学部卒業論文「改正民法における不真正連帯債務概念の意義」
Twitterで学部時代の卒論に興味あるか聞いたらそこそこ反応あったのでnoteに掲載します。判例評釈を中心にした不真正連帯債務概念の考察です。
図はnoteの仕様上、下のものと同じように入れられないので、省略しました(原典では、判例の事案の概略図や共同債務者間の実体関係の整理図が入っていましたが、まあなくても読めるようにはなっています。)。
注は本文中にねじ込みました。noteにコピーした際にインデントのずれが発生している箇所多数あり読みにくいですが多めに見てください。
はじめに
最高裁判所第一小法廷平成10年9月10日判決民集52巻6号1494頁は、不真正連帯債務の債務者の一人に対する債務免除の効力についての判断を示した判決であるとされている。他方、民法改正により、連帯債務の免除の効力については相対的効力とされた。本稿においては、平成10年判決を基に、改正民法における不真正連帯債務概念の有用性、今後の課題について検討する。
第1章 判決
第1節 事案
Y(被上告人)は、自動車販売等を目的とする会社であり、訴外Bを従業員として雇用し、自動車販売に従事させていた。Bは昭和61年5月以降、同社のP営業所長の職にあった。
X(上告人)は、個人で又は株式会社Qの代表者として、自動車販売業を営む者である。Xは、訴外Aとの間で「オートローン制度取扱に関する契約」を締結し、顧客に自動車を販売するに当たり、代金の分割払いを希望する顧客からの申し出により、顧客とAとの間のオートローン契約の締結を仲介していた。
Bは、販売実績を挙げたようにみせかけるため、実際には販売されていない自動車が販売されたと本社に報告し、新車登録をしていた。Bは、その代金の穴埋めのために、オートローン契約を利用した仮装の自動車販売を企て、知人に仮装の買主となることの承諾を得た上、Xに仮装の買主のためにオートローン契約を使うことを依頼し、その了承を得た。
Xは、昭和63年4月11日ころから平成元年10月25日ころまでの間、Bの依頼に応じ、Aと仮装の買主33名との間の架空のオートローン契約の締結を仲介し、これにより、Aは、売買代金合計3303万8681円をXに立替払した。Xは、ほぼその全額をBに交付した。
BとXとの右共同不法行為における責任割合は、6対4である。
Aは、平成2年1月、Xに対し、右オートローン制度取扱契約の債務不履行に基づく損害賠償金及び遅延損害金の支払を求める別件訴訟を提起した。平成7年1月10日、別件訴訟において、Xは、Aに対し、Bと共同してAに加えた損害につき、2000万円の支払義務があることを認めるとともに、Aはその余の請求を放棄するとの内容の訴訟上の和解(以下「本件和解」という。)をし、同日、XはAに和解金2000万円を支払った。
和解金を支払ったXは、被用者Bの負担部分につき、使用者であるYに対し、求償金として1600万円及びこれに対する和解金支払の日から支払い済みまで年5分による遅延損害金の支払いを求めた。
第2節 第1審(名古屋地方裁判所平成8年8月12日判決)の判断
第1審における争点は、①被告Yは原告Xに対し、債務不履行による損害賠償義務を負うか、②被告は、原告に対し、民法715条による損害賠償義務を負うか、③原告の被告に対する求償債務の履行請求は認められるか、また、認められるなら、求償額はどのようにして算定するか、④求償権について消滅時効は関係するか、⑤被告は、求償権について過失相殺をすることができるかの5点であった。以下、各争点について第1審の判断を見ていく。
(1) 争点①について
「Bの原告に対する本件オートローン契約の締結の仲介依頼は、実際には被告におけるBの業務執行外の行為であるというBと原告との一致した認識のもとにされていたのであるから、その場面において、被告において何らかの債務が発生するとは考えられず、したがってまたその不履行と目すべきものが生じる余地もないというべきである。
よって、被告の債務不履行責任に関する原告の主張は、この点において理由がない。」
(2) 争点②について
「原告は、Bの本件オートローン契約締結の仲介依頼がBの被告における業務執行としてされたものでないことを知っていたのであるから、仮に、Bの原告に対する行為が架空売買についてのオートローン契約締結の仲介依頼であったという点において不法行為を構成することがあるとしても、被告が民法715条による使用者責任を負うことはないというべきである。」
(3) 争点③について
「本件の事実関係のもとでは、……被告もAに対し民法715条1項に基づく使用者責任を負う関係にある。そして、原告の右の行為は、同時にAとの間のオートローン契約締結の仲介に関する基本契約に基づく債務不履行をも構成するものであって、原告の不法行為責任と債務不履行責任とはいわゆる請求競合の関係にたつ。」
「原告の責任について請求競合が認められ、原告とBとにつき共同不法行為による損害賠償義務が認められるという本件の事実関係のもとにおいては、原告と被告との責任の内部的な分担の公平を図るため、原告がAに行った右の損害賠償金の支払についても、B及び被告に対する求償が認められるべきである。そして、求償の前提となる責任の割合は、原告とBとの過失割合に従って定められるべきものであり、原告のAに対する損害賠償額が右の過失割合によって定められる自己の負担部分を超えたものであるときは、その超える部分につき、被告に対し求償権を行使できるものと解される。」「本件の諸般の事情を総合勘案すると、Bと原告との過失割合は六対四とみるのが相当である。」「前記認定の事実によると、本件オートローン契約の締結によってAが被った損害額は、少なくとも、Aの別件訴訟において請求していた立替金3303万8681円およびこれに対する平成2年2月1日から支払済まで年6分の割合による遅延損害金であり、その額は、原告がAに2000万円を支払った平成7年1月20日の時点において、元金3303万8681円と遅延損害金985万0152円(年6分の割合で4年と354日間、33038681×0.06×4・969=9850152)の合計4288万8833円であった。そして、そのうち、不真正連帯関係にあるのは、元金3303万8681円と遅延損害金820万8460円(年5分の割合で4年と654日間、33038681×0.05×4・969=8208460)の合計4124万7141円であり、これに前記の原告の過失割合を乗じると、不真正連帯関係の成立している額に対する原告の負担部分は1649万8856円となる。したがって、遅延損害金のうち不真正連帯関係にない164万1692円及び右の原告の負担部分1649万8856円の合計1814万0548円を超える部分が原告の被告に対して求償できる額であるというべきである。」
(4) 争点④について
「求償権の消滅時効は原告がAに現実に損害賠償をした日の翌日から進行し、その時効期間は10年であると解すべきであり、これによると、本件において原告の被告に対する求償権につき消滅時効が完成していないことは明らかである。」
(5) 争点⑤について
「Bと原告との過失割合を前提とした求償権行使について、さらに過失相殺をすることは、原告の過失割合を二重に計算することになって不当であるというほかないから、この点に関する被告の主張は理由がない。」
第3節 第2審(名古屋高等裁判所平成8年11月20日判決)の判断
第2審は、第1審判決を維持した上で以下の通り付け加えた。
「なお、控訴人は、控訴人とAとの間の前記裁判上の和解において、Aが控訴人に対し2000万円を超えた部分の請求を放棄しているが、これはAと控訴人間の損害賠償関係のみならずAと被控訴人間の損害賠償関係も控訴人がAに支払った2000万円ですべて解決したものであるとして、右金額を基礎に控訴人と被控訴人間の求償関係を定めるべきであると主張する。しかし、控訴人と被控訴人のAに対する責任は、各自の立場に応じて別個に生じたもので、ただ同一損害の填補を目的とする限度で関連しているにすぎず、右限度以上の関連性はない(不真正連帯)のであるから、Aが控訴人に対して2000万円を超える損害賠償請求権を放棄(ないし免除)したとしても、それが債権を満足させるものでない以上、放棄した部分を除いた現実の支払額のみを対象として求償金額の範囲を定めるのは相当ではなく、控訴人の右主張は失当である。」
第4節 最高裁の判断
まず、上告理由においては、本件における問題の所在は、①共同不法行為の加害者双方間の求償金の算定方法、②債務不履行責任と不法行為責任との競合論であるとし、本件上告事件の重要性について以下のように述べられた。
「共同不法行為における加害者双方は、判例理論で不真正連帯の関係にあるとされ、何れも被害者に対し、損害賠償額全額を支払うべき立場にあるから、原則として加害者は、支払能力に欠けるとかその他特別の事情あって被害者の了承なくば、被害につき全面的に解決しなければならない。後記のとおり上告人は、この原則に従って本件の被害者(A)との間でその損害賠償額全額について和解をまとめて全面的に解決したのに、この点の内容、実情を、第一、二審共全く無視した結果、求償事件における共同不法行為者双方の責任の内部的な公平の原則を著しく損なってしまったものである。」
「右和解手続でAは、請求事件について一挙解決を図ったものであることは疑いの余地はない。右2,000万円以外の請求を放棄したのであるが、この放棄は、上告人に対しても、被上告人に対しても等しく同じであった。上告人に対しては、和解調書の記載で明示の意思表示であるが、被上告人に対しては、黙示の意思表示による放棄である。被上告人に対する右黙示の意思表示は、前記の客観的事実の他に、Aが一切被上告人に請求していないことなどから優に認められるべきものである。2,000万円以外の損害金の放棄が上告人にあって、その効力が被上告人に及ぶかどうかというより、被上告人に対しても等しく放棄があったというべきである。」
そして、最高裁においては、①共同不法行為者の一人と被害者との間で成立した訴訟上の和解における債務の免除の効力が他の共同不法行為者に対しても及ぶかどうか、②及ぶ場合における求償額の算定が争点となった。これらの点につき、最高裁は以下のように判示した。
「甲と乙が共同の不法行為により他人に損害を加えた場合において、甲が乙との責任割合に従って定められるべき自己の負担部分を超えて被害者に損害を賠償したときは、甲は、乙の負担部分について求償することができる(最高裁昭和六〇年(オ)第一一四五号同六三年七月一日第二小法廷判決・民集四二巻六号四五一頁、最高裁昭和六三年(オ)第一三八三号、平成三年(オ)第一三七七号同年一〇月二五日第二小法廷判決・民集四五巻七号一一七三頁参照)。
この場合、甲と乙が負担する損害賠償債務は、いわゆる不真正連帯債務であるから、甲と被害者との間で訴訟上の和解が成立し、請求額の一部につき和解金が支払われるとともに、和解調書中に「被害者はその余の請求を放棄する」旨の条項が設けられ、被害者が甲に対し残債務を免除したと解し得るときでも、連帯債務における免除の絶対的効力を定めた民法四三七条の規定は適用されず、乙に対して当然に免除の効力が及ぶものではない(最高裁昭和四八年二月一六日第二小法廷判決・民集二七巻一号九九頁、最高裁平成六年一一月二四日第一小法廷判決・裁判集民事一七三号四三一頁参照)。
しかし、被害者が、右訴訟上の和解に際し、乙の残債務をも免除する意思を有していると認められるときは、乙に対しても残債務の免除の効力が及ぶものというべきである。そして、この場合には、乙はもはや被害者から残債務を訴求される可能性はないのであるから、甲の乙に対する求償金額は、確定した損害額である右訴訟上の和解における甲の支払額を基準とし、双方の責任割合に従いその負担部分を定めて、これを算定するのが相当であると解される。
以上の理は、本件のように、被用者(B)がその使用者(被上告人)の事業の執行につき第三者(上告人)との共同の不法行為により他人に損害を加えた場合において、右第三者が、自己と被用者との責任割合に従って定められるべき自己の負担部分を超えて被害者に損害を賠償し、被用者の負担部分について使用者に対し求償する場合においても異なるところはない(前掲昭和六三年七月一日第二小法廷判決参照)。」
「これを本件について見ると、本件和解調書の記載からはAの意思は明確ではないものの、記録によれば、Aは、被上告人に対して裁判上又は裁判外で残債務の履行を請求した形跡もなく(ちなみに、本件和解時においては、既に右残債権について消滅時効期間が経過していた。)、かえって、上告人が被上告人に対してBの負担部分につき求償金の支払を求める本件訴訟の提起に協力する姿勢を示していた等の事情がうかがわれないではない。そうすると、Aとしては、本件和解により被上告人との関係も含めて全面的に紛争の解決を図る意向であり、本件和解において被上告人の残債務をも免除する意思を有していたと解する余地が十分にある。したがって、本件和解に際し、Aが被上告人に対しても残債務を免除する意思を有していたか否かについて審理判断することなく、上告人の被上告人に対する求償金額を算定した原審の判断には、法令の解釈適用の誤り、審理不尽の違法があるというべきである。
そして、仮に、本件和解における上告人の支払額二〇〇〇万円を基準とし、原審の確定した前記責任割合に基づき算定した場合には、本件共同不法行為における上告人の負担部分は八〇〇万円となる。したがって、上告人は被上告人に対し、その支払額のうち一二〇〇万円の求償をすることができ、右の違法はこの範囲で原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。この点をいう論旨は理由がある(なお、上告人は、当審において、不服申立ての範囲を一二〇〇万円の求償金請求に関する部分に限定している。)。」
第2章 本判決の意義
第1節 先例
第1款 最高裁昭和48年2月16日第二小法廷判決民集27巻1号99頁
不真正連帯債務の債務者の一人に対する債務免除の効力に関する先例として、まず、昭和48年判決が挙げられる。
(1) 事実の概要
訴外Aおよび被上告人X1、X2(踏切事故で死亡した被害者の遺族ら)は、当初上告人Yと訴外Bとを共同被告として、ともに本件事故につき賠償責任ありとして本訴を提起していたところ、第一審係属中の昭和四一年三月三日第一一回口頭弁論期日において、Bとの間で、「(一)被告Bは、原告三名に対し本件交通事故による損害賠償として金一五万円の支払義務あることを認め、右金員を昭和四一年三月二三日限り原告代理人P事務所に持参又は送付して支払う。(二)原告らは、その余の請求を放棄する。(三)原、被告ら間には本件交通事故につき本和解条項の他何らの債権債務が存在しないことを当事者相互に確認する。(四)訴訟費用は各自弁とする。」との内容の訴訟上の和解が成立した。しかし上告人Yとの関係では、その後も本訴がそのまま維持されていた。
(2) 判旨
「この事実関係のもとでは、被上告人らは、右訴訟上の和解によってBとの関係についてのみ相対的にその余の損害賠償債務の支払を求めない趣旨の約定を結んだものにすぎず、上告人に対する関係では、本訴請求をそのまま維持する意思であつたというべく、しかも、Bの被上告人らに対する損害賠償債務と、国家賠償法三条一項、二条一項により責に任ずべき上告人の損害賠償債務とは、連帯債務の関係にあるとは解されないから、右訴訟上の和解による債務の免除は、上告人の右賠償義務を消滅させるものではない。したがって、原判決に所論の違法はなく、論旨は、採用することができない。」
(3) 先例としての意義
もっとも、この事案は、Bの民法上の規定に基づく損害賠償債務と上告人の国家賠償法上の規定に基づく損害賠償債務とは、連帯債務の関係にないとしているのである。国家賠償請求とは異なる本判決の先例としての意義を有するかは疑問である。
第2款 最高裁昭和63年7月1日第二小法廷判決民集42巻6号451頁
昭和63年判決は、不真正連帯債務の求償の要件として、負担部分を超えて賠償することを要するとする説をとるとした判決であると評価されている。
(1) 事実の概要
昭和58年3月26日午前8時5分頃、上告人Xと訴外Aは、P市内の交差点において、Aにおいて、交差点で右折するに際し、前方から直進してくる上告人運転車両の動静を十分確認しないまま漫然と右折進行した過失と、上告人において、右折進行してくるB運転車両の動静を十分確認しないまま漫然と同一速度で同一進路を進行した過失とにより、Q通りを北進中の訴外B運転の普通乗用車の前部に接触し、次いで訴外C運転の普通乗用自動車部に接触し、更に訴外D運転の原動機付自転車に急制動を余儀なくさせてこれを路上に転倒させた。上告人XとAの過失割合は、上告人Xが2割、Aが8割である。この事故により、上告人Xは、被害者各名に対し、損害額合計30万1820円を損害賠償として支払った。
他方、被上告人YはAを雇用する者である。本件訴訟における上告人Xの被上告人Yに対する本訴請求中、上告人が訴外Bら3名に損害賠償として支払った額についての求償請求は、XとB及びYは本件事故に関しBら3名の被害者に対して共同不法行為者にあるが、XとAとの過失割合は0:10割であるから、XはAの使用者であるYに対し、XがBら3名に支払った30万1820円全額につき求償することができるとして、その支払を求めた。
(2) 判旨
「被用者がその使用者の事業の執行につき第三者との共同の不法行為により他人に損害を加えた場合において、右第三者が自己と被用者との過失割合に従って定められるべき自己の負担部分を超えて被害者に損害を賠償したときは、右第三者は、被用者の負担部分について使用者に対し求償することができるものと解するのが相当である。けだし、使用者の損害賠償責任を定める民法七一五条一項の規定は、主として、使用者が被用者の活動によって利益をあげる関係にあることに着目し、利益の存するところに損失をも帰せしめるとの見地から、被用者が使用者の事業活動を行うにつき他人に損害を加えた場合には、使用者も被用者と同じ内容の責任を負うべきものとしたものであつて、このような規定の趣旨に照らせば、被用者が使用者の事業の執行につき第三者との共同の不法行為により他人に損害を加えた場合には、使用者と被用者とは一体をなすものとみて、右第三者との関係においても、使用者は被用者と同じ内容の責任を負うべきものと解すべきであるからである。」(下線筆者)
第3款 最高裁平成6年11月24日第一小法廷判決裁判集民事173号431頁、判例時報1514号82頁
(1) 事実の概要
上告人Xとの婚姻関係を継続中、被上告人Yは訴外Aと不貞行為に及び、そのため右婚姻関係が破綻するに至った(以下、これを「本件不法行為」という。)。上告人Xは、被上告人Yに対し、不法行為に基づく慰謝料三〇〇万円とこれに対する本件不法行為の日の後である平成元年一一月九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を請求した。
上告人とAとの間には平成元年六月二七日離婚の調停が成立し(以下、これを「本件調停」という。)、その調停条項には、本件調停の「条項に定めるほか名目の如何を問わず互いに金銭その他一切の請求をしない」旨の定め(以下「本件条項」という。)があった。
(2) 判旨
「民法七一九条所定の共同不法行為者が負担する損害賠償債務は、いわゆる不真正連帯債務であって連帯債務ではないから、その損害賠償債務については連帯債務に関する同法四三七条の規定は適用されないものと解するのが相当である(最高裁昭和四三年(オ)第四三一号同四八年二月一六日第二小法廷判決・民集二七巻一号九九頁参照)。
原審の確定した事実関係によれば、上告人とAとの間においては、平成元年六月二七日本件調停が成立し、その条項において、両名間の子の親権者を上告人とし、Aの上告人に対する養育費の支払、財産の分与などが約されたほか、本件条項が定められたものであるところ、右各条項からは、上告人が被上告人に対しても前記免除の効力を及ぼす意思であったことは何らうかがわれないのみならず、記録によれば、上告人は本件調停成立後四箇月を経過しない間の平成元年一〇月二四日に被上告人に対して本件訴訟を提起したことが明らかである。右事実関係の下では、上告人は、本件調停において、本件不法行為に基づく損害賠償債務のうちAの債務のみを免除したにすぎず、被上告人に対する関係では、後日その全額の賠償を請求する意思であったものというべきであり、本件調停による債務の免除は、被上告人に対してその債務を免除する意思を含むものではないから、被上告人に対する関係では何らの効力を有しないものというべきである。」
(3) 先例としての意義
平成6年判決は、上告人Xがその夫A及び不貞行為の相手方である被上告人Yの双方に対し損害賠償請求をしたというあまり例のない事案である。そもそも夫Aと被上告人YとがXに対して負う債務は、不真正連帯債務の関係になかったと見る余地もある。そうすると、平成6年判決も先例としての意義を有するかは疑問である。
第4款 小括
これらの最高裁判決から、不真正連帯債務者相互の求償については、損害賠償債務の全体に対する負担部分を超える弁済がなされた場合には認めているといえる。
また、免除があった場合の不真正連帯債務の求償については、①原則として、連帯債務の絶対的効力に関する民法437条の規定は適用されないとしつつ、②被害者の免除の意思表示を検討し、被害者が他の共同不法行為者の債務をも免除する意思であったと認められる場合には、例外的に免除に絶対的な効力を認める可能性を否定していない(注1)といえる。すなわち、判例の傾向について、「不真正連帯債務の場合には、連帯債務の絶対効に関する規定は適用されないが、しかし、それは常に絶対的に相対効にとどまるというのではなく、免除の場合にはその法律行為の解釈によって、絶対的効力が生じる場合がある」(注2)と分析されている。
(注1)河邊義典「判例批評」最高裁判所判例解説民事篇平成10年度801-802頁
(注2)淡路剛久「共同不法行為者の損害賠償債務と民法437条」私法判例リマークス1996〈上〉35頁
第2節 従来の学説
第1款 不真正連帯債務概念
(1) 連帯債務概念とその起源および類型
不真正連帯債務概念について述べる前提として、まず、連帯債務概念について論ずる。
連帯債務とは、「複数の債務者が各自、債権者に対し同一の給付へと向けられた債務を負担していて(全部給付義務)、そのうちの一人が給付をすればすべての債務者が債務を免れるという関係にあるもののうち、各債務者の債務が主観的な共同目的で結びつけられているもの」をいう(注3)。
連帯債務ないし連帯的な債務の帰属形式は、ローマ法に由来する。ローマ法源上、共同連帯は債務者間の種々の共同体関係、とくに、家族共同体、組合関係そして保証関係から生じた。そして、これらの共同体関係の性質が共同債務の性質に影響を与えた。しかし、中世および現代において共同債務を生ぜしめるべき共同体関係は、ローマにおけるそれとは全く異なっていることから、継受のために抽象的な共同債務の概念が構成されたのである(注4)。
現行民法は真正連帯債務について、フランス法的処理を多く継受した。フランスの連帯債務法は、強い法的一体性を有しており、いわゆる共同連帯的連帯債務法の一つとなっているという点に特徴がある(注5)。他方、不真正連帯債務概念は、ドイツ法(注6)およびフランス法に由来する歴史的な概念である(注7)。
(注3)潮見佳男『プラクティス民法債権総論[第4版]』(2012、信山社)561頁
(注4)淡路剛久『連帯債務の研究』(1987、弘文堂)27-28頁
(注5)前掲・淡路『連帯債務の研究』69頁
(注6)椿寿夫「不真正連帯債務論序説」法学論叢62卷5号42頁以下
(注7)前掲・淡路『連帯債務の研究』167頁
(2) 連帯債務の共同と団体的関係
共同の債務者が各々独立して同一給付義務を履行すべき場合の、共同債務者間の実体関係は種々ありうる。まず、共同関係がある場合とない場合に分けられる。また、共同関係がある場合においても、団体的関係の強弱により分けられる。すなわち、共同債務者間の実体関係は、共同債務者間の団体的関係を広汎に規定するところの「共同連帯」、それらを最小限度にしか規定しない「単純連帯」、数人の債務者が各自独立して同一給付の全部を履行すべき義務を負うが、それらの者の間に共同関係が存在しないところの「全部義務」(不真正連帯債務)に分けられるのである(注8)。
フランス民法においては、共同連帯法理が採用され、多くの絶対的効力が認められている。他方、ドイツ民法では、単純連帯法理が採用されており、民法典施行後に「不真正連帯債務」という概念が考案され、絶対的効力や求償権が制限されるようになった。もっとも、近時のドイツでは、不真正連帯債務概念に懐疑的な学説も見られる(注9)。
(注8)前掲・淡路『連帯債務の研究』9頁
(注9)前田達明『口述債権総論』(1987、成文堂)292頁以下
(3) 不真正連帯債務とその特徴
連帯債務は、通常の連帯債務と不真正連帯債務に分けられる。通常の連帯債務については、主観的共同目的、相互保証関係という性質を有すると説明されてきた(注10)。
不真正連帯債務とは、「主観的共同関係がなく、債務者の一人について生じた事由が他の債務者の債務について原則として影響を及ぼさない連帯債務」をいう(注11)。この全部給付義務を負うが主観的共同関係がないという特徴から、後述する求償関係や連帯債務の規定の適用の有無といった問題が生じるのである。
(注10)松尾弘・松井和彦・古積健三郎・原田昌和『新ハイブリッド民法3 債権総論』(2018、法律文化社)151頁
(注11)潮見佳男『新債権総論Ⅱ』(2017、信山社)585頁
(4) 不真正連帯債務概念不要論
以上のような特徴のある不真正連帯債務であるが、そもそも不真正連帯債務という概念自体について、絶対的効力事由に関する規定を排除するだけの意味でこのような概念を認めるべきではないという学説(注12)が従来からあった。すなわち、不真正連帯債務という概念は、積極的内容を含まない消極的概念にすぎず、従来不真正連帯債務とされてきたものを独自にそれぞれの領域で効果を定めるべきであるとする見解である。
わが民法のもとでは、ドイツ民法の場合と異なり、共同関係の強く絶対的効力事由の多い共同連帯が法定の連帯債務とされていた。しかし、不法行為責任の領域にみられるように、法定の連帯債務ほど連帯債務者間における結合関係の強くない場合について、絶対的効力事由を排除する必要があった。この際、不真正連帯債務概念を用いて処理することに大きな実益があったといえる。つまり、絶対的効力の範囲や負担部分、求償関係において、法定の連帯債務とは異なった利益衡量を可能とする点で不真正連帯債務概念は有用であった(注13)。他方で、連帯債務か不真正連帯債務かという二極化をしたのでは、絶対的効力事由につき、債務の特性に応じた弾力的解決が図れないとの弊害も指摘されていたのである。
なお、不真正連帯債務概念不要論についての民法改正後における議論については、後に詳述する(第2章第4節第2款)。
(注12)淡路剛久『連帯債務の研究』(1987、弘文堂)165頁、235頁、淡路剛久「共同不法行為に関する諸問題」ジュリスト431号142頁、平野裕之『プラクティスシリーズ債権総論』(2005、信山社)408頁
(注13)円谷峻『民法改正案の検討 第1卷』(2013、成文堂)207頁
第2款 不真正連帯債務と求償
(1) 求償権発生の有無
通常の連帯債務の場合、弁済その他の債権を満足させる事由が発生した場合、債務者間にその内部的法律関係に応じた求償関係が生ずる。他方、不真正連帯債務関係に立つとされる共同不法行為の場合については負担部分を観念しえないのではないかということから議論がある。以前は、連帯債務の場合と異なり本来的な負担部分はなく、求償関係は生じないとの見解も存在した。しかし、先に損害を賠償した者が全面的に責任を負担するのは公平ではなく、損害賠償をした先後関係にかかわりなく、他方の加害者に対する求償が認められるべきである(注14)。したがって、求償を認める立場が今日の通説的見解となっている(注15)。
もっとも、共同不法行為者間における求償権の法的根拠については、必ずしも明確ではない。この点について、大別すると2つの学説がある。第1に、連帯債務に関する民法442条を(類推)適用する説、第2に不当利得返還請求権ないし一種の事務管理上の費用償還請求権とする説である。しかし、前者の考え方をとれば、連帯債務と不真正連帯債務とを区別した意味がなくなってしまうという問題点がある(注16)。したがって、後者の考え方が一般的であり、本判決も、求償権の法的根拠については後者の考え方を採るものと解される(注17)。
(注14)河邊義典「判例批評」最高裁判所判例解説民事篇平成10年度784頁
(注15)尾崎三芳「連帯債務・不真正連帯債務」民法講座4巻230頁
(注16)渡邊力『求償権の基本構造―統一的求償制度の展望』(2006、関西学院大学出版会)62頁
(注17)河邊義典「判例批評」最高裁判所判例解説民事篇平成10年度784頁
(2) 求償権行使の要件
連帯債務については、通説・判例(大判大正6年5月3日民録23輯863頁)は、自己の負担部分を超えなくても一部でも弁済すれば、負担部分の割合で求償することができると解している。これに対し、不真正連帯債務の場合には、①負担部分を超えて賠償することを要するとする説、②負担部分以下の賠償でもよいとする説の二つの見解が対立している。
この点について、先述のように、最高裁(最判昭和63年7月1日民集42巻6号451頁)は①説に立つ。
(3) 他の共同不法行為者に対し求償する場合の負担部分の算定
求償額の算定は、共同不法行為者の一人に対してした免除の効力と密接な関係を有している。この場合に大別して二つの考え方がある。すなわち、本判決における一審・二審判決と上告理由における主張とである。
A説 裁判所の認定した損害額を基準として負担部分を定める見解
A説は、本判決における一審・二審のとる見解である。具体的には、第二訴訟に裁判所の認定したAの損害額3500万円を基準として、負担部分を定める。したがって、Xの負担部分は1400万円(3500万円×0.4)となり、Yに求償し得る額は、これを超える600万円である。
B説 被害者の実際の損害額(第1訴訟における支払い額)を基準として負担部分を定める見解
B説は、上告理由が主張する見解である。具体的には、被害者Aの実際の損害額(第一訴訟におけるXの支払額)2000万円を基準として、負担部分を定める。したがって、Xの負担部分は800万円(2000万円×0.4)となり、Yに求償し得る額は、これを超える1200万円である。
いずれの説を採るかについては、後述する免除の効力によって分かれる。すなわち、免除の効果が及ばない(不真正連帯債務について免除の絶対的効力を否定する)場合には、被害者がYに対して更に残債務1500万円を請求することは妨げられないから、A説によることとなる。他方、免除の効力がYに及ぶとすると、Yは、もはや被害者から残債務1500万円を訴求される可能性はなく、共同不法行為者の損害賠償責任の額が、全体として縮減されていると見ることができる(注18)ため、B説によることとなる。
(注18)淡路剛久「判例批評」ジュリスト1157号81頁
第3款 不真正連帯債務と免除の効力
前提として、改正前民法では、債権者が連帯債務者の一人に対してその債務を免除した場合には、その債務者の負担部分について、他の債務者も債務を免れる(旧437条。改正により削除。)という規定が置かれていた。この規定は、求償の循環を避ける趣旨であるとされていた。
他方、共同不法行為者の一人に対してした免除が他の共同不法行為者に対してどのような効力を及ぼすかについては、絶対的効力説、相対的効力説、折衷説が対立している。
(1) 絶対的効力説
絶対的効力説とは、求償の循環(転償)を避ける必要があるとして、不真正連帯債務についても民法437条の適用(免除の効力)を認めようとする見解である。前掲最判昭和48年2月16日、最判平成6年11月24日はこれを明確に否定している。
(2) 相対的効力説
相対的効力説とは、免除の効力は一切他の共同不法行為者に及ばないという見解である。しかし、この見解に対しては、被害者が他の共同不法行為者のために免除する意思を有している場合に絶対的効力を認めないのは不合理であると批判されている。ただ、この説に関連して不真正連帯債務については民法437条の適用を否定するが、不真正連帯債務の効果としてではなく、免除の意思表示の解釈から絶対的効力を認めるとする学説もある。
(3) 折衷説
折衷説とは、絶対的効力説・相対的効力説の批判を受け、具体的に妥当な処理を図ろうとする説である。折衷説の中でもさらに、被害者の意思を重視する見解、共同不法行為者の負担部分を重視する見解、と分かれるが、被害者の意思を重視し、被害者が他の共同不法行為者についても免除の意思を有している場合は絶対的効力を認め、そうでない場合には相対的効力しか認めない、とする見解が有力である。
第3節 本判決の意義
第1款 前掲最二小判昭和48年2月16日、最一小判平成6年11月24日との事案の相違点について
先に述べたように前掲最二小判昭和48年2月16日、最一小判平成6年11月24日は、本判決の先例として意義を有するかは疑問である。また、これらの判例において、被害者は、共同不法行為者の一方と和解・調停をしながら、他方に対して損害賠償請求の訴えを提起・維持していたものであるから、他方に対する免除の意思を有していないことは明らかである。
他方、本件は、BがYに残債務の履行を請求した形跡はなく、かえって、BはXのYに対する求償金請求訴訟の提起に協力する姿勢を示していた等の事情が存するというのであるから、Bとしては、本件和解によりYの関係も含めて全面的・最終的に紛争の解決を図る意向であり、本件和解においてYの残債務をも免除する意思を有していたと解する余地が十分にあろう(注19)。
(注19)河邊義典「判例批評」最高裁判所判例解説民事篇平成10年度784頁
第2款 437条の適用の有無の根拠について
本判決では、不真正連帯債務については民法437条の規定が適用されない点については判示されてはいるものの、BのYへの残債務については、免除の効力の問題として、437条の問題と関連付けて捉えるのか、あるいは、そもそも437条からは離れ、免除の意思表示の解釈の問題として捉えるのかは、本判決からは必ずしも明確でない。
いずれにせよ、本判決はBのYへの残債務免除についてその処理の形式のみを判示するだけであり、この場面は前述のように様々な立場からの処理が考えられる以上、本判決が免除をどのように捉えるか、そして、どのような理論構成によって処理するのかについて、説明不足であるように思われる(注20)。
(注20)在沢英俊「判例批評」立教大学大学院法学研究28号89頁
第4節 本判決以降の動向
第1款 本判決以降の判例
本判決以降は、下級審判例において、本判決を引用する判例がいくつか見られる(大阪地判平成23年4月27日判タ1350号87頁、福島地判平成19年10月16日判時1995号109頁など)。もっとも、これらはいずれも本判決の引用と個別事案の検討にとどまるものである。
第2款 改正法との関係
本判決後、民法改正により連帯債務の規定が大幅に改正された。そこで、以下、改正法における不真正連帯債務に関する学説について検討する。
(1) 連帯債務者の一人について生じた事由の効力と民法改正の概要
現行民法は、連帯債務者の一人について生じた事由の効力が他の連帯債務者にも及ぶかという点について、相対的効力を原則としつつも(440条)、多くの絶対的効力を定めている(436条から439条)。
他方で、連帯債務は一人の債務者の無資力の危険を分散するという人的担保の機能を有するところ、絶対的効力事由が多いことは連帯債務の担保的効力を弱めるのではないかとも指摘されていた(注21)。
そこで、改正法においては、絶対的効力事由は、弁済やそれに準じるもの等に縮減し、意思的な連絡や協働がある場合については、合意による調整・対応を図るべく、そのための規定が用意された(注22)。したがって、請求、免除および時効は相対的効力が原則とされることとなった。
(注21)『民法(債権関係)部会資料第1集〈第1巻〉―第1回~第6回会議議事録と部会資料―』(2011、商事法務)659頁
(注22)潮見佳男・北居功ほか『Before/After 民法改正』(2018、弘文堂)205頁
(2) 改正法における不真正連帯債務概念
改正においては、法制審議会の議論でも不真正連帯債務について明文化すべきではないかという議論もあったが、結論としては、不真正連帯債務についての明文化は見送られた(注23)。
先に述べたように、改正前民法においては絶対的効力事由が縮減された。従来から不真正連帯債務概念について疑問を呈する立場もあったが、改正法では請求、免除および時効の絶対的効力が否定されたため、さらに不真正連帯債務概念についての疑問を呈する立場もある(注24)。
もっとも、共同不法行為者の一人が自己の負担部分を超えない範囲で弁済した場合に求償ができるかという点については議論が分かれている。肯定説は、改正法442条1項が、すべての連帯債務について割合型の処理を採用しており、不真正連帯債務にもこの規定は妥当するとする(注25)。他方、求償の場面においては不真正連帯債務と通常の連帯債務とは異なるとして、否定説をとる立場もある(注26)。否定説は、連帯債務と不真正連帯債務とは学理的に異なる概念であることを認めるべきであり、求償については、不真正連帯債務では自己の負担部分を超えた弁済を要するとするのである。改正により連帯債務と不真正連帯債務の差がほとんどなくなったとしても、依然として求償については議論の余地があろう。
(注23)松本恒雄・深山雅也 ジュリスト1517号66頁
(注24)松尾弘・松井和彦・古積健三郎・原田昌和『新ハイブリッド民法3 債権総論』(2018、法律文化社)151頁、潮見佳男『新債権総論Ⅱ』(2017、信山社)587頁
(注25)潮見佳男『新債権総論Ⅱ』(2017、信山社)603頁
(注26)平野裕之『債権総論』(2017、日本評論社)232頁
第3章 本判決の影響
第1節 本判決の影響
本判決は、共同不法行為者の一人に対する債務免除の効力が他の共同不法行為者に及ぶ場合があることを認め、その場合における求償金額の算定の仕方について判示したものである。いずれも、従来の判例・学説において必ずしも明確にされていなかった点について、最高裁が判断を示したものであり、民事交通事件を中心に、実務に与える影響には少なくない(注27)。
従来、共同不法行為者に対して免除がなされる場合として、かつては公害訴訟や医療訴訟が多くあった。もっとも、今日では、交通事故の場合が事件数も多く見られる典型的な事案である。共同不法行為者の一人に対して免除がなされた場合の他の共同不法行為者に対する効力・負担割合に対する算定方法が判例により確立されたことにより、このような事例における実務上の処理の統一が図られたといえる。特に、民事交通事件においては、保険金請求も関連することが多く、本判決の影響は大きいと考える。
(注27)河邊義典「判例批評」最高裁判所判例解説民事篇平成10年度784頁
第2節 本判決の射程
不真正連帯債務概念は通常、不法行為の場面において用いられてきた。本判決の特徴としては、共同不法行為者の一人に対して和解調書において免除をしたという点にある。従来から不真正連帯債務の関係にあるものとされてきた場合には、共同不法行為以外には、使用者責任における使用者と被用者との関係、履行補助者の行為に基づく損害賠償責任における履行補助者と債務者の関係がある。このような場合にも、全部給付義務を負うが主観的共同目的がないという不真正連帯債務の特徴は妥当するから、本判決の射程内である。
本判決は、原則として、不真正連帯債務には「連帯債務における免除の絶対的効力を定めた民法四三七条の規定は適用されず、乙に対して当然に免除の効力が及ぶものではない」としつつも「被害者が、右訴訟上の和解に際し、乙の残債務をも免除する意思を有していると認められるときは、乙に対しても残債務の免除の効力が及ぶ」としている。これらのことから、不真正連帯債務について和解等により免除の効力が争われている場合に本判決の射程が及ぶと考えられる。
第4章 私見
第1節 本判決当時の判決の意義
第1款 不真正連帯債務における求償
(1) 求償権発生の有無
まず、本判決は、不真正連帯債務者間でも、負担部分を超えて弁済すれば、他の不真正連帯債務者に対して求償することも認められることを前提とする。この点について、結論として妥当であると私は考える。
求償権発生の理論的根拠については、大別して、連帯債務に関する民法442条を(類推)適用する説、不当利得返還請求権ないし一種の事務管理上の費用償還請求権とする説がある。前者を採るならば、連帯債務とは区別される概念として不真正連帯債務概念を用いた意義自体が没却してしまうという問題点がある。したがって、弁済を行った債務者の「損失」と他の債務者の「利得」という関係から生じる不当利得返還請求権を求償の根拠とすべきであると考える。
また、結論の妥当性としても、求償権行使を認めるのが妥当である。確かに不真正連帯債務においては、主観的共同目的がない。しかし、不真正連帯債務者の債務も究極には過失割合などによって潜在的な負担部分を観念できる。このような場合に一切求償を認めないのは公平の理念に反し、妥当でない。したがって、不真正連帯債務の場合においても、求償権の行使を認めるべきである。
(2) 求償権行使の要件
求償権行使の要件について、不真正連帯債務の場合には、①負担部分を超えて賠償することを要するとする説、②負担部分以下の賠償でもよいとする説がある。判例においては、負担部分を超える弁済が必要とされている。もっとも、その理由については説明がされていない。
例えば、共同不法行為の事案では、求償額算定の基礎となる過失割合の算定そのものが難しい場合もある。また、不真正連帯債務においては債務者間に主観的共同目的がない。このような場合に、②説のように負担部分を超えずして求償を認めると、求償された債務者は、複数回の求償に応じる負担や過剰な求償金額を支払うリスクを負うこととなる。しかし、他の債務者が何ら理由なくそのような負担を負うべきではない。このような不真正連帯債務の特徴から、判例が採用する①説のように求償権行使の要件として、負担部分を超える弁済が必要であるとすべきであろう。
(3) 他の共同不法行為者に対し求償する場合の負担部分の算定
本判決では、求償における負担部分の算定についても問題となっている。この点については、(A説)裁判所の認定した損害額を基準として負担部分を定める見解、(B説)被害者の実際の損害額を基準として負担部分を定める見解がある。いずれの説をとるかについては、不真正連帯債務の免除の効力についてどのように理解するかによって分かれる。私見としては、後述するように、本判決同様、不真正連帯債務においては、絶対的効力事由の規定の適用を原則として否定すべきと考えるところ、負担部分の算定においては、原則として、裁判所の認定した損害額を基準として負担部分を定めるべきであると考える。
第2款 不真正連帯債務者の一人に対する免除の効力
(1) 本判決の理解と従来からの学説に対する私見
本判決は、不真正連帯債務者の一人に対する免除の効力については、原則として、改正前民法437条の規定の適用はない、すなわち、絶対的効力は生じないとしつつも、免除の意思表示の解釈によっては、絶対的効力が生じる余地を残している。不真正連帯債務の一人に対する免除の効力については、絶対的効力説、相対的効力説、折衷説があるところであるが、この判決は折衷説を採ったものであると理解される。この点についての私見を述べる。
まず、改正前民法437条の規定の適用について、不真正連帯債務の場合には原則として適用がないとした結論は妥当であると考える。民法上の連帯債務には、相対的効力を原則としつつも、多くの絶対的効力の例外が存在した。免除について定めた現行法437条もそのうちの1つである。他方、不真正連帯債務概念は、そもそも民法上の連帯債務の規定を適用するのが妥当でない場合に用いられてきた概念である。
免除については、求償の循環を避ける趣旨から、民法上の連帯債務については、絶対的効力が生じるとされていた。このことから、不真正連帯債務についても絶対的効力を認めるべきであるとする絶対的効力説が主張されていた。もっとも、民法上規定のある連帯債務については、債務者間に主観的共同目的があることから、免除に絶対的効力を認めても、それは連帯債務成立の時点において予測しうることである。しかし、不真正連帯債務についても絶対的効力を生じるとするならば、主観的共同目的がない共同不法行為者のうちの1人が免除を受けたという偶然の事情により、他の債務者まで債務免除の利益を受けることとなり、公平の観点および被害者の損害賠償請求権の実効性確保の必要性から妥当でない。したがって、絶対的効力説は支持できない。
また、相対的効力説についても、被害者が他の共同不法行為者に対して免除する意思を有している場合にまで、相対的効力であるとすると、当事者の意思に反し不当であるばかりでなく、不真正連帯債務概念による個別事案に応じた柔軟な解決という意義が失われてしまう。したがって、相対的効力説も支持できない。
よって、不真正連帯債務者同士の関係にある共同不法行為者のうちの一人が免除を受けたとしても、不真正連帯債務については437条の適用はなく、免除の効力は他の債務者に及ばないとして折衷説を採用した結論は妥当であると考える。
(2) 437条不適用の根拠と絶対的効力が生じる余地
本判決が、不真正連帯債務については、437条の適用はないとした根拠については、明確でない。もっぱら和解契約の解釈の問題とすることも可能ではあるが、不真正連帯債務については原則として437条の適用がないことを述べ、概念と条文の適用自体に言及していることからすると、437条の規定の趣旨及び不真正連帯債務概念のそもそもの意義と結びつけていると考えるのが相当であろう。
さらに、本判決は、「被害者が、右訴訟上の和解に際し、乙の残債務をも免除する意思を有していると認められるとき」には、例外的に他の共同不法行為者にも免除の効力が及ぶとする。このような場合には、被害者自身が残債務の免除の効力を他の共同不法行為者に及ぼすことをも認容しており、絶対的効力を生じさせたとしても、先述したように公平の観点や被害者の損害賠償請求権の実効性確保の必要性に反することとはならない。したがって、不真正連帯債務であったとしても、絶対的効力が生じる余地を残した本判決は結論において相当である。
もっとも、絶対的効力を生じさせることを容認した理論的根拠については、不真正連帯債務について原則として437条の適用がないとした理由を和解契約の解釈に求める方が、説明が容易である。しかし、437条の規定の趣旨及び不真正連帯債務概念のそもそもの意義と結びつけて考えるとしても、不真正連帯債務概念そのものの理解の仕方によっては、絶対的効力を生じさせる余地はあると考える。
(3) 和解契約の解釈
また、被害者が債務の免除の意思を誰に及ぼすつもりであったのかについての和解契約の解釈においては、主観的共同目的がない不真正連帯債務において当事者間の主観的要素を大きく考慮するならば、当事者間で解釈の一致が見られず、迅速かつ公平な紛争解決が困難となりかねない。したがって、和解契約の解釈は、客観的要素を中心とすべきであろう。
第2節 改正法における本判決の意義
第1款 不真正連帯債務における求償
本判決が不真正連帯債務においても負担部分を超えて弁済をした場合には求償を認め、負担部分の算定方法についての判断を示したということは、改正法においても依然として意義があると考える。求償の場面においては、通常の連帯債務の場合には、負担部分を超えない場合にも求償が認められるが、不真正連帯債務の場合には議論のあるところである。すなわち、不真正連帯債務については、改正法442条1項の適用について、肯定説と否定説がある。そうすると、不真正連帯債務における求償に関する議論は、改正法の下においても妥当する議論であるといえる。
ここで、不真正連帯債務についての改正法442条1項の適用について、若干の私見を述べる。肯定説は、改正法442条1項が、すべての連帯債務について割合型の処理を採用しており、不真正連帯債務にもこの規定は妥当すると説明する。しかし、連帯債務(共同連帯)と不真正連帯債務とは、そもそも連帯の態様が異なるものである。そうすると、ただちに改正法442条1項はすべての連帯債務について割合型の処理を採用しているということはできない。この点において、肯定説には問題がある。やはり、不真正連帯債務と通常の連帯債務とは異なる概念である以上、求償の要件は別異に解すべきであり、否定説を採用すべきであろう。そうすると、改正法の下においても、従来の判例通り、不真正連帯債務と連帯債務とでは、求償権の行使が異なることとなる。
したがって、不真正連帯債務の求償権行使の場面における処理について示したことは、改正法においても意義があると考える。
第2款 不真正連帯債務者の一人に対する免除の効力
本判決は不真正連帯債務者の一人に対する免除の効力について、相対的効力を原則とした。もっとも、改正法においては、現行法437条に対応する規定はなく、連帯債務者の一人に対する免除についても相対的効力が原則とされた。したがって、本判決は現行法437条の適用の有無という問題ではなくなっている。しかし、現行法では連帯債務では絶対的効力事由とされていた免除の効力について、不真正連帯債務の場合においては相対的効力を原則とするという判断自体は、不真正連帯債務という概念を捉える上で、改正法の下においても意味のあるものであると考える。
第3節 結論―改正法における不真正連帯債務概念―
改正法においては、民法に規定された連帯債務についても免除については相対的効力が生じるのが原則であるとされている。そうすると、免除の場面においては、連帯債務と不真正連帯債務との間に大きな差異はない。また、改正法においては、不真正連帯債務についての明文化は見送られている。これらのことから、民法上の連帯債務の規定の適用と当事者の意思の解釈によって妥当な解決を図ればよいのであり、不真正連帯債務概念自体に特段の有用性を見出すべきでないとの立場もある。
しかし、免除の効力は、求償の場面と結びつくものである。求償権行使の要件については、従来の判例に従うならば、連帯債務と不真正連帯債務とでは要件が異なる。その結果、免除の際に支払った和解金額が負担部分に満たなかった場合には、連帯債務では求償が認められるが、不真正連帯債務では求償は認められないこととなる。そうすると、求償の場面においては、不真正連帯債務概念というのは主観的共同目的がないという特徴から求償権の行使を実質的に制限する事由となるかどうかで今後も議論の余地のあるところである。
また、明文の規定がない不真正連帯債務には、当事者意思の解釈により連帯債務の場合と異なる柔軟な規律を及ぼすことにより事案に応じた妥当な解決を図ることができるという利点があることも無視できない。
さらに、相殺については、改正法においても絶対的効力事由とされているが(改正法439条、現行法436条)、不法行為により発生した債権については、そもそもこれを受働債権とする相殺は禁止されている(509条)。そうすると、不真正連帯債務の主な発生原因である不法行為の場面では、絶対的効力が生じる場合が実質的には制限されることとなる。
これらのことから、不真正連帯債務概念不要論を支持することはできない。したがって、改正法の下においても、依然として不真正連帯債務概念というのは、求償権行使の制限や相殺の絶対的効力事由を実質的に制限する機能を有するという点で意義あるものであり、議論されるべきものであると考える。
第5章 今後の展望(残された課題)
本判決は、「被害者が、右訴訟上の和解に際し、乙の残債務をも免除する意思を有していると認められるとき」には、免除の効力が他の債務者にも及ぶとされた。しかし、他の共同不法行為者の「残債務をも免除する意思」を有していると認められるかは、和解条項の解釈によることとなる。この場合、黙示による免除の意思表示でも認められるのか、どのような要素が判断材料となるのかは、明らかではない。不真正連帯債務の免除の効力の具体的事案の検討にあたって、今後も議論の余地があると考える。
また、改正法においては、連帯債務の規定自体が大きく改正されたこともあり、不真正連帯債務概念の有用性について疑問視する声もある。もっとも、不真正連帯債務という多数当事者の債権債務関係については、従来から判例の蓄積があり、不真正連帯債務の関係についてのルールも確立されている。また、不真正連帯債務という概念を用いることにより柔軟な解決を図ることができるという利点もある。今回の民法改正では、不真正連帯債務についての明文化は見送られたが、実務上、今後どのような判断がなされていくのか、特に求償権行使の場面においては注目されるところである。
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