やめるの、やめます
娘をやめさせるなんてと、わたしを叱る人あり。
人に謝る余力があるなら、娘の気持ちを考えませんか、
娘が可哀想
せめてお母さんは守ってやって、と。
厳しい長文に、娘を思う気持ちが見え隠れする。
暖かで、でも自身の責任は回避したいという気持ち満載の人も。
思いつきで言った言葉を巧みに撤回、
私は次第に気持ちが硬くなる。
とは言え、皆が、守り、背負っているものがある。
自分の主張だけ投げっぱなしの、お客様ではいられない。
まして会話は全て録音、言質を取り、隙あらば訴訟を起こすような、無敵の人となど誰も関わりたくない。
私は、保身などと決めつけたことを恥じる。
父不在の私達親子に、して貰ったことを忘れて。
辛いね、だけど周りの大人で娘を守って行こう、と
短くも、涙の出るような言葉を掛けてくれる人も。
娘がまだ幼い時も、同じような場面があった。
またこの人、娘にも、同じ思いをさせている、
胸が痛い。
毒舌な人のパンチの効いた言葉には、
少しだけ溜飲が下がる。
ほんのちょっと笑ったら、
ガサガサに枯れた声が出た。
そうなの!、わかってくれてありがとう。
私はこんな時、どんな風に人に寄り添うだろう。
いや、それ考えてる場合じゃない。
今は、わたしは母としての覚悟を問われている。
前言撤回は、信用を失う行為。
恥ずかしい。
い続けることでまた無敵正義の人が何をしでかすかとも思う。
しかしその時、相手にはまた相応の結果が待っている。
わたしは覚悟を決めて、前言撤回した。
顛末はこちらに。
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