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弱い自分を表に出したら、「一人じゃない」って思えた。

困っても「困った」が言えないとか
「助けて欲しい」が言えなくて
一人で抱え込んでしまうと
「どうして私ばっかり」って
被害者意識がめちゃくちゃ強くなって
悲劇のヒロインになりきっちゃう。

ただ、「助けて」って一言いえばいいだけなのに。

「ありがとう」って魔法の言葉ですよね。
感謝の言葉でもあり、
褒め言葉でもある気がします。

たった一言、それを言われただけで
救われた気持ちになりませんか?

私は結構な頻度で
「優しいなぁ」
「ありがとう」
と口にしてる気がします。

優しくしてもらえた自覚があるときや
相手にとってはなんてことの無い
当たり前のコトだとしても

自分にとっては嬉しいことや
有難いことだと感じたら
やっぱりそれは伝えたいし

言われて嬉しい言葉は
どんどん伝えていきたいなって。

それもこれも
訳のわからないガッチガチの
強固なプライドを叩き壊して
自分の弱さを認めたからなのかも。

自分ってほんと弱い。
でもそれを必死で隠してきました。
自分にさえ嘘をついて
《強いフリ》という武装をしてきました。

そうじゃなきゃ
生きていけないと思っていたんです。
一人で頑張らなきゃ
「ダメ人間」の烙印を押される
と思っていたのです。

一人でなんでも出来るように。
それが正解で
誰にも迷惑かけちゃいけなくて
誰にも甘えちゃいけなくて
寂しいなんて思っちゃいけない。

そう、思い込んでいました。

でもね、違ったんです。
違った、というか
「迷惑かけちゃいけない」って
誰基準で考えてた?って話で

例えば自分が誰かから
「困ってるから助けて欲しい」
って言われたら
よほどのことじゃ無い限り
喜んで手伝ってあげるな、と。

だって、嬉しいじゃないですか。
頼られるって嬉しい。
助けてあげられるって嬉しい。

いろんな職場で、
いろんな方々と関わってきて
老若男女問わず
助け助けられてお互い様の風景を
たくさん見てきたら

助ける、そして助けてもらう。
感謝されて、感謝する。
そうやって信頼って作られるんだ。
って思ったんです。

ここ数年、
地域の方々と触れ合う中で
武装することをやめるように
自分を変えてきました。
まだまだ途中だけど。

弱い自分を少しずつ表に出して
「お願いしてもいいですか?」って
ちょっと遠慮気味に「頼る」をしてみる。

そうしたら、それまでよりもっと
まわりに感謝できるようになりました。

自分が苦手なことを自覚していると
助けてくれる人のありがたさとか
そんな方々の心の温かさというか
器の大きさ、広さをすごく感じます。

自分の弱さを表に出すことで
たくさんの助けをいただきました。

自分ひとりじゃ生きられないんだよなぁって
自分は弱い人間だってことを痛感します。

今ここにいられてることや、
生きていられてることは
私が特別な苦労をしてきたからとか、
そんなんじゃなくて

誰だってみんな
誰かの支えがあって生きてる。


生きてるってそうゆうことなんだと思うんです。

だから、
誰かが誰かのために言ってる言葉も行動も
優しくて尊くて、胸が熱くなります。

人の優しさに気付くと
自分の心まであったかくなるから
私は常に誰かが誰かを想うポイントさえ
探そうとしてるかもしれません。

誰かのために、より
これは自分のための「ありがとう」かもしれませんが

それでも
たくさんの「ありがとう」を見つけては
心がじゅわっとあったかくなる感覚に
私は幸せを感じながら

今日もたくさん「ありがとう」を伝えていきたいです。

今日も最後までお読みいただき
ありがとうございました。


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