『ハイボール』のはなし
明日のおまんまにありつけるかどうかすらわからない昨今、晩酌費用は家計にとって死活問題である。だからといって宅呑みを嗜むわれわれ紳士淑女たちは酒をやめるわけにはいかない。呑兵衛はお酒と口づけを交わしたその日から、その身にアルコール燃料を注ぎつづけねば人生というながいながいルート66を走れない悲しい存在なのだ。
なので最近、大好きなハイボール用にトリス・ウイスキーの2.7リットルボトルを買った。ハイボール一杯に入っているウイスキーはだいたい30ミリリットルなので、単純計算で90回は吉高由里子さんと一緒にハイボれる計算。コスパもいい。そりゃ哀しみや憂いの影の一つも宿さないはずだ。
だが毎回30ミリリットルを測るのは正直、面倒だ。うちの計量カップは50ミリリットルからしか目盛がついていないし、大匙でウイスキーの量を測るのも、なんか壊れたお料理研究家みたいでちがう気がする。なので定量ポーラーを買った。
定量ポーラーとは金属製のボールが2つはいっている脱着可能な注ぎ口で、傾けると一定量のお酒が注がれたのち、ボールが溝に詰まって自動的に栓がされる仕組みがついている。ボールがハマったとき「カチッ」と止まるこの感覚がなんとも気持ちよい。再現性のあるハイボールをノーストレスで楽しむことができるので、卒業研究の実験が再現性の危機に晒されている学生さんたちはこの定量ポーラーでハイボールを作って飲むと良い。酒が定量的に注げるとはいえ、いくら吞んでも君の実験精度はまったく変わらないが、半日くらいは実験が上手くいかない悪夢を忘れることができるかもしれない。
これを使えば、人生がつらすぎてお酒のこと以外なにも考えられない極厳状態でも脊髄反射で定量を注げるため、最悪ボトルから口に直で注いでウィルキンソンをダイレクトに流し込んでもいい。ていねいな暮らしも真っ青なアウトロー・ドリンキング・メソッドだが、グラスも使わず衝動的にアルコールをブチ込めるので残念ながら最強だ。定量ポーラーを発明した人はノーベル・ノンダクレ賞をもらっているに違いない。
ハイボールは蒸留酒なので糖質もプリン体ほぼなく体にいい。しかも安価なウイスキーをハイボールにして呑めばコスパもいいし、味もスッキリとしてうまい。非常に優れたお酒である。だがこの文章を読めばお察しいただけるように、ハイボールを常飲すると知性とユーモアが不可逆的に欠落する恐れがあることはご注意いただきたい。いや、これは元からか。