一言に天井を仰ぎながら急に笑いだす顔とか、私の名前を呼んでお茶飲む?と聞いてくるその顔とか、そんなんがとても愛おしい。

インドネシアの写真が出てきた。ちょっと美化してた自分がいた(笑)ただ植木に水やってるだけや。

まあ、情だよそれ。情で失敗すんなよ、と家族にマジで耳タコに言われるが、情で失敗しなきゃいいのだ。情があって、失敗もしなけりゃそれでいいじゃないか。

またいつか、彼に会いたい。

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