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N時代~回想、のようなもの

 これは、どっかの星の、砂や鉱石がまじった地層の中に、ブッ刺さったままのICチップが、自らの記憶をいつまでもぶつぶつと呟いている…という、ただそれだけのお話です。


 くりかえし見る夢がある。太陽の日差しが柔らかい午後の部屋の中で、誰かが私のくちびるに水で湿したガーゼ布をそっと押しあてる。
 彼女は生まれたばかりの私のくちびるがカラカラに乾いているのを見て可哀想に思ったのだ。それなのに、その時巡回してきた看護婦さんにそれを見咎められて、すっかり気を削がれてしまった。だから、「なんでやねん」という彼女の気持ちがガーゼの水分を通して私の中にしっかりと注入されてしまったのは致し方あるまい。

「なんでやねん」の気持ちは、彼女の中にいつもあったのだ。
 たとえば彼女の10歳上の長姉は幼い頃より蝶よ花よと育てられ、何かしら用事を言いつけられるのは、いつも次女の彼女だった。姉が『女学生の友』を頬杖ついてめくっている時に、彼女の方は買い物を頼まれたり薪で風呂を沸かしたり碁を打ちにいったままなかなか帰ってこない父親を呼びにいかされたりと忙しく、自分の時間はなかなか持てない。
 それでもそのうち彼女も考えて、学校が終わっても家に帰らず図書室にいればいいと思いついた。彼女の愛読書はトルストイの『戦争と平和』であった。後にその体験が、飼った亀に「あーちゃん」「ぴーちゃん」と名付けるという行為に結びついた。約40年後のことであった。

※「あーちゃん」はアレクセイ、「ぴーちゃん」はピョートルのことやん。とは、彼女の弁。最初のページの壮大な人間関係図を見ただけで『戦争と平和』を私は未だに読めていない。


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