医療と法に関する覚え書き(1)
1 はじめに
医療系の友人やSNSフォロワーさんから、時々、「医療関係の訴訟リスクのこととか何も知らないのは不安だし勉強したい」と言われることがあります。
とはいえ、医療訴訟に関する説明をしようとすると、まず、前提となる法学の基礎知識として知っておいてほしい考え方もあり、「これ!」と1冊だけに絞ってお勧めするのも難しく感じます。
そこで、私なりにnoteに医療訴訟において問題となり得る知識を整理して書いてみることとしました。
長くなりますので、何回かに分けて公開しようと思います。予定ではありますが、(1)民事損害賠償請求総論、(2)民事損害賠償請求と医療訴訟、(3)医療過誤と刑事責任、(4)その他医療に関する法律問題という4部構成での執筆予定です。
((4)では医療労務についても書きたいのだけれど、知識・理解の不足から医療労務に関する内容については執筆を断念する可能性もあります…。)
注1:執筆時の筆者の知見に基づくものです。司法試験合格、司法修習中程度の知識はありますが、医療訴訟を専門とする法曹として知識や理解が不十分な点があることについてはご了承ください。
注2:法に詳しくない人にでも分かりやすくするために正確性を犠牲にしている面もあります。
注3:実際に具体的な問題が生じた場合には、本記事は参考程度に読んでいただき、具体的な事案に対する法的な紛争解決については法律専門家である弁護士にご相談ください。
2 民事責任と刑事責任
まずは、かなり抽象化した事案のお話から…
Case
外科医Xは、手術の執刀中に、外科医として尽くすべき注意を尽くさずに誤って患者Yの動脈を損傷し、このミスによって患者を死亡させてしまった。
このような場合、外科医Xは、どのような責任を負うのでしょうか?
(話がややこしくなるので、ここでは、外科医Xが働いている病院の責任やチーム医療での他の手術に関与したであろう人たちの責任は一旦おいておきます。)
外科医Xには、「外科医として尽くすべき注意を尽くさず誤って患者Yの動脈を損傷し」たという注意義務違反(=過失)があります。
このように過失があった場合に、民法は、その過失によって生じた損害を賠償してもらう責任を定めており、刑法は、業務上過失致死罪(刑法211条前段)
要するに、発生した損害の金銭による補填は、民法で定められていて、その行為に対する刑事罰については刑法で定められています。
ここで理解しておいていただきたいのは、民事責任と刑事責任は性質が異なる別個のものであるということです(証拠関係を共通にすることや事実認定の対象として検討すべき過失の内容、因果関係の有無については判断が重なる面もありますが。)。
このnoteでは、(1)の今回は、民事損害賠償責任の概要について説明します。医療過誤訴訟において特に問題となる点については、次回(2)で一歩踏み込んだ検討をします。
3 民事損害賠償責任
さて、民事「損害賠償」責任の根拠となる法律の規定は、主に2つあります。
1つは、債務不履行責任で、もう1つは不法行為責任です。
債務不履行責任(民法415条1項)とは、契約関係がある場合に、その契約から生じる債務(義務)を履行せず、これによって生じた損害を賠償する責任です。
他方、不法行為責任(民法705条)とは、契約関係の有無に関わらず、故意または過失によって、他人の権利利益を侵害した場合に、これによって生じた損害を賠償する責任です。
これらは、損害賠償請求という点で共通します。また、いずれも過失相殺(被害者にも落ち度があった場合に、それを考慮して、損害賠償請求額から差し引くものというイメージです)は認められています。
しかし、主張立証責任の分配(原告・被告それぞれどちらが何を立証しなければならないか)等、異なる点もあります。また、契約から発生する注意義務を主張するのに適した事案なのかという点も考慮した上で、どちらで請求をたてるのか、あるいは、どちらの請求もたてるのかを決めることになるでしょう。
このような法的にどのような請求を立てるのに適した事案かについては、個別事案に応じて判断していくことになります。
注4:なお、平成29年民法改正(令和2年4月1日施行)前は、債務不履行責任と不法行為責任の違いを考える上で、時効期間の違いの考慮がありました。しかし、上記施行日以後に発生した債務不履行責任ないし不法行為責任については、身体生命に関する時効期間は、損害及び加害者(損害賠償請求権を行使できること)を知ったときから5年、不法行為のとき又は債務不履行に基づく損害賠償請求権を行使可能となったときから20年に統一されたことから、改正民法施行日後に事故が発生した事案については、時効期間による違いは実質的にないといえるでしょう。
4 債務不履行責任
では、次に債務不履行責任の概要についてみてみましょう。
民法415条
1 債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。ただし、その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。
2 前項の規定により損害賠償の請求をすることができる場合において、債権者は、次に掲げるときは、債務の履行に代わる損害賠償の請求をすることができる。
一 債務の履行が不能であるとき。
二 債務者がその債務の履行を拒絶する意思を明確に表示したとき。
三 債務が契約によって生じたものである場合において、その契約が解除され、又は債務の不履行による契約の解除権が発生したとき。
2項は「債務の履行に代わる損害賠償」という変化球なので、ここの読者の皆さんは、とりあえず、1項を読んでください。
債務不履行に基づく損害賠償請求をするには、①債務を発生させる契約の存在、②債務者(契約に基づく義務を負う人)がその債務の本旨に従った(債務の内容からすべきである義務を)履行をしない(債務不履行)、③これ(債務不履行)によって(因果関係)、④損害が発生したこと、⑤債務者の責めに帰すべき事由(帰責性、契約に基づく義務を負う人がその義務をやらなかったことが悪いよねという事情)が要件になります。
(法学に詳しい人、「要件事実として考えると〜」という話は、ここではおいておきましょう。)
図にするとこんなイメージです。
医療訴訟の場合、②債務を本旨に従った履行をせず、⑤債務者の帰責性があるというのは、医師が診療契約上発生する義務をやらずに、そのことについて医師が悪いといえるということなので、②⑤を合わせものは、後述する不法行為責任における債務者(医師)の過失とほぼ同義といええるでしょう。
5 不法行為責任
「不法」行為と聞くと、「何かとてつもなく悪いこと」という語感に聞こえるかもしれません。ですが、不法行為の全てが刑事裁判となるような犯罪になるわけではありませんし、過失の程度にも様々なものがあります。道でちょっと不注意で人にぶつかってケガさせちゃったとか、飼い犬をちゃんとつないでなかったら逃げ出して人にケガさせちゃったとか、友達の家に遊びに行ったらうっかりお皿割っちゃったとかも不法行為なのです…(損害賠償請求を裁判上するかどうかは別ですよ。)。
という断り書きをした上で、不法行為(一般)についての要件を見てみましょう。
民法709条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
つまり、①故意又は過失によって、②他人の権利又は法律上保護される利益を侵害して、③これによって(権利侵害と損害との間の因果関係)、生じた④損害があることが、不法行為に基づく損害賠償請求をするための要件です。
イメージだとこんな感じですね。
ところで、医療訴訟で病院も訴えられているニュースなどを見たことはありませんか?
あれは、病院が必要な医療体制を構築していない等の病院固有の過失を問題にして、民法709条を根拠に請求している場合もありますが、使用者責任(民法715条)を根拠に請求しているケースもあります。使用者責任というのは、簡単にいうと、「誰かを使ってビジネスとかやってるなら、その使ってる人が事業に関連して発生させた不法行為責任についても、社会経済上、損害賠償責任負ってね!」という規定です。
民法715条
1 ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
2 使用者に代わって事業を監督する者も、前項の責任を負う。
3 前二項の規定は、使用者又は監督者から被用者に対する求償権の行使を妨げない。
イメージだとこんな感じ。
6 医療訴訟で共通して問題となる点
ここまでで、民事損害賠償責任の概要、債務不履行に基づく損害賠償・不法行為に基づく損害賠償のそれぞれの要件について解説しました。
債務不履行責任も、不法行為責任も、❶過失(債務者の帰責性)、❷因果関係、❸損害が要件に含まれています。この3つが、医療訴訟で主に問題となるポイントです。③については、損害額の算定、逸失利益の計算といった交通事故事件とも共通する問題があるのですが、今回の一連のnote記事では「医療訴訟」をテーマとしていること、私の記事を読んでくださる方々はご多忙で記事を読むのにかけられる時間も限られているであろうことから、このシリーズでは、❸についての解説は割愛させていただきます。
❶過失(債務者の帰責性)とは、注意義務違反のことをいうとされています。
では、注意義務はどのような場合に発生するのでしょうか?
注意義務が発生しているとして、その内容はどのようなものが要求されるのでしょうか?医療水準はどの程度必要なのでしょうか?
義務違反というには、義務の内容を確定させて、その義務を行っていないかどうかを判断する必要があります。医療行為といっても様々なものがありますが、具体的にどのような場面では、どのような義務が発生しているのでしょうか?
医療行為における訴訟リスクの管理という点では、どのような注意義務が発生し得るのかという類型を知っておき、それを踏まえた診療、説明を行うことが求められるのではないかと考えます。
❷因果関係とは、単純化して言ってしまうと、全然関係なさそうな損害を請求っされても「知らんし!」となるし、「風が吹けば桶屋が儲かる」、バタフライエフェクトのように、連鎖式に発生した損害に対してどこまでも損害賠償を認めてしまうとキリがないので、注意義務違反・権利侵害とそれなりに関係ありそうな範囲であること、注意義務違反との結びつきを要求しているものです。
といっても、患者の側からしたら、医療のことなんて分からないし、どうやって立証すればいいのでしょうか?(因果関係の主張立証責任は、損害賠償を請求する患者にあります。)
どの程度、関係性がありそうと言えれば、民事訴訟上、因果関係は認められるのでしょうか?
この点についても、次回、掘り下げて検討します。
7 次回記事への案内
さて、今回は、民事損害賠償責任の概要について解説しました。
次回は、医療過誤訴訟で問題となりやすい❶過失(債務者の帰責性)、❷因果関係に焦点を絞って、医療行為固有の問題を中心的に説明します。
具体的には、注意義務の内容(説明義務、転院義務、要求される医療水準等)、民事訴訟上の因果関係(東大ルンバール事件(最判昭和50年10月24日民集29巻9号1417頁)、高度の蓋然性基準等)について書く予定です。
なお、医療過誤判例については、https://www.doctor-agent.com/service/medical-malpractice-Law-reportsも参照した上で、次回記事を執筆予定。
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