超短編小説「来るべき日」

いつものエッセイくらいの文字数で、恐らく3分くらいで気軽に読める短めの小説です。良かったらお付き合い下さい。
※最後、おかしい所を少しだけしれっと訂正しました。


ここは、日の当たらない草原。

木も花も雑草すらなく、辺りはまるで世の恨み言の全てが詰まったような負のオーラが立ち込める。そこに連れてこられた者達は『来るべき日』まで、ある者は絶望に打ちひしがれたように泣き暮らし、ある者は諦めたようにただ無気力に立ち尽くしていた。

そこに、豪奢な鎧を着た戦士と思われる青年が剣を振りかざして、周りの者を鼓舞するように叫ぶ。

「みんな、そんなに嘆くなよ。残された時間は僅かだが、諦めなければきっと道はある!」

しかし、そんな戦士の威勢の良い鼓舞も空振りに終わった。傍で無気力に座っていた銃を腰に携えた若い女性が面倒臭そうに一同を代表するように言葉を発する。

「あー確かエルバードだっけ。悪いけど、アンタがこの中で一番その言葉に説得力ないんだわ」

彼女の後ろでは、同調するように頷く者が多かった。

「な! 君は確かアネットか。それはどういう意味だ?」

エルバートは威勢良く振り上げていた剣を下して、アネットに近寄った。アネットは恨みを込めるようにエルバートを睨みつけて言い放つ。

「アンタ、一時的にここにいるだけで新しい楽園に行けるらしいじゃないの。消えゆく哀れなアタシ達によくそんな事を言えるわね? 何、優越感からのマウント?」

その言葉にエルバートは慌てて首を横に振る。本気で分かっていない様子に思い当たったようにアネットが納得したように一人で頷いて、皮肉っぽい笑みをエルバートに投げ掛けた。

「ああ、そうか。貴方は『まだ出ていなかった』んだっけ。おめでとう、貴方とその仲間達は無事に新しい楽園に『引き継がれる』事になったから」

後ろで2人のやり取りを聞いていた青いビジネススーツに赤いハッピを羽織った男が座り込んだまま頭を抱える。赤いハッピという景気が良さそうな服装に似合わない落ち込み振りだった。

「私は……いや、何故我々は捨てられたのでしょう……」

そのすぐ横にいた少年の姿をした妖精が、姿の男の周りをくるくるを飛び回っていた。

「それは簡単だと思うよ、電気屋のオジサン。単純に飽きて乗り換えられただけだよ。それは残念ながら『来るべき日』とは全く関係ない」

「そ、そんな……新しい掃除機を買った時はあんなに嬉しそうに私の事を受け入れてくれたのに」

妖精はそんな恨み事を静かに聞いた後、ふと飛ぶのをやめて、電気屋のオジサンの肩に止まってため息をついた。

「まだ貴方はいいよ。3年くらいはしっかりと日の当たる場所にいられたんだもの。僕なんて3日だよ、3日! しかも近くに同志が沢山いる。みんな片っ端からここに捨てられて、何の恨みがあるっていうんだよ……?」


「ふふ、別にあなた達を恨んでいた訳ではないわ。あなた達を通して知り合ったあいつらが悪かっただけ……」

妖精を宥める様にか細い声を掛けたのは、今にも消えそうな亡霊のような女だった。

「私は何でも知っている。私達がここに追いやられた理由も、そして『来るべき日』が何故来るのかも」

「いや、それは確かにある意味、アナタが一番「近い存在」だからそうなのかもしれないけれど」

亡霊の女は、ふっと笑った。

「もう諦める事ね。私達は切り捨てられる存在。もうあの人には必要ないものだから」

「え、ちょっと待って! アナタも切り捨てられる? あれだけ心の支えになってあげていたのに、そんなの酷いじゃないか……」

妖精が驚いたように、亡霊の女の周りを飛び始めた。

「あら、意外に優しいのね。さすがは「恋のキューピット」と名乗るだけはあるかしら」

「……」

「人間はその時々に必要な物だけ引き継いでいき、不要になった物は切り捨てて忘れて常に前を歩き続けないといけない生き物なの。仕方ない事だわ」

亡霊の女が寂し気に呟いた時、草原には雷鳴が轟き、一瞬の内に真っ白になった。

「ああ、とうとうお別れ。さようなら」


絶望に満ちた草原は断末魔の叫びすらないまま、あっという間に完全に無の空間となり果てた。

……。

「……はい、初期化終わりました。こちらの端末はかなり劣化しているので買取ではなく処分でよろしいですか?」

「はい、お願いします」

「古いアプリからの引き継ぎも無事に終わっておりますので、これにて機種変更終了となります。それでは、お買い上げありがとうございました」

新品のスマホを手にした女は、浮足立った気持ちを抑えながら携帯ショップを後にした。

≪了≫

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春原美桜(miosuhara)
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