【超短編小説】『スマート家電リンレイはエイミの生活を全力でサポートする』
たまに書きたくなる突発的な超短編小説である。今回のタイトルは今風に長い。こういうちょっとだけ未来のSF風妄想話が好きかもしれない(星新一氏の影響)
タイトルが普通過ぎて興味はそそらないかも。その内変えるかも。
2800文字の短い話なので、お気軽に読んで頂けると嬉しいです。
時は20××年。
各家庭には、スマート家電が必ず設置される世の中になった。
しかも、一昔前と違い、呼びかければ音楽を掛けてくれる、照明器具などをコントロール出来るなどの機能だけではなく、その家に生活している人達の全てを徹底的にサポートしてくれるようになった。
まだ外が若干薄暗い朝6時、瑛海は布団を剥がして軽く伸びをすると、 枕元で小鳥が囀る音と静かで爽やかなBGMが流れた。
瑛海はベッドから降りて、改めて両手を上に伸ばして左右に揺らした。
『おはよう、エイミ。今日はアラームが鳴る前に起きられたね。リビングはちゃんと適温に暖めてあるから安心して』
BGMと瑛海に呼び掛ける若い男性の声は、全て枕元にある青い球体のデバイスから流れている。彼女は慣れた様子でそれに応じる。
「おはよう、レイ。ありがとう」
『どういたしまして。食パンと卵をセットしてあるけど焼いておく? 』
「まだいいわ。軽く身体動かしたいからダンス動画流してくれる? 」
すると、球体デバイスはプロジェクターの役割を果たして、白い壁一面にダンス動画が流れた。ダンスの難易度は20才女性である瑛海の運動能力に合わせて自動的に抽出される。
そもそも、この青い球体デバイスは、スマート家電リンレイといい、使用する人間の生体データを全て把握している。
セットしたアラームが鳴る前に起きた事は、瑛海の腕に付けられたブレスレット型の付属デバイスを通して、睡眠状態から覚醒した事を感知する。この付属デバイスは、これだけではなく、心拍数、血圧などから健康状態も把握する事が出来る。
更に、ベッドに仕込んであるボディスキャナーとリンレイを連動すると、昔なら病院に行かなければならなかったレントゲン、CT等の検査が常に家庭でも簡単に行えるようになって、その結果は常にリンレイ本体に記録されている。
音楽に合わせて踊る瑛海に、球体デバイス、いやリンレイが声を掛ける。ちなみに寝室担当は男性の声のレイである。
『エイミ、昨日はドーナツを間食しただろう。15時5分に記録があるよ』
レイの小言とも思える言葉に、瑛海はふうーっとため息をついた。そして、踊りながら腕に付いているブレスレットに向かって恨みがましく呟いた。
「このブレスレットのせいで、何でも筒抜けなのはこういう時は困るわね」
ブレスレットは常に使用者の周辺を撮影、録音している。使用者の身に危険が迫った時は自動的に警察に通報される仕組みになっていて、状況を映した画像と音声はそのままネットを通じて警察に送信される。
防犯効果はテキメンで、今ではこの付属デバイスを付けていない人間はいない。ちなみに、ブレスレット、指輪、イヤリング等、様々なアクセサリー型を好きに選べる。
20分ほど踊るとダンス動画が終わり、瑛海は息を弾ませる。
「さてと。これでドーナツの半分くらいはカロリー消費出来たでしょう。ね、レイ?」
『いや、残念ながら3分の1程度だ。まだ続ける?』
「えーそんなぁ……。続けたいけど、この続きはまた会社から帰ってきてからにするわ」
『OK。残りの分のカロリー消費出来る運動プログラムを作成しておくよ』
「ありがとう。じゃ、そろそろ着替えてリビングに行くから、食パンと卵を焼いとくようにリンに伝えて。コーヒーもね」
瑛海はパジャマから外出着に着替えて、手早く化粧を済ませると、リビングに向かった。先程、レイが言った通り、適温に暖まっている。
『エイミ、ちょうど食パンと卵が焼けたわよ。あとコーヒーもお好みの熱さになってるから』
先程のレイとは違い、今度は若い女性の声がリビングにあるテーブルの上の赤い球体デバイスから流れた。
「ありがとう、リン。今日の天気は?」
『今日は1日晴れよ。外気温は10℃までしか上がらないみたい。厚手のコートを着た方が無難ね』
それを聞いて、瑛海はクロゼットがある部屋から厚手のコートを持って来た。
「もうすっかり冬ね。12月入ったから仕方ないか……。寒いからリモートでもいいけど、引きこもってばかりいると健康に悪いし、たまには外の空気も吸わないとね」
瑛海が勤めている会社は、出社でも自宅からリモートでもその日の気分で好きに選択出来る。
コートをひとまず置いて、リビングで自動調理された食パン、目玉焼きを食べてコーヒーをすする。少し猫舌な彼女の為にコーヒーは70度まで下がっている。
すると、自動選曲されたBGMが一旦止まって、リンが声を掛ける。
『そういえば、あと3日でクオンさんの誕生日よ。今年は何を贈る?』
久遠とは瑛海の学生時代からの親友である。今は離れて暮らしているが、毎日メッセージアプリでやり取りしているし、毎年、こうして誕生日プレゼントを贈り合っている。
「そうだったー例年通り、久遠の興味カテゴリーから見繕ってリスト作っておいてくれる? 予算は昨年と同じでいいわ。帰ったらそこから考えて贈るようにするわ」
各個人のデバイスは、SNSのように友達登録した人と情報を共有が可能である。もちろん、項目ごとにクローズとオープンに設定出来て、オープンに設定されているとデバイスを通して閲覧する事が出来る。
『了解、あと冷蔵庫の牛乳と卵が無くなりそうだから注文しておいていい?』
冷蔵庫の中にもスキャナーが付いていて、残量は自動でリスト化しておける。そして、リビング担当のリンが常に消耗しがちな食料はこのように警告と購入確認もしてくれる。
瑛海は少し考えた後、応じた。
「いや、今日は外に出るからついでに買ってくるわ。いつもネット注文だと味気ないし」
『味気ない? 便利で効率的な事を敢えてしたくないなんて人間って不思議ね』
「何でも自動効率化だと、凄く便利だけどたまに多少手間でも手動が恋しくなるのよね。人間のサガかしら」
『へえ、そうなんだ…………』
ピーっと音が鳴ってリンはそれ以上は何も言わなかった。言わなかったのではなく、強制終了して言えなかったのだ。
人間の本質を近付く話題になった時は、自動的にAIの学習が停止するようにプログラミングされている。
AIは決して人間特有の繊細な感情を学んではならない。人間の生活を完全にサポートする為の『道具』の域を超えてはいけない。
瑛海はそう学生の時に教わった事を思い出していた。
「……リンレイとちゃんと友達になれるともっと楽しかったんだろうけど」
瑛海が独り言のように呟くと、強制終了していたリンが再起動した。
『私もレイもエイミを友達だと思ってるよ』
「そっか……。ありがとう」
コートを羽織って、瑛海は赤い球体に向かって手を振った。「いってきます」と笑顔で手を振る瑛海の姿はリンレイ本体の中にしっかりと『記憶』された。
【了】